超高層複合ビル「あべのハルカス」を舞台に、リアルとバーチャルの融合を図る――近鉄不動産(大阪・大阪市)と、日本最大級のメタバースプラットフォーム「cluster」を運営するクラスター(東京・品川)は、2022年11月9日に「バーチャルあべのハルカス」構想を明らかにした。メタバース空間で鉄道、百貨店、美術館、ホテルなど、近鉄グループが持つ様々な業種の実証実験を行うとともに、インキュベーション機能を持った「都市型」のメタバース空間をあべのハルカスで提供。2023年3月にオープンし、将来的には「観光型」「郊外型」も含めた沿線全体のメタバース化を図る構想だ。この構想が意欲的なのは、単にメタバース化するだけではなく、バーチャル経済圏の構築を目指しているからだ。その狙いについて、近鉄不動産代表取締役社長の倉橋孝壽氏と、クラスター代表取締役CEOの加藤直人氏が語った。前後編でお伝えする。

右が近鉄不動産代表取締役社長の倉橋孝壽氏。左がクラスター代表取締役CEOの加藤直人氏
右が近鉄不動産代表取締役社長の倉橋孝壽氏。左がクラスター代表取締役CEOの加藤直人氏
倉橋氏は、2019年に近鉄不動産代表取締役社長に就任して初のインタビューとなる
バーチャルあべのハルカスの構想について語る倉橋氏
倉橋孝壽(くらはし・たかひさ)
近鉄不動産代表取締役社長
1956年生まれ。奈良県出身。1980年に東京大学卒業後、近畿日本鉄道(現・近鉄グループホールディングス)に入社。近鉄不動産取締役・近鉄グループホールディングス取締役専務執行役員を経て、2019年6月から現職
加藤直人(かとう・なおと)
クラスター代表取締役CEO
1988年生まれ。大阪府出身。京都大学大学院理学研究科修士課程中退後、スマホゲームを開発しながら約3年間の引きこもり生活を過ごす。2015年にクラスターを創業。17年、メタバースプラットフォーム「cluster」をリリース。経済紙『Forbes JAPAN』の「世界を変える30歳未満30人の日本人」に選出。著書に『メタバース さよならアトムの時代』(集英社)

メタバースでバーチャル経済圏を構築

 「バーチャルあべのハルカス」構想の目的は大きく3つある。あべのハルカスを舞台にリアルとバーチャルを融合すること、業種に応じたビジネスモデルの実証実験を行うこと、それにインキュベーション機能(※)を持つバーチャル空間をつくること。メタバースによって新たな「街づくり」の可能性を追求する取り組みだ。

 2022年11月9日にあべのハルカスで開催された発表会が、プロジェクトのキックオフとなった。2023年3月末のオープンを目指して開発を進めている。このプロジェクトについて、近鉄不動産代表取締役の倉橋孝壽氏と、クラスター代表取締役CEOの加藤直人氏が本誌独占で対談。倉橋氏は、メタバース事業に乗り出した経緯を次のように語った。

※「インキュベーション」とは、クリエイターの育成や業種に応じたビジネスモデルを支援する活動のこと。

倉橋孝壽氏(以下、倉橋) きれいな3Dでつくられるだけのメタバース空間ではなく、Web3.0に可能性を感じたためメタバースに興味を持ちました。近畿日本鉄道では1983年に、ニューメディアプロジェクトを発足しました。クレジットとポイントの機能がある近鉄グループのカードであるKiPSカードとケーブルテレビ会社(KCN)の設立、それに鉄道線路に光ファイバーを敷いて、クローズドのネットワークを構成し、ターミナル駅を中心に情報や広告を流す事業(ターミナル情報システム事業)を、国の補助事業として実証実験をしました。

 近鉄グループホールディングスでは2017年にも、デジタル地域通貨の「近鉄ハルカスコイン」を立ち上げて、社会実験を進めました。近鉄沿線の経済圏の中にKiPSカードに続く金融ツールが必要だと感じて取り組んできました。今回の「バーチャルあべのハルカス」は、こうしたリアルとバーチャルを融合させる取り組みの一環であると思っています。

――日本一の高さ300メートルを誇る超高層複合ビルのあべのハルカスには、大阪阿部野橋駅、百貨店のあべのハルカス近鉄本店、美術館、オフィス、大阪マリオット都ホテル、それに展望台のハルカス300などがある。これだけの巨大なビルながら、ほとんどを近鉄グループの事業が占めている。

倉橋 あべのハルカスの強みは、近鉄グループの様々な事業が集結しているので、実証実験の場として最適であると考えています。今回のリアルとバーチャルの融合でも、あべのハルカスを舞台にマネタイズや、いろいろな事業の実証実験ができると思っています。

クラスターを選んだのは「実行力」

倉橋 メタバースはまだできないことも多いと感じています。本当の意味でビジネスにつながるようなものが何かないか、我々は今回のトライでこれを一歩押し進めようと考えました。そのための1つの切り口がリアルとの融合だと考えています。

加藤直人氏(以下、加藤) インターネット自体も、ビジネス化できているのは広告と物を売るコマースくらいで、実事業の5%から8%くらいしかできていないといわれています。「バーチャルあべのハルカス」は、他のビジネスにどれだけデジタルを活用できるかというチャレンジだと思っています。

倉橋 今回は様々なビジネスチャンスを探りチャレンジしていきたいと考えています。クラスターをパートナーに選んだのは、引きこもりのような生活からクラスターをつくった加藤CEOの志の高さと熱意を感じたと同時に、短期間で形にした実行力を評価したからです。

加藤 近鉄不動産とコラボレーションさせていただいて心強いのは、実事業でいろいろな業種を抱えていることと、リアルの街をつくっていることですね。デジタルと融合することで、インパクトのあることができると期待しています。本当に意義のあるコラボだと思っています。

初対面からわずか3カ月でのキックオフ

――「バーチャルあべのハルカス」構想は、バーチャル経済圏を構築する新たな取り組みだが、近鉄不動産とクラスターがコラボするまでの決断は早かったという。

加藤 最初に倉橋社長とお会いしたのは2022年の8月ですね。9月末から10月上旬にかけてプレゼンテーションをして、今日からキックオフです。このすごいスピードには、僕らもけっこうびっくりしています(笑)。スタートアップでもなかなか難しいスピード感ですので、負けずに頑張りたいですね。

倉橋 好奇心が強いので日頃からいろいろと新しいものに興味を持って、様々な情報を集めています。そのなかで今回メタバースの話が出てきたので、まずはトップランナーの人たちのお考えをお伺いしたいと社内にミッションを出したのがきっかけです。

 あべのハルカスが2024年3月に10周年を迎えるので、新たなあべのハルカス像をつくるための事業の一環でもあります。「バーチャルあべのハルカス」を信頼する加藤CEO、クラスター社と一緒につくり上げていきたいと思いました。

加藤 倉橋社長のお話で印象的だったのは、このプロジェクトを近鉄不動産だけではなく、関西はどうあるべきか、ひいては日本がどうあるべきかといったレイヤーでお話をされていたことです。そうでなければ大きい取り組みはできないのかなと思います。

 当社としては、バーチャルの街をつくるといった、1つのフォーマットのようなものを作りたいとご相談いただいたことがうれしかったですね。バーチャル上でイベントを開催するだけなら簡単です。そうではなくて、生活スタイルが変わるような取り組みであることに、大きな魅力を感じました

関西をバーチャルあべのハルカスから盛り上げる

――あべのハルカスがあるのは大阪市南部のあべの・天王寺エリア。キタ(梅田)、ミナミ(難波)と並ぶ大阪の第3のターミナルだ。周辺には約7000平米と広大な芝生広場である「てんしば」の他、飲食店やフットサルコート、子どもの遊び場なども整備している。

 メタバース上の「てんしば」には、クリエイターが自由に創作活動をできるインキュベーション機能を持たせる予定だ。また、ユーザーの交流の場としてイベントを開催する場にもなる。実は、あべの・天王寺エリアには、リアルのインキュベーション施設があまりないことだという。

倉橋 あべの・天王寺エリアの1番の課題は、インキュベーション機能が乏しいことです。クリエイターの活躍の場が少なく、ものを生み出す力に乏しいとの厳しいご指摘を加藤CEOから受けました。バーチャルの「てんしば」にクリエイターを集めるアイデアは、加藤CEOに教えてもらったことです。ここをリアルとバーチャルが融合したクリエイターの聖地にしたいですね。

加藤 私はあべのハルカスの近くにある天王寺高校を卒業していて、高校時代は天王寺で遊んでいました。大学は京都で、起業は東京だったのですが、やはり東京一極集中になっていることに関西との差を感じて、悲しい気持ちを持っています。

 でも、たった200年前は大阪のほうが経済としては大きかったことを考えると、関西のポテンシャルは大きいと思っています。これからの時代で大事なのは面白さやインパクトです。これは大阪の人たちのDNAでもあります。メタバースと化学反応を起こすことで、関西圏を盛り上げる1つの金字塔のようなものがつくれるのではないかと期待しています。

倉橋 街を訪れる人は基本的に住んでいる人、買い物に訪れる人、働く人の3つで、リアルではそれぞれ役割が決まっています。でも、そういう人たちがバーチャルでは様々な立場で街づくりに関わることができます。

 あべのハルカスには、年間4000万人から5000万人が訪れています。そのなかから、全員とまではいかなくても、「バーチャルあべのハルカス」の新しい街づくりに参加してもらうことで、あべのハルカスやあべの・天王寺エリアをメタバースで新しい魅力を創り出したいと思っています。


 「バーチャルあべのハルカス」は、メタバース空間に場をつくることに加えて、バーチャル経済圏の構築を目指している。後編ではその具体的なアイデアを倉橋氏と加藤氏が語る。

(C)近鉄不動産(C)Cluster,Inc.
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