玩具メーカーのタカラトミー(東京・葛飾)と、日本最大級のメタバースプラットフォーム「cluster」を運営するクラスター(東京・品川)が開発した『メタバース 黒ひげ危機一発』。先に行われた「TOKYO GAME SHOW 2022」での発表時にメディアが大挙するなど、圧倒的な注目を集め話題となった。

 誰もが知るロングセラー商品が、新たな遊び方をメタバース空間に提供することで、「身近な人と近くで集まって楽しむおもちゃ」から「いつでもどこでも誰とでも楽しめるアソビ」へ拡張。

 本作は、タカラトミーとクラスター、両社にとって大きなチャレンジかつ、今後のメタバースの可能性を示唆するポイントが数多くある。タカラトミーMoonshot事業部の山﨑正彦部長と、クラスターのエンタープライズ事業部・亀谷拓史リーダー兼チーフプランナーマネージャーに、開発までの道のりや狙いを前後編で伝える。

 まず、前編では『黒ひげ危機一発』の新たな遊び方を、ゲームではなくメタバースで企画した理由について聞いた。

(写真/中村嘉昭)
(写真/中村嘉昭)
山﨑正彦氏(やまざき・まさひこ)
1979年生まれ、東京都出身。「トランスフォーマー」のマーケティング担当後、欧米市場向け事業、「ベイブレード」やRCなどのマーケティング/開発部長を経て、新規事業部門Moonshot事業部にて現職。Tech活用や社会と遊びの新たな接点づくりを軸に「アソビで未来にこたえる」の具現化に取り組む。
亀谷拓史氏(かめがい・たくし)
1993年生まれ、岐阜県出身。2020年10月にクラスターに入社し、ビジネスプランニング本部でプランナーを勤める。2022年より同部署マネージャーとしてクライアントの担当他、メンバーのマネジメントを行う

おもちゃの会社がなぜメタバースに着目したのか

 『メタバース 黒ひげ危機一発』は、PCやスマートフォン、VR(仮想現実)デバイスを使って、メタバースのプラットフォームの「cluster」に入ることで遊べる。2022年9月15日、「cluster」内にバーチャル空間のワールドがオープンした。

 遊び方は3種類ある。1つ目はベーシックなルールの「黒ひげ危機一発」で、樽の穴に剣を刺していき、黒ひげ人形が飛び出したら負けだ。ユーザーは、アバターで黒ひげ人形の上に乗り、一緒に空へ飛び出すというまさかの体験ができる。

ベーシックな「黒ひげ危機一発」。1人から最大12人で楽しめる © TOMY
ベーシックな「黒ひげ危機一発」。1人から最大12人で楽しめる © TOMY
「脱出! 黒ひげ危機一発」では、巨大な樽の中に入れるという、メタバースならではの楽しみ方ができる © TOMY
「脱出! 黒ひげ危機一発」では、巨大な樽の中に入れるという、メタバースならではの楽しみ方ができる © TOMY

 2つ目の「指令! 黒ひげ危機一発」は、指令された剣をプレーヤー同士が協力して制限時間内に探し出し、樽に剣を刺す遊び。3つ目の「脱出! 黒ひげ危機一発」は、メタバース空間に超巨大な樽が出現し、樽の外から剣を刺して内側に足場をつくり、頂上までたどり着くことで黒ひげ人形を脱出させる遊びになっている。

 「指令!」と「脱出!」は、メタバースのために新たに開発された遊び方だ。どの遊びも最大12人のマルチプレーが可能で、離れていてもみんなでメタバース空間に集まり、チャットや音声でコミュニケーションしながら、ハラハラドキドキする感覚を共有して遊ぶことができる。

 『黒ひげ危機一発』はタカラトミーが誇るベストセラー玩具の1つ。発売から47年が経過し、これまでに世界47の国と地域で約1700万個を販売した。フィジカルな製品である玩具をつくるメーカーが、メタバースに着目した大きな狙いを、山﨑氏は次のように説明する。

山﨑正彦氏(以下、山﨑) メタバースに取り組んだ理由は2つあります。1つはテクノロジーと遊びの融合を研究して、商品や企画に実装することです。これは20年に新設したMoonshot事業部としてのミッションでもあります。

 もう1つは、時間や場所、空間を超え、無制限に遊べることによって、タカラトミーの提供できる遊びの価値が広がると思ったからです。おもちゃはどうしても物理的に近くにいる人としか遊べません。学校を卒業する、もしくは引っ越すといったことで友だちや家族と離れても、同じ遊びが体験できるのは素敵なことだと思いました。

――開発の背景にはタカラトミーが抱える課題もあった。メタバースプラットフォームの「cluster」が、課題の解決につながるのではないかと期待している。

山﨑 玩具メーカーの大きな課題が少子化であることは、みなさんがご存じの通りです。タカラトミーとしても「おもちゃからアソビに」と方針を掲げて、子どもに加えて大人のファンも獲得しようとしています。

 「おもちゃで遊ぶ」という体験は、基本的には20代から30代で一度離れてしまいます。一時的に離れて、家族ができたり、趣味に使えるお金に余裕ができたりするなど、また戻っていただけるパターンも多いですが、このおもちゃから離れてしまう世代が、メタバースもそうだと思いますが、「cluster」を利用するメインの世代だと考えています。

亀谷拓史氏(以下、亀谷) 「cluster」だけで言えば、デジタルネーティブであるZ世代(1990年半ばから2010年代前半生まれ)から、40代までのユーザーが多いですね。

山﨑 その世代にもう一度タカラトミーに触れて、遊んでもらおうと考えたときに、クラスターさんのプラットフォームは有用だと思いました。プロモーションもZ世代の人を起用して、リモートで会話しながら『メタバース 黒ひげ危機一発』で遊ぶことなどを提案しています。

タカラトミーのプロモーションでは、リモートで、スマホからVRセットまで、様々なツールから遊べることを示している © TOMY
タカラトミーのプロモーションでは、リモートで、スマホからVRセットまで、様々なツールから遊べることを示している © TOMY

複数の候補から選ばれた『黒ひげ危機一発』

――山﨑氏が率いるMoonshot事業部は新しい事業を生み出す部署だ。音声を吹き込むことで、最新のAI(人工知能)が自分そっくりの声を合成して、自動で読み聞かせをする『コエモ』や、電動で回り続けるヨーヨーを専用のアプリで撮影することで、AR(拡張現実)エフェクトをつけた動画が再生できる『ムゲンヨーヨー』などを開発してきた。

 『メタバース 黒ひげ危機一発』もMoonshot事業部のプロジェクトによって誕生した。他の製品との大きな違いは、立体物が存在しない点にある。ただ、仮想空間の中でおもちゃで遊ぶコンセプトは、タカラトミーもクラスターも初めは持っていなかった。

山﨑 2年ほど前にMoonshot事業部ができて、いろいろなテック系の企業さんとごあいさつしていたなかの1社がクラスターさんでした。クラスターさんは「バーチャル渋谷」などを手掛けて、メタバースでもリアルとの融合にこだわっている企業だなと思って見ていました。

 仮想空間と言いながらも現実とのつながりを大切にされていたので、フィジカルなものである玩具と、遊ぶことの価値を共有できるのではないかと考えました。いろいろ検討をしたうえで、開発に入ったのは約1年前ですね。

亀谷 ごあいさつした当時、私は入社したばかりのいちプランナーでした。新しいことをメタバースで仕掛けていかなければいけないと考えて動いていて、たまたま別の会社からご紹介いただいたことでタカラトミーさんに伺いました。

 最初にMoonshot事業部でおもちゃの新しい遊び方をつくっていくと聞いたときには、おもちゃとメタバースはつながりづらそうだなと思いました。でも、コンセプトが決まってからはスムーズに進みましたね。

――タカラトミーには『黒ひげ危機一発』以外にも、多くのロングセラーの玩具がある。クラスターに正式に依頼した時点では、どの玩具をメタバース上で遊べるようにするのかは決まっていなかったという。

山﨑 当社には『トミカ』『プラレール』『リカちゃん』『ベイブレード』など、多くの人気おもちゃがあります。いくつか候補を挙げて検討を重ねたうえで、第1弾として『黒ひげ危機一発』を選びました。

 選んだ大きな理由は、同時に遊べる人数が多いことです。当社のおもちゃは基本的には1人もしくは2人で遊ぶものが多く、『人生ゲーム』でも2人から最大で6人。最も多い人数で遊べるおもちゃが『黒ひげ危機一発』でした。多くの人と同時に遊べる、という点は(場所を選ばない)メタバースに合っていると思いました。

 また、当社のファン層にとってメタバースはまだ遠い存在でしたので、複雑にならないようにする必要がありました。なるべくシンプルな遊び方で、誰でも知っているおもちゃという点でも、『黒ひげ危機一発』であれば入りやすいだろうと考えました。

「ゲームになってはいけない」ことへのこだわり

――開発を進めるなかで、タカラトミーとクラスターがともにこだわった点がある。その1つが、「ゲームにならないこと」だった。

山﨑 メタバースだとしても、遊びのなかにある玩具のDNAを大切に、かつ新しく提案することに意味があるので、ゲームになってはいけないと考えて、仮想空間のおもちゃをコンセプトに、おもちゃらしさを詰め込んでいきました。例えば樽や黒ひげ人形などは、当社がおもちゃをつくるときの3Dモデリングをそのまま利用していて、有形か無形か、現実かバーチャルかのものさしがなく、概念としては同一のもの、と定義されるかもしれません。このようなデジ樽ツイン的開発プロセスも、メタバースらしさが出ています。

亀谷 山﨑さんチームと話をしながら、ゲームにならないようにすることを社内のデザイナーや開発チームにも伝えました。ゲームアプリではなく、メタバースだと定義するまでがけっこう難しかったですね。「ゲームアプリでやればいい」と言われないために大事にしたのは、ユーザーがルールや遊びをつくることができる「余白」を残すことでした。

 敵を倒すことや、何かしらのダンジョンをクリアするなど、何かが終わるまでやり続けなければいけないのがゲームです。でも、メタバースはゲームではないので、「おもちゃとは何か」を定義していく必要がありました。そこで出てきたゲームとの違いが、「余白」があることです。

 黒ひげ人形が飛ぶのが「負け」なのか「勝ち」なのかを自由に決めてもいいですし、剣を刺さずに樽の中で仲間と話しているだけでもいい。オリジナルのルールで遊ぶといった「余白」が、『メタバース 黒ひげ危機一発』ではできているのでは、と思っています。

――両社がもう一つこだわったのが、メタバースでしか表現できない世界観をつくり上げることだった。そこから生まれたのが、「指令!」と「脱出!」の2つのメタバースオリジナルの遊びだ。

亀谷 リアルのおもちゃをメタバースで遊ぶだけなら、リアルだけでいいという話になりますよね。「遠隔でも遊べる」という利点を生かしながら、メタバースならではのプラスアルファを考えました。

 「指令!」は、時間内に剣を探して樽に刺す遊びですが、「剣を探す」というのは、リアルの『黒ひげ危機一発』にはないルールです。また、「脱出!」では視点を変えて、「樽の中はどうなっているのだろう」という切り口から生まれました。

 メタバースだからこその体験ができると同時に、自分たちで何かをつくることができる要素があって、体験として残るかどうかを重視しています。その点が初期段階で設計できたのはよかったと思っています。

山﨑 現実とバーチャルの境目というか、両者の交差点にある感じがつくっていて面白かったですね。具体的には、無形の世界だけれども有形にこだわったところです。

 例えば、剣であれば、剣はもっと凝った造形にすればいいと思いますが、あえておもちゃと同じデザインにしました。その一方で、メタバース空間にオリジナルの船着き場や、遊びの舞台である海賊船をつくっています。

 おもちゃらしさを維持しつつ、周りの世界をメタバースならではのものにする。この線引きが、メタバースにおけるおもちゃ作りの1つのパターンになりました。メタバースの力を借りて、遊びを可視化することができたと思っています。

――山﨑氏が言及した「遊びの可視化」は、タカラトミーのメタバース戦略にとって重要なキーワードになっている。後編では『メタバース 黒ひげ危機一発』開発の裏側と、今後の展開などについて聞く。

(前編終わり)

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