近鉄グループの中核企業の1つである近鉄不動産と、日本最大級のメタバースプラットフォーム「cluster」を運営するクラスターが2022年11月に明らかにした「バーチャルあべのハルカス」構想。大阪のランドマーク「あべのハルカス」を舞台にしたメタバース空間を2023年3月にオープンする。この構想の大きな特徴は、「あべのハルカス」をメタバース化するだけでなく、バーチャル経済圏の構築を明確に打ち出していることだ。近鉄グループのアセットを活用した実証実験を行って、「都市型メタバース」として事業化の道を探るとともに、将来的には「観光型」「郊外型」など沿線全体のメタバース化を図ろうとしている。前編では、近鉄不動産代表取締役社長の倉橋孝壽氏と、クラスター代表取締役CEOの加藤直人氏が、「バーチャルあべのハルカス」に取り組む狙いや思いを語った。後編の記事では、倉橋氏と加藤氏が、事業化に向けた将来構想について話し合う。

左が近鉄不動産代表取締役社長の倉橋氏。右がクラスター加藤代表取締役CE0
左が近鉄不動産代表取締役社長の倉橋氏。右がクラスター加藤代表取締役CE0
倉橋孝壽(くらはし・たかひさ)
近鉄不動産代表取締役社長
1956年生まれ。奈良県出身。1980年に東京大学卒業後、近畿日本鉄道(現・近鉄グループホールディングス)に入社。近鉄不動産取締役・近鉄グループホールディングス取締役専務執行役員を経て、2019年6月から現職
加藤直人(かとう・なおと)
クラスター代表取締役CEO
1988年生まれ。大阪府出身。京都大学大学院理学研究科修士課程中退後、スマホゲームを開発しながら約3年間のひきこもり生活を過ごす。2015年にクラスターを創業。17年、メタバースプラットフォーム「cluster」をリリース。経済紙『Forbes JAPAN』の「世界を変える30歳未満30人の日本人」に選出。著書に『メタバース さよならアトムの時代』(集英社)

メタバースで取り組むコロナ後の街づくり

――近鉄不動産は近鉄グループの中核企業の1つだ。2023年3月に都市型メタバースとしてオープンする「バーチャルあべのハルカス」では、鉄道や百貨店、ホテルなども含めた近鉄グループの各事業と連携して、それぞれの業種に応じたビジネスモデルの実証実験を行っていく。実証実験で得たデータを分析することで、リアルとバーチャルの融合を図る考えだ。グループを挙げてメタバースに取り組んでいく理由を、倉橋氏は次のように説明する。

倉橋孝壽氏(以下、倉橋) 近鉄の鉄道ネットワーク基盤の上に、近鉄不動産が都市ではビルやマンション、郊外では住宅、観光地ではホテルやゴルフ場などをつくっています。これら3つの場を鉄道が結ぶトライアングルの中でビジネスを展開してきました。

 ところが、新型コロナウイルスの感染が拡大したことで、いろいろな意味で人の移動に変化が起きてしまい、いままで通りにトライアングルが機能しなくなっています。さらに、人口減少という問題もあります。プラス要因としてはインバウンド(訪日旅行)需要がありましたが、コロナ禍では一切なくなりました。

 この状況のなかで、不動産と鉄道で形成するトライアングルに、お客様に楽しんでもらうための要素が他にも必要だと感じました。そこで可能性を感じたのがメタバースです。メタバースであれば、データを分析して、お客様の動きを把握することもできます。新しい時代に向けて、グループの事業を有機的に結びつけたビジネスモデルをつくっていければと期待しています

「バーチャルあべの~」で世界とつながる

――「バーチャルあべのハルカス」の構想については、倉橋氏と加藤氏が前編で語った。近鉄グループの事業と連携して実証実験を行うとともに、隣接する芝生広場の「てんしば」をメタバース上につくり、インキュベーション機能を持たせる考えだ。

 一方で、「バーチャルあべのハルカス」のオープンは、あくまでスタートとも言える。倉橋氏と加藤氏は将来的な構想を次のように語り合った。

倉橋 1つは全世界につながることです。インバウンド需要の宣伝はいろいろな方法で取り組んでいますが、なかなか難しいですよね。困ったらインフルエンサーに頼るといったケースも多いです。メタバースであれば、デジタルのネットワークによって世界とつながることが可能になります。

 世界とつながることで、あべのハルカスにアジアの企業を誘致できるかもしれません。観光地も紹介できますし、京都のマンションを販売することもできます。その入り口を「バーチャルあべのハルカス」につくるイメージです。ただ、来年3月の時点ではまだ英語には対応していません。世界につながることは、将来的な構想として最も期待していることです。リアルとバーチャルの双方を通じて、国内だけでなく海外も含めたライフスタイルの変化を捉え、顧客との新しいつながり方を模索できればと思います。

加藤直人氏(以下、加藤) リアルタイムで翻訳するテクノロジーは、あと2年くらいで実現するといわれています。バーチャル空間であれば音声はサーバーを介して届くので、リアルタイム翻訳によって国籍などの違いは関係なくなります。世界とつながったときには、あべのハルカスのような分かりやすいモニュメントがあることが重要だと思っています。

近鉄沿線にある観光資源の情報発信地に

倉橋 近鉄沿線には様々な神社や仏閣、国宝といったいろいろなコンテンツがあります。こうしたリアルなものに触れるために、現地に誘引するための仕組みを「バーチャルあべのハルカス」に置いておけば面白いのではないでしょうか。リアルはリアル、バーチャルはそこまで精緻なものである必要はないと思っています。バーチャルを契機にして興味を持ってもらえたらいいのではないかと考えています。

加藤 その通りだと思います。リアルを完全に再現することは不可能ですし、リアルにはリアルの良さがあります。私はリアルを「ぜいたく」と呼んでいます。リアルの質感をバーチャルで再現する意味はないので、バーチャルで興味を持っていただいて、生活圏として楽しみつつ、ぜいたくとして実際に足を運んでもらえばいいのではないでしょうか。

倉橋 バーチャルではバーチャルならではの様々なことができます。特に街づくりの観点ではゲームの要素などを取り入れれば、より面白いものができると思っております。

いかにユーザーを巻き込めるか

――倉橋氏と加藤氏の会話で印象的だったのは、2人が「バーチャルあべのハルカス」の構想を楽しそうに語っていたことだ。最後に、バーチャル経済圏の構築を目指す、メタバースでの新たな取り組みの魅力を聞いた。

倉橋 新しいものであり、誰もできていないことに、自ら考えて取り組めることですね。積み上げたものがないので何が起きるか分かりませんし、新しいことが起きる可能性もあります。今回はクラスターという最適なパートナーがいます。これから思いもよらないことが出てくることを期待しています。

加藤 クラスターにとって今回のチャレンジは、“つくる体験”を提示して、それがコミュニティーになっていくことです。近鉄不動産と当社が提供したものを、ユーザーが見て、遊ぶだけで終わったら意味がありません。どれだけ巻き込めるかだと思っています。

 それに、「バーチャルあべのハルカス」はリアルとバーチャルの融合であり、街づくりです。街はみんなでつくるものなので、ユーザーと一緒に場をつくることができるかどうかが、今回最もチャレンジすることですね。

 いろいろな人がクリエイティビティーを発揮して、有機的につながればコミュニティーができます。近鉄不動産が持っているアセットを媒介にしながら、メタバースの街づくりに力を注いでいきたいですね。

――近鉄不動産では社員全員が「バーチャルあべのハルカス」に関わっていくほか、近鉄グループの各部門でも、バーチャル経済圏の構築に向けたメタバースの活用策を検討しているという。

倉橋 新しいことにチャレンジすることは社員の意識改革にもつながります。「バーチャルあべのハルカス」がオープンすれば、社員全員ができるだけメタバース空間に入って過ごしてもらいたいと思っています。将来的にメタバースがどうなるのかはまだ分かりませんが、新しいものを自分なりに受け止めて、そこで何ができるか考えることを、特に若い社員に経験させたいと思っています。

 社員も今回の取り組みを面白がっています。ぜひ自分も関わりたいと話している社員も多いですね。もちろんビジネスはそんなに簡単ではないので、まずはこの半年でどこまでできるか。それから半年から1年は検証する期間が必要になると思います。

 慌ててセカンドフェーズにステップアップすることは考えていません、技術的にもどんどん発展していきますから、それにどう対応していくかのほうが大事です。ひょっとすると、ある事業体で面白いアイデアが生まれて、そこに特化していく可能性もあります。1つひとつをきちんとした形でつくっていきたいですね。

(C)近鉄不動産 (C)Cluster,Inc.
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