玩具メーカーのタカラトミーと、日本最大級のメタバースプラットフォーム「cluster」を運営するクラスターのコラボで生まれた『メタバース 黒ひげ危機一発』。前編ではタカラトミーMoonshot事業部の山﨑正彦部長と、クラスターエンタープライズ事業部の亀谷拓史リーダー兼チーフプランナーに、『黒ひげ危機一発』をメタバースで企画した理由について聞いた。後編では、開発の裏側と今後の展開などについて聞く。

ユーザーが『メタバース 黒ひげ危機一発』に入ると、まずは「船着き場」(上)が現れる
ユーザーが『メタバース 黒ひげ危機一発』に入ると、まずは「船着き場」(上)が現れる
(写真/中村嘉昭)
左がタカラトミー山﨑氏、右がクラスター亀谷氏(写真/中村嘉昭)
山﨑正彦氏(やまざき・まさひこ)
1979年生まれ、東京都出身。「トランスフォーマー」のマーケティング担当後、欧米市場向け事業、「ベイブレード」やRCなどのマーケティング/開発部長を経て、新規事業部門Moonshot事業部にて現職。Tech活用や社会と遊びの新たな接点づくりを軸に「アソビで未来にこたえる」の具現化に取り組む
亀谷拓史氏(かめがい・たくし)
1993年生まれ、岐阜県出身。2020年10月にクラスターに入社し、ビジネスプランニング本部でプランナーを勤める。2022年より同部署マネージャーとしてクライアントの担当他、メンバーのマネジメントを行う

クラスターの驚くべき開発スピード

――メタバースによって玩具で遊ぶ体験を提供するのは、タカラトミーにとっても、クラスターにとっても初めての経験だった。リアルの玩具とバーチャルを融合させる上では、様々な発見があったという。特に、タカラトミーの山﨑氏が驚いたのは、開発のスピード感だった。

山﨑正彦氏(以下、山﨑) おもちゃは立体物です。3Dプリンターなども発展しましたが、 物理的な開発や作業にはどうしても時間がかかります。それに対して、クラスターさんがデジタルの中で立体物をつくるスピードの速さには驚きました。

 リアルのおもちゃにはない海賊船を新たにつくることが決まると、打ち合わせた日の翌週とか、本当にすぐにできてきました。おもちゃで海賊船をつくろうとするとかなりの時間がかかるので、おもちゃ開発とは全く違うスピードを感じましたね。

亀谷拓史氏(以下、亀谷) 海賊船は1週間くらいと、超特急でつくりました。タカラトミーさんの社内でのプレゼンテーションが直前に控えていて、ゲームとの違いを出すためにも、海賊船に乗って遊ぶところをお見せする必要があったからです。その後、最終版の海賊船はそのときのものをつくり直して、別のモデルのものになっています。

山﨑 もう1点驚いたのが、ローンチのギリギリまで作業をしていることです。おもちゃは半年以上前には製品もほぼできていますので、発売日直前まで作業をすることはありません。発表の数日前まで作業をされていたので、間に合うのかなと思って、不安で不安でしようがなかったですね(笑)。

亀谷 これがメタバースの標準的な開発速度なので、「安心してください」としか言えなかったのですが(笑)。完成したのは2日前。ゲームショウでプレゼンをする22年9月15日の13時にオープンできました。

山﨑 オープンしてみると、B to C(消費者向け)で商品を販売するのとはまた違う意味で、直接ユーザーとつながる部分を感じました

 おもちゃは生産して、販売店と商談をして、並べてから発売になります。流通は大切で、当社の強みであることに変わりはありませんが、『メタバース 黒ひげ危機一発』はメーカーとユーザーがより近い存在になった商品といえます。

つくり込んだ「手触り感」と「世界観」

――前編で語られた通り、開発にあたっては「デジタルで日常生活を送る」というメタバースの特性を鑑みて、「単なるゲームにしてはいけない」とした。そこで重要になってくるのが、独自にルールなどを決められる「余白」を残すなど、メタバースでしか表現できない世界観をつくることだ。

 技術的にはどのように取り組んだのかを聞くと、最も時間がかかった点の1つが、意外にも「樽に剣を刺す」あの動作だったという。

山﨑 おもちゃらしさを詰め込むために考えたのは、色とりどりの剣を自分で選んで、持って、樽に刺す動線を、リアルと同じように維持したことです。

亀谷 開発が決まってから、改めて『黒ひげ危機一発』で遊んでみました。印象的だったのは、おもちゃには“手触り感”があることです。剣を刺すまでの動線をつくるなかで、メタバースだからこそ実現しなければいけないと思ったのは、剣を刺すタイミングでの押し込む感覚でした。

 『黒ひげ危機一発』は、「ここでいいかな?」と考えて、剣を途中まで刺して、「やっぱりやめた!」と言って抜き、もう1回考えて刺すことができる遊びですよね。あの緊張感を手触りがあるように表現する方法をかなり考えました。

山﨑 この点はすごく時間がかかりましたね。どのように刺すかについて何パターンも案がありました。

亀谷 最初はそのまま刺す形にしましたが、それでは手触り感が出ませんでした。次に自動で吸い込まれていくバージョンを作ってみましたが、今度は迷う感じがありません。何パターンか試してみて、最終的には樽に近づいて自分で刺そうとすると、そこでもう1回ボタンが出てきて、スマートフォンではボタンを押す、VR(仮想現実)ではタップして剣を押し込む形にしました。これが最もリテイクが多かった部分ですね。

山﨑 私たちも答えを持っていませんでしたので、試行錯誤しながら結論にたどり着くのが難しかったですね。でも、1回止まってぐっと押し込むあの動作は、遊びの肝の部分になったと思います。

――クラスターはこれまでアニメやゲームなど、グローバルで展開しているものも含めて、様々なIP(知的財産)とコラボレーションしてきた実績がある。それでも、『メタバース 黒ひげ危機一発』には、新しいチャレンジがあったと亀谷氏は説明する。

亀谷 グローバルで展開する大手のIP様ともコラボレーションしてきましたので、CGのクオリティーには一定の自信がありました。ただ、これまでは2Dのアニメを3Dにするといった世界観の拡張が中心でした。『メタバース 黒ひげ危機一発』はアニメがあるわけではないので、架空のIPをつくる必要がありました。この点がチャレンジしたことです。

 その際に、『黒ひげ危機一発』のIPを細やかに理解することを心がけました。例えば今回、ユーザーの入り口を海賊たちのいる酒場と船着き場にしたのですが、酒場の雰囲気をどのような案配につくればお子さんも心配なく遊んでいただけるかなど、丁寧につくり込んでいきました。

 一方で、メタバースオリジナルの「脱出! 黒ひげ危機一発」では、タカラトミーさんから世界観をしっかりご提案いただきました。

山﨑 当社は東京都葛飾区の立石にオフィスがあります。「脱出!」の舞台には、立石をオマージュした街並みをご提案しました。立石は古き良き下町です。普段私たちが目にしている商店街の雰囲気と、最先端のCGのビジュアルが融合したものができたんです。こういった体験も、メタバースならではの楽しみだと思います。

「脱出! 黒ひげ危機一発」の背景は、タカラトミーがある東京都葛飾区の立石がオマージュとなっている
「脱出! 黒ひげ危機一発」の背景は、タカラトミーがある東京都葛飾区の立石がオマージュとなっている

「東京ゲームショウ2022」での発表で大きな反響

――『メタバース 黒ひげ危機一発』が発表されたのは、9月15日の「東京ゲームショウ2022」初日のビジネスデイだった。派手なデザインで目立っていたクラスターのブースに山﨑氏が登壇。メタバースと玩具の融合は多くのメディアに取り上げられた。

山﨑 「東京ゲームショウ2022」では、クラスターさんのブースで発表したことで、対ビジネス的な文脈での反響や、マスメディアでの報道量が想定以上でした。おそらくゲームショウのコンテンツの中で、一番取り上げられたのではないでしょうか。単独で発表するよりも、クラスターさんと一緒に発表できたのはすごくよかったと思っています。

 メディアの側もメタバースとは何ぞやみたいなところがあって、何をするのかいまいち分かりづらかった。そこに誰もが知っている『黒ひげ危機一発』をメタバースにすることで、仮想空間でいつでも誰とでも遊べる玩具というシンプルなメッセージが伝わりやすくなったと思います。メディアの方からは「切り口がよかった」といった声をいただきました。

亀谷 ブースで発表していただいたことは、私たちにとってもありがたかったですね。代表の加藤(クラスターの加藤直人代表取締役CEO)も言っていますが、メタバースとゲームの親和性は高いものの、「cluster」はゲームアプリではありません。コミュニケーションやコミュニティーづくりを楽しみ、みんなでルールやワールドなどをつくることが、メタバースならではの体験です。

 『メタバース 黒ひげ危機一発』によって、この要素を分かりやすく、手触り感がある形で体験できる事例をつくり出せたことは、当社にとっても大きいですね。

――大きな注目を浴びた『メタバース 黒ひげ危機一発』だが、ゲームショウで発表することを決めたのは、実は直前だったと明かす。

「東京ゲームショウ2022」での発表時。右は山﨑氏。左はクラスター加藤代表取締役CEO
「東京ゲームショウ2022」での発表時。右は山﨑氏。左はクラスター加藤代表取締役CEO

山﨑 そもそもゲームショウで発表する予定ではなかったんです(笑)。ゲームショウの1週間後に当社単独で記者発表を予定しておりましたが、ゲームショウでの共同発表のご提案をいただいて、決まったのは3週間前。間に合わせるために1週間ローンチのスケジュールを巻きました。

 ゲームショウで発表したことにより、ユーザーからの反響も大きかったですね。非常に多くの方に遊んでいただいています。思った以上に、30代~40代の方が遊んでいるというデータも出ています。

亀谷 「cluster」は若い人しか利用していないと思われがちですが、プラットフォーム全体を見ると20代から40代まで均等に遊びに来ていただいています。ミドル層向けのイベントや、プロ野球の横浜DeNAベイスターズの試合が観戦できる「バーチャルハマスタ」が開催されることもあって、特定の年齢層には偏っていないですね。

「遊びの可視化」でリアルのおもちゃにも深み

――リアルと同じ遊びができる「黒ひげ危機一発」と、制限時間内に海賊船に隠された剣を探し出す「指令! 黒ひげ危機一発」は、無料で遊ぶことができる。

 一方で、超巨大な樽に外から剣を刺し、樽の内側に足場を作って頂上までたどり着くことで黒ひげ人形を脱出させる「脱出! 黒ひげ危機一発」は、有料のコンテンツだ。ほかにも、オリジナルのアバターや剣なども有料で販売している。

山﨑 有料の部分はまだ反応が緩やかですが、どのような人たちが、どのような気持ちの動き方をして買っていただけるのかを研究しているところです。このシステムで収益を上げたいというよりも、まず知見をためることが先だと考えています。無料と有料のどちらのコンテンツも、ユーザーの動きを見ながら調整していきたいですね。

――さらに多くの人に『メタバース 黒ひげ危機一発』を知ってもらえる機会もある。「cluster」のプラットフォームでは、「バーチャル渋谷 au 5G ハロウィーンフェス2022」を10月26日から31日まで開催。昨年のべ55万人が参加したイベントで、様々なコンテンツが期間限定で展開されるなか、『メタバース 黒ひげ危機一発』への特別な入り口も開設された。

「バーチャル渋谷 au 5G ハロウィーンフェス2022」の期間中(10月25~31日)は、『メタバース 黒ひげ危機一発』の外観もハロウィーン仕様に。(C)KDDI・au 5G/渋谷5Gエンターテイメントプロジェクト (C)TOMY
「バーチャル渋谷 au 5G ハロウィーンフェス2022」の期間中(10月25~31日)は、『メタバース 黒ひげ危機一発』の外観もハロウィーン仕様に。(C)KDDI・au 5G/渋谷5Gエンターテイメントプロジェクト (C)TOMY

 亀谷氏は『メタバース 黒ひげ危機一発』を開発した経験を、「cluster」が目指しているクリエイターファーストに生かしていきたいと話す。

亀谷 『メタバース 黒ひげ危機一発』では、遊ぶ体験については消化できていると思います。ただ、メタバースでできることが現時点で全部詰まっているわけではありません。「cluster」は好きなものを作って、そこに誰かが遊びに来て、コミュニティーができて会話をして、経済が回っていくサービスです。

 一方で、タカラトミーさんはおもちゃの手触り感を、ミリ単位で作っていらっしゃいます。その経験と歴史にひもづいた技術を学んで、メタバース空間で集まって遊べるだけでなく、みんなで何かを組み立てる体験を提供できればと考えています。

 併せて、おもちゃをフィジカルで遊ぶことが難しい環境にいる方にも、メタバースやデジタルのギアを介すことで、リアルとデジタルの世界がつながって遊べるような場を提供していきたいですね。

――タカラトミーは、今後もメタバース空間での玩具体験をつくっていく方針だ。山﨑氏は次のように考えている。

山﨑 黒ひげ人形の気分になって飛べるといった、メタバースならではの体験が実現できたことには手応えを感じました。大まかな構想も持っていますので、『メタバース 黒ひげ危機一発』の反響を鑑みて、今後もメタバースで作っていきたいと考えています。

 当社には『トミカ』『リカちゃん』『プラレール』『ベイブレード』など、多くのコンテンツがあります。自分の『トミカ』に乗ってドライブをしたりとか、『リカちゃん』とお家で遊んだりといった、おもちゃではできない体験を実現することができたら楽しいですね。

 メタバースによって遊びの可視化がどんどん実現できるようになれば、立体物であるおもちゃも、深みがより増してくると考えています。今回の開発で分かったこともあれば、まだ分からないこともあります。おもちゃとデジタルが密接になりすぎると、複雑なものになってしまいます。それはあるべき姿ではありません。バランスを見ながら、着実に正しい方向に進めていきたいですね。

(後編終わり)

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