パソコン用ゲームプラットフォーム「Steam(スチーム)」を運営する米バルブは、日本で予約受け付けを開始した携帯ゲーム機「Steam Deck(スチームデッキ)」を20022年9月15日からの東京ゲームショウ2022で大量に展示する。これまでコアなゲームファンを中心としてきたPCゲームを新デバイスでどう拡大するのか。米国本社の開発陣に聞いた。
「Steam」は2003年に登場したゲームの配信プラットフォーム。パソコン上に専用ツールをインストールし、ストアで好みのゲームを購入してダウンロードする。いまや最新のPCゲームを入手し、楽しむうえで不可欠な存在となっている。これまではコアなゲームファン向けと見られることも多かったPCゲームの世界を拡大するハードウエアが登場した。携帯ゲーム機「Steam Deck」だ。
7型画面の左右にコントローラーを配置した形状で、SteamOSと呼ばれるLinuxベースの独自OSを搭載。Steam上で配信している多数のゲームタイトルに対応する。PC上で購入したゲームタイトルをSteam Deck上でも楽しめて、セーブデータも共有できる。机の前だけでなく、ソファやベッドなどどこでも気楽なスタイルでゲームが楽しめるというわけだ。
欧米では22年2月に発売となった。半導体不足の影響で品薄状態が続いたが、22年7月末にサプライチェーンの問題が解消されつつあると公表されると、その直後の22年8月4日、日本の他、韓国、台湾、香港での予約受け付けが開始となった。これらアジア地域では22年内の出荷を予定する。
Steamを運営するバルブは22年9月15日~18日に開催される「東京ゲームショウ2022」でブースを出展し、多数のSteam Deckを展示する予定だ。ゲーム業界に新たな風を吹き込むSteam Deckの狙いについて、米シアトルに隣接する都市ベルビューのバルブ本社でエンジニアのピエール・ルー・グリフェ氏、デザイナーのローレンス・ヤン氏に聞いた。
――これまでPCゲームのプラットフォームを展開してきた中、新たに携帯ゲーム機を投入した狙いや背景は?
ピエール・ルー・グリフェ氏(以下、グリフェ) SteamとSteam Deckには共通点があります。いずれもユーザーに高品質なゲーム体験を届けるためのものであることです。Steamはユーザーがスムーズに最新タイトルを入手でき、アップデートできるようにするなど、より良い体験を提供できることを目指してきました。ハードウエアでも同じです。自分たちでハードウエアを持ち、より良いゲーム体験を追求できれば、第三者の企業が対応するのを待たずに、高い価値を提供できます。
私たち自身がPCゲーマーであり、新ジャンルを含めたあらゆるゲームで、どうすればPCプラットフォーム上で体験を向上させられるかを常に考えてきました。さらにはゲームができる場所を広げ、より多くのユースケースにつなげたいという目標を常に持ってきました。
PCゲームには大きな価値があり、PCにしか存在しないゲームジャンルがたくさんあります。MMO(大規模多人数同時参加型オンライン)やフリープレー、バトルロイヤルのようなゲームの革新はPCから生まれました。その一方で、ゲームをするためのPCは高い性能が必要で、主にデスクトップで使われてきたという歴史がありました。
これまで我々はSteam用のコントローラーや、ネット越しにPCのゲーム画面をテレビに出力できる「Steam Link」などを開発してきました。ハードウエアの開発に取り組む中で、リビングルームや旅行先など、さまざまな場所でリッチなゲーム体験を届けることを目標に据えてきたのです。コントローラーで操作するように設計されていないゲームでも、入力方式に互換性を持たせる技術を開発しました。
Steam Deckは、これらのノウハウを引き継ぎ、完全に独立したフォームファクターにしたものです。さまざまなジャンルのゲーム、生産性を高めるためのPCとしてのソフトウエアを含め、オールインワンパッケージで利用できます。
――年齢層などSteam Deckのターゲットはどんな人でしょうか。
ローレンス・ヤン氏(以下、ヤン) 特定のターゲットはありません。正直なところ、できるだけ多くの人に遊んでもらいたいと考えています。ハードウエアのデザインの観点から申し上げると、子供から大人まで、あらゆるサイズの手で可能な限り快適に操作できるよう、多くのテストを重ねました。UX(ユーザーエクスペリエンス)の面では、これまではゲーム機を使ってきて、PCゲームに慣れていない人でも、できるだけ利用の障壁を低くするよう心がけました。ゲームの入手方法やアップデートの操作を含め、快適にプレーできるようにしています。
グリフェ これまでは、ゲームファンがPC上でゲームを快適に楽しむには、どんな価格帯のハードウエアを用意し、どんなメンテナンスをすればいいのかといった、ある程度の経験や知識が必要でした。Steam Deckがそうした問題も解決し、初心者でもすぐに楽しめる環境を提供できると考えています。
ヤン 15年ほど前、かつて私が初めてPCを購入したときも、悩みました。ラップトップかデスクトップか。デスクトップなら自分で組み立てたほうがいいのか、それとも全部セットで買ったほうがいいのか。ネットでおすすめを探しましたが、情報が多すぎて困りました。Steam Deckはオールインワンですぐにゲームが楽しめます。PCゲームに興味はあるけれど、ハードルが高いのでは、と思っている人たちが一歩踏み出す手助けになればと思います。
グリフェ 既にSteamを利用していて数多くのゲームを持っている人も、もちろん有力な購入層です。家族が出来てライフスタイルが変わり、あまりPCで遊べなくなったという人も、Steam DeckでPCゲームと再会できるかもしれません。
ヤン PCゲームに熱心な人たちには、MOD(モディフィケーションの略で、マップやアイテムを追加するなど、ゲームを改造するためのデータのこと)を使ってゲームを修正することを楽しんでいます。我々も掲示板を用意して、ユーザーがMODをダウンロードできるようにしています。Steam Deck上でそうした楽しみ方も可能です。中身はPCなので、Windowsをインストールすることもできます。
――Steam Deckの販売状況について教えて下さい。また、Steam Deckのユーザーにはどんなゲームが人気ですか?
ヤン 販売台数などの具体的な数字をお伝えすることはできません。ただ、我々の期待以上に多くの関心を寄せてもらっています。
グリフェ 新型コロナウイルス感染症拡大による生活の変化で、PCゲームと距離ができてしまった人たちからも、多くのフィードバックをいただいています。自宅でテレワークを終えてから、1日中座っていた机と、その上にあるPCですぐにゲームを始めたいとは思わない人もいます。Steam Deckがあれば、ソファに座ったり、家の中のいろいろな場所に行ったり、家族と一緒に遊んだりできます。Steam Deckによって人々のゲーム習慣が変わるという1つの例です。
ヤン Steam Deckで人気のタイトルは先日、Twitterでトップ10を紹介しました。『エルデンリング』のようなAAA(トリプルエー、大人気となった有名ゲーム)に加えて、インディーズタイトルが混在している点が面白いですね。『グランド・セフト・オートV』のような、少し古いゲームもあります。最新作や旧作、有名ゲームメーカーからインディー作品まで、多彩な要望に応えられるデバイスです。
We love seeing what games folks play on Steam Deck vs Desktop - for example, these are are the top 10 titles of the past week on Deck!
— Steam Deck (@OnDeck) August 3, 2022
MultiVersus
Vampire Survivors
Stray
ELDEN RING
No Man's Sky
Hades
Stardew Valley
Grand Theft Auto V
Aperture Desk Job
MONSTER HUNTER RISE
PCゲームと携帯ゲームのファンが多い日本で優先出荷
――アジア地域で予約の受け付けを開始しました。まず日本から22年内に出荷を目指すとしています。その理由は。
ヤン 日本にはPCゲームのファンが特に多いためです。日本では携帯ゲーム機への関心も高く、Steam Deckは喜んでいただける可能性が高いと考えています。
グリフェ 日本でのPCゲームの存在感はここ2~3年で急速に高まっているように感じます。日本のゲームメーカーも興味深いタイトルをPC向けに発売し、日本だけでなく海外でビジネスを拡大しています。Steam Deckはそのビジネスも後押しする存在になるはずです。
――PlayStation 5(PS5)など他社の据え置き型ゲーム機と比べたときの優位性は。
ヤン 例えば、Steam Deckでゲームをして、別のPCを持っていれば、そのPCでもゲームの進行状況を共有できるクラウドセーブができます。オープンなPCのエコシステムを活用し、その利点を生かすような形で構築しています。
グリフェ 他にも特定のコントローラーに制限されるのではなく、どんなタイプのコントローラーでも接続してプレーできることも、PCゲームの大きな強みの1つです。周辺機器も豊富で、ハンドルやフライトシミュレーター用のコントローラーなど、さまざまなものがあります。
とはいえ、我々は差異化を狙っているのではなく、できるだけシンプルに、多くの障壁を取り除き、快適なゲーム体験が得られることを目指しています。開発者の皆さまにSteamにしか存在しない独占的な機能やコンテンツを提供してもらおう、などとは決して思っていません。すべての人に最高の体験を提供したいだけなんです。
――半導体不足の問題が解決しつつあると発表しました。詳細を教えて下さい。
ヤン 現在、すべてのハードウエア企業がサプライチェーンの課題に直面しています。部品の不足からロジスティクスの問題、ウクライナで起きている戦争の影響など、さまざまなことが重なっています。当然ながら、部品が1つ足りないだけで製品がつくれなくなります。この問題を解決するには、さまざまな部品の調達先を見つけ、人々の協力を得ながら、障害やボトルネックを全体的に改善していく必要があります。何か1つを解決するのではなく、供給を改善し、確保するための継続的な努力を地道に積み重ねているところです。
グリフェ 予約を申し込んでいた全員に対し、22年中にSteam Deckを出荷すると発表しました。長い行列ができていた状況を短縮できるようになってきました。
ヤン アジアで予約を開始できるようになったのも、これまで長い間予約して待っていた人に十分な供給ができる見通しが立ったからです。
――半導体に関連して、Steam DeckはPS5やXboxシリーズと同じアーキテクチャーのCPU(中央演算処理装置)やGPU(画像処理半導体)を搭載しています。それらのゲーム機と比較して、どのような性能差がありますか。
グリフェ ご指摘の通り、まったく同じアーキテクチャーですが、CPUコア数は半分でGPUユニットも少なくなっています。しかし、これらのプラットフォームで1440p、時には4kの60fps(フレーム/秒)でプレーする場合と、800pの解像度にして40fpsで見る場合は、求められる処理能力も異なります。画面のサイズ、外出先でも体験できることを考慮すれば、プラットフォーム上で必要なパワーは十分に備えていると言えます。レイトレーシング、可変レートシェーディングなどグラフィックスの表現でも同じ機能を利用できます。
ヤン 電力使用量のバランスも大切です。電力に対する性能は、携帯端末をつくるときには常にトレードオフの関係にあります。米AMDと一緒に開発したプロセッサーを採用し、そのバランスをうまく調整できるようになったのはごく最近のことです。従来のものであれば、バッテリーの寿命はとても短くなっていたでしょう。
――携帯デバイスはバッテリー管理の他に熱制御も大切です。どのように改善していますか。
グリフェ 電力や熱の処理はプロジェクトの当初から中核にあるものです。電力については、OSやハードウエアレベルでバッテリー駆動時間を制御する機能も多数搭載し、長時間プレーする場合は、フレームレートを下げたり、グラフィック表現を下げたりできます。ゲームを中断した後で、問題なく再開できるように、スリープやレジュームをシームレス化する処理も加えています。
熱処理も重要です。『エルデンリング』など、高度な処理が必要なゲームでは、しばらくして温度が上がるとシステムの動作が不安定になり、パフォーマンスが低下する可能性があります。Steam Deckには十分な冷却能力と熱容量があり、電力消費を抑えています。
設計上でも、AMDと共同で開発したプロセッサーをはじめ、メインボードの設計やSSDの選択、入力コンポーネントの設計、サウンドアーキテクチャーの選択など、可能な限り少ない消費電力で済むようにしています。
ヤン 熱は本体の中央部分で発生し、ファンが本体上部の排気口から吹き飛ばす設計になっています。手があるハンドル部分が熱くならない設計になっています。
グリフェ Steam Deckの目標は、集中的にゲームをする場合でも、最低でも2時間はバッテリーが持つようにすることでした。もっと低負荷のゲームや、設定を調整すれば、8時間まで伸ばせます。この点については今後も改良を続けていくつもりです。ハードウエアの改善の他、ソフトウエア・アップデートも加えていきます。
出荷以来、既に多数のアップデートを加えています。例えば、画面のリフレッシュレートをデフォルトの60Hzから40Hzに変更できるようにしました。この機能を使うことでバッテリーの駆動時間を長くすることができます。
実際に手に取ってみると「意外に軽い」の声
――ハードウエア開発で最も苦労したのはどの部分でしょうか。
ヤン すべてが挑戦的でした。操作性も熱処理も互いに影響し合っています。操作をある方向性に変更したら、熱のマネジメントも併せて変更しなければなりません。パズルのピースを組み合わせるようなものなのです。素晴らしい感触と外観を持ち、機能するものをつくろうとしました。
熱対策にはかなりの時間をかけましたが、どこにどのボタンを置くか、どれくらいの大きさにするか、この形状はどうするかなど、人間工学や操作性についても、多くの時間を費やしました。後ほどプロトタイプやモックアップをお見せしますが、基準となる形状を決定するために何度も反復作業を繰り返しました。
グリフェ 部品やシステム構成がほぼ固まった段階で、新型コロナが広がり始める20年3月、人間工学的なアプローチでコントローラーの設計に取り組み始めました。通常であれば、多くの人に模型を持ってもらい、フィードバックをもらいながら、改良を重ねていきます。ところがロックダウンの中で、そのような実験は一切できなくなりました。スケジュール通りに進めるには、模型を郵送で送るなど、遠隔でも実行できる方法へと柔軟に切り替える必要がありました。
ヤン Steam Deckは669グラムですが、実物を手に持つと思ったよりも軽く感じると言われることがあります。何度も実験を繰り返し、誰の手にもフィットする形状に到達したことで、重さを感じにくくなっているのです。
――同様の形状の携帯ゲーム機には「Nintendo Switch」があります。Steam Deckは競合製品という位置付けになるのでしょうか。
ヤン Nintendo Switchをライバルとは思っていません。まったく別のデバイスだと考えています。Steam DeckはPCであり、できることが異なります。私たち開発陣もNintendo Switchを持っていますし、実際にプレーし、素晴らしいと思っています。他の携帯ゲーム機も登場するかもしれませんが、このカテゴリーは非常に面白く、市場が広がり、多くのゲームファンが机から離れてもPCゲームが楽しめるようになることを楽しみにしています。
グリフェ Nintendo Switchは発売から5年くらいが経過しています。もちろんSteam Deckは最新のアーキテクチャーを採用し、性能面では当然アドバンテージがあります。しかし、Nintendo Switchは小型で消費電力が少なく、ゲームタイトルがNintendo Switch用にチューニングされているという違いもあるので、単純な比較はできません。
――日本での売り上げ見込みと、東京ゲームショウ2022での展示予定は。
ヤン アジアの販売はゲーム開発・流通のKomodo(東京都武蔵野市)に委託しており、公表できる数字はありません。ただ、我々は販売地域の拡大に大きな期待を持っています。東京ゲームショウでは、ブースの大部分でSteam Deckを体験できるハンズオンエリアにする予定です。数多くのSteam Deckを用意し、試してもらいたいと考えております。
グリフェ 実際に試してもらうことが重要だと考えています。写真を見ただけで「重そう」「操作が難しいのでは」と思う人が多いようです。でも、実際に使ってみると、「これは遊びやすい」と実感してもらえるはずです。ゲーム開発者からは、発表前の早い段階からそのようなフィードバックがありました。ユーザーからも数え切れないほど同様の声を聞いてきました。ゲームショウでの体験した人が、友人に「楽しかった」と伝えられるようにしたいと思っています。
――イーロン・マスク氏がテスラ車でSteamのゲームを実行できるようにすると公表しました。そうした点も含め、Steamは今後どう進化していきますか。
ヤン 我々は、人々がSteamゲームにアクセスし、プレーできる方法や場所が多ければ多いほどよいと考えています。テスラの車内もその中の1つです。
グリフェ Steamはできるだけ多くの場所、フォームファクター上で利用できるようにすることを目的としています。Steam Deckやテスラ車だけでなく、さまざまなプラットフォーム上で動かせるという事例がたくさん出てくると思います。例えば米グーグルとはChrome OS上でSteamを動かすことに取り組んでいます。
既に試作バージョンのソフトウエアが公表されています。現在はインテルベースの高性能CPUを搭載したChromebookのみを対応しており、ARMベースの製品には対応していません。そうした制限が今後どうなるかは不明ですが、Steamがさまざまな場所で利用できるようになり、人々が選択できることは素晴らしいと考えています。
ヤン SteamとSteamライブラリの素晴らしい点の1つは、どんなデバイスでもクリックしてSteamを起動すれば、すべてのゲームがそこにあることだと思います。新世代のゲーム機が登場したときに、それまで持っていた古いゲームの互換性がなく、遊べないことがあります。新しいSteam DeckやChromebookを買ったとき、古いPCで買ったゲームがそこにある、という環境を提供できることが重要なのです。
――最後にSteam Deckでの次の目標を教えて下さい。
グリフェ テレビや外部ディスプレーの接続に利用できる「ドッキングステーション」はSteam Deckと同時に発表しましたが、物流や生産上の制約から、同時に出荷できませんでした。現在ようやくドックの準備が整いつつあります。まもなく、発売時期や詳細について発表する予定です。LANケーブルやストレージも接続でき、Steam Deckをゲームのコンソール機、あるいは本格的なPCのように使うこともできます。新しい可能性を広げる周辺機器として期待しています。
現在検討している国での展開が完了したら、もちろん、さらに多くの国に広げて、より多くの人に使ってもらいたいと考えています。既に販売している国でも、より多くの人が手に取ってもらえるよう、生産を拡大していきます。
(写真提供/米バルブ)
▼関連リンク 日経クロストレンド「東京ゲームショウ2022特設サイト」 東京ゲームショウ2022公式サイト(クリックで公式サイトを表示します)