グループ全体の自動車販売台数が3年連続世界一を誇るトヨタ自動車と、日本最大級のメタバースプラットフォーム「cluster」を運営するクラスターがタッグ。メタバース上で車を展示する「バーチャルガレージby TGR/LEXUS」の制作舞台裏を、クラスターエンタープライズ事業部の亀谷拓史氏と川口十字氏に聞いた。
自動車販売台数が3年連続世界一を誇るトヨタ自動車と、日本最大級のメタバースプラットフォーム「cluster」を運営するクラスター(東京・品川)が、メタバース上で車を展示する新たな取り組みを展開した。それはclusterに1月13日から22日までオープンした「バーチャルガレージby TGR/LEXUS」。世界最大級のカスタムカーイベント「東京オートサロン2023」に展示された、トヨタの「TOYOTA GAZOO Racing(トヨタ・ガズー・レーシング)」と「LEXUS」の車両の一部を、メタバース上で展示したものだ。
メタバース上では、車両の外観だけでなく、内部構造も見て楽しむことができたほか、TOYOTA GAZOO Racingのドライバーによるトークイベントもバーチャル空間で開催された。自動車業界のメタバース活用に新たな可能性を開いたバーチャルガレージby TGR/LEXUS制作の裏側を、クラスターのエンタープライズ事業部の亀谷拓史リーダー兼チーフプランナーマネージャーと、ディレクターの川口十字氏に聞いた。
エンタープライズ事業部 ディレクター
コンセプトカーをメタバースで楽しむ
clusterにオープンしたバーチャルガレージby TGR/LEXUSに現れたのは、5台のカスタムカーだった。アバターで会場に入って、「ハチロク」の愛称で親しまれるAE86トレノの水素自動車「AE86 H2 CONCEPT」に近づくと、時間によって車体が透明になり、水素タンクを搭載している中の構造を見ることができた。
他にもAE86レビンの電気自動車「AE86 BEV CONCEPT」、2022年のラリーチャレンジ豊田で初披露された仕様の「GR Yaris Rally2 CONCEPT」、LEXUSのバッテリーEV「RZ」をベースにドライバーの佐々木雅弘選手が監修したコンセプトモデル「RZ SPORT CONCEPT」、それに水素バギーの「ROV CONCEPT2」が並ぶ。これらは千葉市の幕張メッセで1月13日から10日間開催された東京オートサロン2023に展示した車両を、メタバース上に再現したものだ。
「バーチャルガレージby TGR/LEXUS」は、東京オートサロンに展示する車両をより多くの人に楽しんでもらおうと、トヨタ自動車とクラスターが協力して初めて開設された。リアルの会場に来ることができない人でも展示車両を見て、時間や混雑などを気にせずに楽しむことを可能にした。
cluster上のコメントやSNSでも、バーチャル空間でじっくりと見ることができる演出を喜ぶ声や、内部構造がわかる展示に驚く声が寄せられていた。クラスター側のプランナー責任者としてトヨタとの連携を担当した亀谷氏は、企画した経緯を次のように明かす。
「メタバースでどんな取り組みができるのかを、トヨタさんと1年ほどかけてディスカッションしてきました。実現するタイミングを東京オートサロンの時期に決めたのは去年の9月頃です。メタバースと親和性がいいからというより、トヨタさんが車を展示するイベントとして東京オートサロンがふさわしいと判断されたことが大きいですね」
亀谷氏がトヨタ側と固めたプランを、実際に形にする制作進行の責任者が川口氏だった。制作に入ったのは11月以降で、わずか2カ月ほどで作り上げたという。体制はCGを担当するデザイナーと、品質保証のQAQA(クオリティーアシュアランス)の担当者がそれぞれ約5人ずつ。5台の車両とバーチャル会場の制作を同時並行で進めた。川口氏は制作する上で「クラスターだからできることにこだわった」と話す。
「レビンとトレノの内部構造が見えるように、車体が時間によってスケルトンになる仕組みは、提案段階から考えていました。それ以外にもレーシングカーのRZ SPORT CONCEPTでは、ボタンをタップするとエアロパーツが切り替わっていくギミックを入れました。リアルでは体験できない、バーチャルならではの表現ができたと思います」
車の再現に高いハードル
この取り組みにはクラスターとしても大きな挑戦があった。それは、車をメタバースに再現する際に、完成度が求められることだ。高いハードルの1つはデザインの再現だった。
GR Yaris Rally2 CONCEPTはラリーツアーで使用する車体をベースに、プロのドライバーが今回のためにプロデュースしたもので、非常に細かいデザインになっている。また、RZ SPORT CONCEPTには、LEXUSならではの細やかな色合いが表現されていた。色の違いがないかについて逐一確認を受けながらも、スピーディーに進める必要があった。
もう1つのハードルは「データ容量との戦い」だ。実際の車を作るための設計と、メタバース上で見せるための設計は、「まったく逆のアプローチだった」と亀谷氏が説明する。
「車体の設計データとして、トヨタさん自身がCADで作った3Dデータがあります。しかし、データ量が重すぎて、そのままでは使うことができません。スマートフォンやパソコン、スタンドアローン型のVR(仮想現実)ゴーグルで楽しむためには、3Dデータと同じ精巧な見た目にしながらも、データを大幅に軽量化する必要があります。このハードルは非常に高いものでしたが、一定のクオリティーのものを来場者に見せることができました」
この2つの高いハードルがありながら、驚くことに実物を見ることがないまま作り上げたという。その苦労を川口氏が振り返る。
「実際に車を見ることができない状況で、実物と齟齬(そご)がないものを作り、なおかつバーチャル空間でより良く見せる方法を考える必要がありました。車体や内部構造は、実物をスキャンして作っていただいたデータを再構成して軽量化したものの、元のデータとの整合性をとっていくことは大変でした。
実際の車両を見たのは、東京オートサロンの会場です。見て初めて、バーチャル空間で作らせていただいたものが、実物を良く再現できていると感じました。メタバースで新しい価値を生むことができたと思った瞬間でした」
後編に続く
(写真提供/トヨタ自動車、クラスター)