中国最大のゲーム事業者であり、グローバル市場でもソニーや米マイクロソフト、任天堂などと肩を並べる規模の巨大企業、テンセント。日本で10年にわたって同社のゲーム事業を統括してきたシン・ジュノ氏に、これまでの取り組みと今後の展開を前後編で聞いた。

Tencent Japan合同会社支社長のシン・ジュノ氏
Tencent Japan合同会社支社長のシン・ジュノ氏

──メディアの取材に登場されるのは久しぶりかと思います。まずは2022年の下期、日本市場でテンセントとしてどんなことに取り組みますか。

シン・ジュノ氏(以下、シン) これからを話す前に、テンセントがこれまで日本のゲーム市場で何をしてきたかを話させてください。

 私自身は、約10年前の2013年に、Tencent Japan合同会社の立ち上げメンバーとしてこの仕事を始めました。13年というのは、中国でモバイルゲームがちょうど立ち上がった時期ですね、「WeChat」と「QQ」をプラットフォームとして。そのとき、日本では『パズル&ドラゴンズ』や『モンスターストライク』など、モバイルゲームの成功作が既に市場に出回っていました。

 そこでテンセントとしては、日本のゲーム業界のプレーヤー各社との関係を少しずつ構築して、日本製の優秀なモバイルゲームを中国に持っていこうとしました。実際にいくつかのモバイルゲームを中国に持っていき、成功したものもあれば、期待したほどには及ばなかったものもありました。

 日本で大ヒットしたゲームがなぜ中国でうまくいかなかったのか──。そこで気付いたのが、モバイルゲームは現地のユーザーに合わせて運営をアップデートしていくことが非常に重要ということです。コンソールゲームならば、日本でヒットしたものをそのまま中国に持っていっても、ある程度受ける。エンディングのある完成品ですから。でもモバイルゲームはエンディングがない。というか、ずっと継続して生き続けるものだった。

そのまま“輸入”からIPを借用しての共同開発へ

 そこで少し戦略を変えました。日本のゲーム市場は、テンセントからすると、ゲーム、漫画、アニメのどれを取っても、素晴らしいキャラクター、つまりIP(Intellectual Property、知的財産)の宝箱です。そんな日本の優秀なIPが中国のユーザーに受けるためには、やっぱり僕らが共同開発するしかないと考えました。

 そう決めてからは、日本のゲームをそのまま中国に持っていくのではなく、日本のIPを借り、それを中国の開発チームと一緒に共同開発する戦略を取りました。このやり方が成功しました。例えば、バンダイナムコエンターテインメント(BNE)さんとは『NARUTO-ナルト』、コナミデジタルエンタテインメント(KONAMI)さんとは『魂斗羅(コントラ)』をやりました。他にもいくつかのタイトルを出しています。直近はポケモンさんと『ポケモンユナイト』を出しました。『ポケモンユナイト』は中国ではまだ発売しておらず、先にグローバル市場向けに発売しています。

 そこで僕らは改めて気付きました。日本の強みであるIP、独創性のあるIPを、中国の僕らの強みであるライブサービスの形態、オンラインゲームの形態を取って共同開発し、ヒットさせるというのは、双方にとってメリットが大きい。日本の各社は自社のIPを使って日本以外の市場でビジネスが展開できるし、テンセントは日本のIPの魅力を最大限生かして、ビジネスの規模を広げられるんです。

テンセントが得意なのは1を100に拡大すること

 もう少し説明しましょう。日本のゲーム産業に関わるプレーヤーの多くは、いわばゼロから1を生み出す能力にたけています。何もないところから素晴らしいアイデアを立ち上げられる。これに対してテンセントの最大の特徴は、いわば1を100にできるところです。素晴らしいアイデアを生かし、ビジネスの規模を拡大できる。この両者の特徴を組み合わせることで、素晴らしい結果をもたらすことができます。

 特に強調しておきたいのが、こうした共同開発は、中国市場のためだけではないという点です。『ポケモンユナイト』はグローバル市場向けに出しましたし、『魂斗羅』もそうです。これからは面白いゲームを作ったら、グローバル市場になるべく出ていきたい。そこは日本のIP保有者と私たちとの間で、ニーズがすごく合致しています。

 例えばカプコンさんもソニーさんも任天堂さんも、日本の各社はコンソールゲームの場合、ほとんどの売り上げを、おおまかには全体の8割から9割近くを、海外から稼いでいます。でも、モバイルゲームではたぶん逆です。売り上げの8割から9割近くは日本市場で稼いでいる。ここは日本の各社の悩みだと思っています。ただ、この悩みを単独で打開しようとしても、グローバル市場向けにモバイルゲームを開発し、パブリッシングできるような経験や実績はまだ乏しい。

 そこで、グローバル市場でのパブリッシングなどに強みを持つテンセントが、共同開発の形で一緒にやる。それが互いにとって成功への近道になると思うのです。

 実際、テンセントは日本以外のプレーヤーとも同じ取り組みで成功しています。例えば、韓国のクラフトンさんとは『PUBG: BATTLEGROUNDS』(PUBG)で、米アクティビジョンさんとは『コール オブ デューティ』で、米エレクトロニック・アーツ(EA)さんとは『エーペックスレジェンズ』で、それぞれグローバル市場向けにテンセントとモバイルゲームを共同開発し、大きな成功を収めました。

日本の有力IPを使った複数の共同開発が進行中

 BNEさんやポケモンさん、それに日本の他のお客さんと、皆さんが単独ではできないところに僕らが入って共同開発をどんどん進め、より多くの国で、より多くのユーザーに、日本のIPを届けようというのがテンセントの現在のミッションです。

 実際、日本の有力IPを使った共同開発を、テンセントは今、かなり進めています。これから次々と発表されると思います。ただ、当初の想定より時期はだいぶ遅れています。モバイルゲームが全部フリー・トゥ・プレー(Free-to-play)の方向に向かいつつあるのが大きな理由ですね。すべてのモバイルゲームが無料で遊べるようになれば、ユーザーは一番クオリティーの高いゲームをプレーしたがる。開発側は、どんどんクオリティーを上げなきゃいけない。すると予算も上がるし開発期間も延びるんです。ここまでが22年現在までの話です。

──モバイルゲームでの成功パターンを確立したわけですね。

シン その通りです。この成功パターンを踏襲する取り組みは今後も続けます。そのために、日本のいくつかの会社とは資本業務提携を結んで、パートナーとしての長期的な関係を強化したいと考えています。例えば、Aiming(エイミング)さん、プラチナゲームズさん、マーベラスさん、ソレイユという会社の親会社であるWake Up Interactive Limitedさん、それにKADOKAWAさんなどが、既に資本業務提携を発表済みです。実はそれ以外にも、トータルで十数社、テンセントが株式の一部を所有する形での資本業務提携を完了しています。いちいち発表はしていません。

 理由としては、テンセントという企業は、多額を、それもあちこちの会社に出資して私たちは偉いぞと誇示するような会社ではなく、パートナーが輝くために裏で支えるのを旨とする会社だからです。なので、僕らから発表するのではなく、資本業務提携を結んだパートナー様に、そのニーズに合わせて、発表のタイミングはお任せしています。

「出資は投資目的ではなく、長期的なパートナー関係の強化が目的」と強調するシン・ジュノ氏
「出資は投資目的ではなく、長期的なパートナー関係の強化が目的」と強調するシン・ジュノ氏

──なぜ買収ではなく出資なのですか。それも、株式の過半数を抑えるというより、少額の出資が目立ちます。

シン コンソールゲームのような、パッケージをつくったら完成というゲームの場合、2社がパートナーシップを結ぶと上下関係になりやすいんですね。発注する側は、このIPを使って、これくらいの予算で、こんなゲームを作ってくれと。受注する側は、指定の仕様で100万本完成しましたと。こうした受託関係が成立し、ビジネスが展開できました。

 しかし、オンラインゲームになると、こういったシンプルな受託関係を成立させるのは難しい。運営する側は継続的な人員配置が必要だし、中身も継続的に更新し続けなきゃならない。すると、ある意味、その場限りでよかったシンプルな受託関係ではなく、より長くパートナーシップを維持する関係が求められる。テンセントは資本業務提携を結ぶことで、パートナー企業との間で利害を一致させようとしているんです。

オーナーシップを開発者側に残すことが重要

 少額の出資でよしとしているのは、投資が目的ではないからです。出資をすることで、パートナー企業に対して継続的な関係を保証するのが狙いです。何より重要なのは、オーナーシップがパートナー企業の側に残るようにすることです。

 パートナー企業側が資本関係でオーナーシップを持っていれば、今まさに開発しているゲームが自分たちのゲームであることを、微塵(みじん)も疑うことはありません。オーナーシップがあるからこそ、スタッフ皆が頑張れる。ゲームを作るプロセスで一番難しいのは、ゼロから1を生み出すこと。そのためには、開発する側にオーナーシップを持たせることは不可欠です。

 日本には現在、優秀なクリエーターが多いし、今後も出てくると思います。日本のゲーム産業の中にこうした優れた人材がいる限り、テンセントは日本市場に投資し続けていくと思います。

──資本業務提携を結ぶ企業を増やし、今後、日本市場で何をしていきたいのですか。

シン テンセントが日本で成し遂げたいミッションは「3C」という言葉で示せます。最初のCは「チェンジ(Change)」です。今、特にコンソールゲームの業界では、大型M&Aによってかなり大きな変化が起きています。具体的に言えば、米マイクロソフトはアクティビジョン・ブリザードを687億ドルで買収し、ソニーグループも『ディスティニー』を開発した米バンジーを37億ドルで買収しました。テンセント自身も、資本業務提携という形で日本以外の国でも出資を重ね、その大きな変化にある意味、寄与しています。

 この大きな変化の中で、大手は自身の生きる道を分かっているし、そのための人、物、金もそろっている。ですが中小は、必ずしも人、物、金が十分ではない。そこで私たちは、一方で大手とは共同開発を進めて関係を濃くしていきますが、他方で中小、特にプラチナゲームズさんのように自分たちでかじ取りしたいけれど人、物、金が足りないというところと積極的に手を組み、チェンジへの対応を後押ししていきます。

 2つ目のCは「チャレンジ(Challenge)」です。日本の各社が挑戦したいのは、モバイルゲームでグローバル市場を開拓することだと言って構わないでしょう。そのグローバル市場で今、求められているのは、ずっと友達と遊べる、ソーシャル要素の強いライブサービスです。日本の各社もそれは分かってはいるけれど、なかなかチャレンジできない。だからこそ、テンセントが一緒になってチャレンジしていきたい。

──具体的にどうやってチャレンジまで持っていくのですか。

シン それが3つ目、最後のCである「コラボレーション(Collaboration)」です。チェンジ、チャレンジ、コラボレーション、皆、自分1人だとできません。そこでテンセントとのコラボや、パートナー同士のコラボで、グローバル市場を開拓するのです。

 例えばプラチナゲームズさんがゲームを作ろうとしている。けれども、ゲームを動かすサーバーの部分が少し弱い。テンセントが出資する日本企業の中には、逆にサーバーの機能が強いところもある。プラチナゲームズさんは、強力なサーバー機能を持つテンセントのパートナー企業の力を借りることで、魅力的なオンラインゲームを作ることができるわけです。

シン・ジュノ(Shin Juno)氏
Tencent Japan合同会社支社長
Tencent Games Vice General Manager

2008年監査法人トーマツ(現有限責任監査法人トーマツ入社)。10年8月NCsoft Associate Manager。11年8月T.S.Investment Investment Manager。13年1月Tencent Games Assistant General Manager、日本と欧州のゲーム関連事業開発(Business Development)を統括。13年1月Tencent Japan合同会社支社長(現任)、16年3月Aiming社外取締役、20年1月プラチナゲームズ社外取締役、20年6月マーベラス取締役、21年11月Wake Up Interactive Limited社外取締役、22年9月Tencent Games Vice General Manager(現任)

(写真/稲垣純也)

(後編に続く)

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