ファンを大切にすることで、中長期的に企業の売り上げや事業価値を高める「ファンベース」。その考え方を軸に、企業の成長支援を行うファンベースカンパニー(東京・渋谷)代表の津田匡保氏と、バニッシュ・スタンダード(東京・渋谷)の木崎大佑氏が、ファンベース視点で、小売業が抱える課題は解決できるのかを議論する。
ファンづくりに求められるのは、「情緒価値」
木崎大佑(バニッシュ・スタンダード、以下木崎) 今回津田さんにうかがいたいのは、「人とファンベースの関係」です。新型コロナウイルス禍でECの利用は拡大しましたが、いくらECが伸びても、やはり実店舗やそこで働くスタッフ、つまり「リアル」の重要性は変わらないと言われます。
ECの“便利さ”には勝てない面もあると思いますが、その便利さが“豊かさ”なのかというと、そうではないと断言できます。でも、そのロジックをうまく説明できないのが最近の悩みでして。ファンベースの観点から、小売業における「リアル」の重要性はどう捉えられるか、津田さんの意見を聞きたいです。
津田匡保(ファンベースカンパニー、以下津田) なるほど。テクノロジーによる便利さと、人にしかもたらせない豊かさをどう捉えるかといったところでしょうか。
ファンベースでは、企業やブランドが提供する価値を、「機能価値」「情緒価値」「未来価値」の3つに分類しています。木崎さんが言う“便利さ”というのは、機能価値です。便利だから好きという面もあるとは思いますが、企業やブランドを好きになってもらうためには、機能価値に加えて、情緒価値や未来価値が大事になってきます。
ファンベースカンパニー 代表取締役CEO(最高経営責任者)
情緒価値とは、例えば共感、信頼、愛着といったものです。基本的に、人は人にしか共感しません。だから生活者が実店舗やWebサイト、SNSなどを通じて、「この会社で働くスタッフとは考え方や価値観が近いな」と共感したら、その会社やブランドを好きになって距離が近づいていきます。共感を得ていくにあたっては、テクノロジーだけでは難しくて、人が介在しないといけない。なので、情緒価値を育むために人の存在は欠かせない、というのがファンベースの考え方です。
木崎 でも、情緒価値は機能価値に短期的には負けてしまうことがありませんか?
津田 勝ち負けではなく、合わせ技かなと思います。どんな商品やサービスであったとしても機能価値は必要なものなので、それがないとそもそも選ばれないし、万一選ばれても機能価値が十分でなければ継続利用されません。ただ便利なものは他にいくらでも出てきてしまうし、1回世に出たものは簡単にまねされてしまう。最新といわれる機能もどんどん当たり前になり、陳腐化していってしまいますよね。だからそれ以外の価値、つまり情緒価値が必要になるんです。
最近、民間のとあるバス会社のプロジェクトで、そのバスを好きだという利用者の方にインタビューをしました。インタビューを行う前は、「バスが時間通りに運行されている」といった、いわゆる機能価値についての話が多いのかなと思っていたんです。でも実際に聞いてみると、好きなポイントが運転手さんの気遣いへの共感だったり、昔から乗っている思い出のような愛着だったり、機能価値以上に情緒価値を感じていることが分かりました。
木崎 なるほど。そのバス会社を利用するお客様にとっては、機能価値と情緒価値の両方が必要だということですね。愛着があるからといってバスは1時間遅れてもいいや、とは思わないですもんね。
バニッシュ・スタンダードExperience Design Group/Staff Success Unit/Head of Staff Success
人と人との関係性が、情緒価値につながるという理由も分かります。私は息子によくスニーカーをプレゼントするのですが、息子にとってECで買ったスニーカーは汚れても気にならないのか、すぐぼろぼろにするんです。でも、私と一緒にお店へ買いに行ったスニーカーは、大事にするし長持ちする。靴の価値自体はさして変わらないはずなのに、この差は何かというと、買い物体験に伴う情緒価値なんだと思います。ですから、むやみにリアルでの買い物体験をなくしてしまっては、情緒価値が築けなくなってしまいますね。
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