グリーは2022年から事業領域の組み替えを始めた。既存のゲーム・アニメ事業、メタバース事業に加え、メディアとマーケティングSaaSを提供するコマース事業、縦読みマンガを主軸としたマンガ事業を新設。デジタルマーケティング子会社4社をDX事業に統合した。このうち、エンターテインメント領域の中核となるゲーム・アニメ事業を担当するのがグリー取締役上級執行役員の前田悠太氏だ。ゲーム開発3社(ポケラボ、WFS、グリーエンターテインメント)とアニメ事業を束ねて進める同事業が目指す方向性について、前田氏に聞いた。

グリー取締役上級執行役員の前田悠太氏
グリー取締役上級執行役員の前田悠太氏
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ゲームは『ヘブンバーンズレッド』が好調

――直近のゲーム事業について教えてください。

前田悠太氏(以下、前田) 会社全体で見ると、2022年6月期の売上高は749億円(前年比19%増)、営業利益は115億円(前年比6%増)でした。ゲームを含む事業領域は、ゲーム・アニメ、メタバース、メディアなどを含むコマース、DXを合わせた「インターネット・エンタメ」という区分で決算発表をしているのですが、売上高719億円(前年比26.6%増)、営業利益97億円(前年比81%増)となりました。この増収増益の大きな原動力になったのが、新規アプリゲームでした。

 この結果が示すように、22年6月期のゲーム事業は幸いヒットにも恵まれて、総じて結果を残せたと思っています。20年7月から2021年6月は新規リリースが2本でしたが、21年7月から22年6月は5本をリリースしたので、リリースラッシュだったといえると思います。

 特に、ビジュアルアーツ(大阪市)のブランド「Key」と企画・制作を行っている『ヘブンバーンズレッド』(以下、ヘブバン)はApp Storeのセールスランキング1位を獲得するなど、多くのユーザーに喜んでいただける作品になりました。22年8月にはSteam版も公開し、ますます盛り上がっています。

 21年10月に配信を始めた『転生したらスライムだった件 魔王と竜の建国譚』(配信:バンダイナムコエンターテインメント)も好評で、開発と運営を担当している我々としてもファンの方々の期待にますます応えていかなければならないという気持ちで、まい進しているところです。

『ヘブンバーンズレッド』 ©WFS Developed by WRIGHT FLYER STUDIOS ©VISUAL ARTS/Key
『ヘブンバーンズレッド』 ©WFS Developed by WRIGHT FLYER STUDIOS ©VISUAL ARTS/Key
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『転生したらスライムだった件 魔王と竜の建国譚』(配信:バンダイナムコエンターテインメント) ©川上泰樹・伏瀬・講談社/転スラ製作委員会 ©柴・伏瀬・講談社/転スラ日記製作委員会 ©BANDAI NAMCO Entertainment Inc.
『転生したらスライムだった件 魔王と竜の建国譚』(配信:バンダイナムコエンターテインメント) ©川上泰樹・伏瀬・講談社/転スラ製作委員会 ©柴・伏瀬・講談社/転スラ日記製作委員会 ©BANDAI NAMCO Entertainment Inc.
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――最近のゲームランキングを見ると、必ずしも大きなタイトルが固定されずに、人気タイトルが乱高下しているようです。そうした動きをどう見ますか?

前田 そこは、コアなユーザーが分散したということが大きいと思います。『ウマ娘 プリティーダービー』(Cygames)がリリースされた21年2月より前を見てみると、『モンスターストライク』(ミクシィ)とか『パズル&ドラゴンズ』(ガンホー・オンライン・エンターテイメント)が圧倒的なユーザー数を占めていました。

 この2つのタイトルは現在も強いのですが、『ウマ娘』などの新規タイトルに注目が集まったことで、ユーザーが分散してきた。その結果、各タイトルの施策やアップデートなどのタイミングで、セールスランキングが乱高下しやすい状況になったのではないかと見ています。

 当社としても、『ヘブバン』のように、上位に食い込んでいけるような作品は出ましたが、ファンの方々に継続的に楽しんでいただける施策をもっと提供し続ける必要があります。そうした運営における施策の質、手数の苦労というのは、以前より増えてきていると思います。

コアファンの熱がライト層を引き込む“熱狂”を生む

――そういう状況の中で、具体的な工夫や特に意識してきたことは?

前田 まさに群雄割拠というスマホゲーム業界で意識してきたことは、やっぱり”らしさ”ですね。凡庸な作品というか、マスに向けた作品というのでは、これからの時代、ヒットさせるのは厳しいと思っています。「これが好き」というユーザーの期待を超えられるエッジを効かせた作品を作っていかないとと思っています。

 例えば『ヘブバン』は、Keyの麻枝准さんが15年ぶりに完全新作ゲームを出すという点で、Keyファンに十分に刺さる要素があります。そうしたコアなファンに「待ってました!」と思ってもらえる作品にすることが、まず目標でした。

 そのために、SNSや生放送での声、クローズドβテストなど、ファンの方々に徹底的に向き合うことを重要視しました。それに加えて『ヘブバン』では、「最上の、切なさを」というコンセプトを設定したのです。

 世の中にリリースされているアプリゲームで、“切なさ”を前面に押し出しているゲームは多くないと思います。『ヘブバン』では切なさというのが”らしさ”であり、それをかなえる世界観がKey”らしさ”であり、それをかなえる演出や技術力が我々”らしさ”なわけです。

 マーケティングも一貫して「最上の、切なさを。」というコンセプトの伝達を軸に、PDCAを愚直に回し、エッジ感をしっかり作品に持たせることを意識しています。今回協業させていただいたKeyのクリエイターの方々は本当に素晴らしく、とても刺激的な開発でした。共有した濃厚な時間と深い相互理解を通じて、グリー側のチームも、麻枝准さんをはじめKeyのクリエイターの方々を心からリスペクトして開発してきました。パートナーと同じ目標、同じコンセプトを持って、磨き上げてきたので、”らしさ”が匂うゲームに仕上がっていると思っています。

 このほか『転生したらスライムだった件 魔王と竜の建国譚』の場合は、とにかく原作ファンのニーズをくんで、その心理に突き刺さること、”圧倒的リムル体験”を意識しました(編集部注:リムルとは原作主人公のリムル=テンペストのこと)。また『聖剣伝説 ECHOES of MANA』(配信:スクウェア・エニックス)の場合は、往年のファンが昔のゲーム体験を思い出せるような要素を盛り込みました。絞り込んだメインターゲットの方々が期待しているポイントを超える品質にする=エッジを効かせる――それを第一義にしました。

『聖剣伝説 ECHOES of MANA』(配信:スクウェア・エニックス) © 2022 SQUARE ENIX CO., LTD. All Rights Reserved. Developed by WRIGHT FLYER STUDIOS
『聖剣伝説 ECHOES of MANA』(配信:スクウェア・エニックス) © 2022 SQUARE ENIX CO., LTD. All Rights Reserved. Developed by WRIGHT FLYER STUDIOS
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――そうなると、コアなユーザー以外は置いて行かれませんか?

前田 SNSによる情報発信が強まっている現在、まず熱量の高い人々に盛り上がっていただくことが重要だと考えています。その熱だまりが爆発して、周辺の人たちにSNSを通して広がっていくというのが我々の考えです。

 『ヘブバン』も、昔からのKeyのファンの方々だけしか遊んでくれなかったら、セールスランキング1位を取ることはできなかったはずです。最初にKeyの作品が好きなコアファンに火がついて、そこから「これ、はやってるらしいぞ」とバイラル(口コミ)で話題が広がっていった。

 我々はこれを“熱狂”と言っていますが、熱狂につなぐには中心にいるコアファンの方々にどれだけ熱量を持ってもらえるかがカギですね。そうした熱狂を創出できる内容、品質を持ったゲームに仕上げることで、コアファンにその熱が伝わっていく。すると、その熱に引き寄せられて、次々と一般のユーザーが遊びに来てくれるようになるという流れです。

 『ヘブバン』はコアファンだけが楽しめる閉じられたゲームではなく、結果的に新しいユーザーにも熱が伝わり広がったと考えています。そういう意味で、最初にコアファンの方々がどれだけ盛り上がってくれるかが、重要だという認識です。

組織の規模が変化対応の緩衝材になる

――これまで独立していたポケラボ、WFS、グリーエンターテインメントの3事業会社を前田さんがすべて管掌することになりました。どのように運営していくのか教えてください。

前田 1つの事業会社単体でやるよりも、複数で取り組んだ方が事業は伸びやすいことが多いと思っています。社内ではよく「競争と協調」という言葉を使っているのですが、互いに独立性を保ち、競い合って事業を進めるフェーズもあれば、協調性を持ち、一丸となるフェーズもあって、総合的な成長効率が最大化されます。これは組織も、そこに所属する個人もそうだと思います。

 現在、スマホゲーム制作は大規模化、長期化、複雑化が進んでいます。特に分かりやすいのが、スマホゲーム開発にかかる投資の大規模化ですね。スマホゲームを1本制作するのに必要な投資は少し前まで数億円でしたが、今や20億円、30億円かかるのが普通になってきました。海外のゲーム会社では開発費に50億円や100億円を投入しているという話もあります。

 そういう市場でどう戦うかを問われている状況があるわけです。そこで、我々が出した結論の1つが、総合力を高めることでした。これを最初の「競争と協調」という考え方に当てはめると、協調を強めるフェーズだと判断したのです。それに伴い、1つの本部に集約してマネジメントする態勢を整えたというわけです。

「社内ではよく『競争と協調』という言葉を使っている」という前田氏
「社内ではよく『競争と協調』という言葉を使っている」という前田氏
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――マネジメントがとても大変そうですが。

前田 その通りです。そもそも何が大変かというと、変化が急であることですね。例えば、1本ヒットが出るといきなり月商数十億円の売り上げの事業になります。

 ところが、組織は売り上げの変化と同じ速度で変化できません。ある瞬間に売り上げが倍になったからといって、組織力も同じように倍になるわけではありません。そういうギャップが常に発生することが、モバイルゲーム業界のマネジメントを難しくしている一因です。

 しかし、それも組織側にある程度の規模感があると緩和しやすいです。組織規模がギャップの緩衝材となる。だから総合力を生かすこの体制は、変化に対応するという観点でも意味があると思っています。

 一方で、長いスパンで見ると、やはり不変的なところも当然あります。内外の変化の激しさは自覚しつつも、それに対し後手にならない、刹那的な経営にならないこともすごく重要で、さらに言うと、刹那的な経営をしなくてもいい状態をつくることが大切だと思っています。

 グリーの強みの源泉の一つでもある、資本的な安定性と財政的な安定性によって、10年、20年のスパンで事業計画を立てられます。それを前提として、組織力や開発力の向上、作品群の厚みを積み上げる戦略を取ることが、刹那的な経営ではない、自分たちの強みを生かした戦い方だと思っています。

 例えば、我々が制作しているゲームのほとんどはRPG(ロール・プレイング・ゲーム)です。こうしたゲームを作る中で、スマホ向けRPGゲームを作るノウハウ、プログラム・デジタル資産、ユーザー認知などが資産としても、“グリーらしさ”としても積み上がっていきます。変化の中でも積み上げた変わらないもので勝負できる状態をつくろうとしているつもりです。

共同幹事、主幹事として主導して、ゲームとアニメの融合を目指す

――事業再編に伴って、事業本部の名称が「ゲーム・アニメ事業本部」となっています。「アニメ」部分について聞かせてください。

前田 あまり知られていないかもしれませんが、実はアニメ製作や製作委員会への参加などを通じて、累計23作品、28クール分ものテレビアニメに関わらせていただいています。今後より積極的に取り組むことを宣言する意味を込めて、事業本部名に「アニメ」を入れました。

 グリーは13年ごろからさまざまな企業様と一緒に『無職転生 ~異世界行ったら本気だす~』や『八男って、それはないでしょう!』などのアニメを製作・展開してきました。約9年間で累計23もの作品に関わらせていただくと、それまで“点”でしかなかったものがつながり始め、自分たちができることも大きく変化してきました。

 ご存じの通り、アニメとゲームはとても親和性が高く、相互で補完し合うことができます。実際、製作委員会に参加したアニメ作品のゲームを数多く担当させていただいています。その結果、アニメ企画(ライトノベル原作、漫画原作)のご相談をいただくことが増え、アニメとゲームの関係性を高めることが我々の得意分野の1つになったのではないかと考えました。

 次のステップとして、自社IP(知的財産)作品もアニメからゲームまで展開し大きな柱に育てたい――そんな時期に来ていると思っています。22年7月にはマンガ事業部を発足させ、電子マンガ市場へも参入しました。グリーグループ全体として、ゲーム、アニメ、マンガなどのIP戦略を積極的にやっていくイメージです。

『無職転生 ~異世界行ったら本気だす~』 ©理不尽な孫の手/MFブックス/「無職転生」製作委員会
『無職転生 ~異世界行ったら本気だす~』 ©理不尽な孫の手/MFブックス/「無職転生」製作委員会
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『八男って、それはないでしょう!』 ©Y.A/MFブックス/「八男って、それはないでしょう!」製作委員会
『八男って、それはないでしょう!』 ©Y.A/MFブックス/「八男って、それはないでしょう!」製作委員会
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――アニメ事業は今後、どのような展開を考えているのでしょうか。

前田 アニメ事業については、ゲームを担当して部分的に出資するだけではなく、主幹事や共同幹事という立場で製作委員会を主導する作品が増えていきます。

 すでに人気となっているアニメ作品をゲーム化することも非常に大変ですが、これから人気が出るかどうか分からない新作アニメを、ゲーム化することはさらに大変です。実は我々は、これまで関わらせていただいた23作品のうち、約8割をさまざまな形でゲーム化させていただいています(開発中含む)。

 他方で、アニメの制作費もゲームと同じく高騰してきている中、高い収益性が見込めるゲームの重要性が製作委員会の中で高まっています。スマホゲームは毎日遊んでもらえるので、週1回の放送のアニメを補完するための、接点やメディアとしての価値も大きいのです。

 これまでの実績をベースに、「グリーはこういうやり方で、アニメ作品に価値を提供する」という明確な価値を打ち出すことで、たくさんの作品に関われる機会につながってきました。

 そして今、主幹事や共同幹事をやり遂げられる、という段階まで進んできています。よりアニメ事業に対して力を入れられるような環境が、社内からも社外からも認められるようになってきました。ですから、今後より積極的にアニメへの投資を進めたいと考えています。

――まさにこれからの事業の両輪となるゲーム、アニメですが、具体的なタイトルは決まっていますか?

前田 残念ながら今はまだ詳しいことは言えないんですけれども、ゲームに関してはしっかりと“グリーらしさ”を盛り込んだ複数のタイトルを開発中です。

 いずれのタイトルも世界中の方々に喜んでいただける内容・展開に仕上げています。アニメに関しては、すでに公開したタイトルなどが、これから先、さらにどう展開していくかにも大いに期待していただきたいですね。我々らしい形でアニメに参加するグリーの作品に、ぜひ“熱狂”していただきたいです。

(聞き手/渡辺一正、写真/辺見真也)