新型コロナウイルス禍ではハロウィーンで渋谷を訪れる人が減少した一方で、「バーチャル渋谷」のハロウィーンフェスに世界中から多くの人が訪れたというニュースに触れた人も多いのではないだろうか。

 「バーチャル渋谷」は渋谷5Gエンターテイメントプロジェクトが2020年5月に東京都渋谷区公認でオープン。当初の予定を2年前に前倒してのオープンは、『攻殻機動隊』が渋谷をジャックするイベントを新型コロナウイルス禍で急きょバーチャルに切り替えたのがきっかけだった ▼前編参照:わずか2カ月半でローンチ メタバース「バーチャル渋谷」誕生秘話

 その後、アーティストやアニメなど、数々のイベントを展開する場所として「バーチャル渋谷」は定着。そのなかでも最も多くの参加者を集めたのが、21年には世界中から延べ55万人が参加した「バーチャル渋谷 au 5G ハロウィーンフェス」だ。

「バーチャル渋谷 au 5G ハロウィーンフェス 2020」 (C)KDDI・au 5G / 渋谷5Gエンターテイメントプロジェクト
「バーチャル渋谷 au 5G ハロウィーンフェス 2020」 (C)KDDI・au 5G / 渋谷5Gエンターテイメントプロジェクト

 ハロウィーンフェスが「バーチャル渋谷」の成長に寄与した部分は大きい。成長の舞台裏を、前回に引き続きKDDI事業創造本部副本部長の中馬和彦氏と、メタバースプラットフォーム「cluster」を運営するクラスター(東京・品川)取締役COO(最高執行責任者)の成田暁彦氏に聞いていく。

KDDI事業創造本部副本部長の中馬和彦氏(右)と、「cluster」を運営するクラスター取締役COOの成田暁彦氏(左) 写真/中村嘉昭
KDDI事業創造本部副本部長の中馬和彦氏(右)と、「cluster」を運営するクラスター取締役COOの成田暁彦氏(左) 写真/中村嘉昭
中馬和彦(ちゅうまん・かずひこ)
KDDI事業創造本部副本部長
1973年生まれ、鹿児島県出身。KDDI 事業創造本部 副本部長として、スタートアップ投資をはじめとしたオープンイノベーション活動、地方自治体や大企業とのアライアンス戦略、および全社横断の新規事業を統括。経済産業省 J-Startup推薦委員、経団連スタートアップエコシステム改革TF委員、東京大学大学院工学系研究科非常勤講師、バーチャルシティコンソーシアム代表幹事、一般社団法人Metaverse Japan理事、クラスター社外取締役、Okage社外取締役
成田暁彦(なりた・あきひこ)
クラスター取締役COO
1983年生まれ、神奈川県出身。サイバーエージェントでネット広告営業を経験後、子会社による新規事業立ち上げを担当。その後、CyberZで広告部門の営業統括及び、企画マーケ部門、海外支社の責任者を兼務。2019年10月よりクラスターに参画し、ビジネス、制作、アライアンス全般を管掌。20年9月より取締役就任

ハロウィーンをコロナ禍でバーチャルに

 渋谷でハロウィーンといえば、コスプレをした若い世代の人たちで深夜まで大混雑し、過激な行動も目立つなど社会現象になっていた。それがコロナ禍になり、渋谷区が感染防止の目的も含めて呼びかけたのが、自宅で楽しめる「バーチャル渋谷 au 5G ハロウィーンフェス」への参加だ。

 バーチャル空間のハロウィーンには、20年には延べ40万人、21年には55万人もの人が訪れた。ただ、映し出すアバターを制限しているため、見た目ではそこまで混雑はしていない。訪れた人はゲームやアニメとコラボレーションしたイベントや、参加者同士の交流などを思い思いに楽しんだほか、オフィシャルショップでハロウィーンのオリジナルグッズを買い求める人もいた。

 「バーチャル渋谷」が受け入れられている背景には、スマホアプリでも参加できるという手軽さがある。さらに、中馬氏は「普段使いができる」メタバースを目指して機能を強化していることを明かした。

 「渋谷の良さは何かというと、何もない週末に若い人たちが『とりあえずふらっと渋谷に行こうか』と言って集まることです。新宿でも池袋でもなく、渋谷に若い人が集まる理由は、渋谷の街にヒントが凝縮されています。そのエッセンスをデジタルで再現し、拡張することにこだわっています

 ハロウィーンやライブなどのイベントで盛り上がるのは当たり前のことです。どうすれば普段使いのメタバースになれるのかを常に意識して、いろいろな機能の追加をクラスターさんと相談しながら進めています」(中馬氏)

期間中には、音楽ユニット・Creepy Nutsがスクランブル交差点上の巨大ステージに登場。ロックバンド・MY FIRST STORYもバーチャルLIVEを開催。(上)TikTokフォロワー320万人突破の4人組ダンスヴォーカルユニット「新しい学校のリーダーズ」のライブの様子。(下)映像作家・宇川直宏のライブ配信スタジオ「SUPER DOMMUNE tuned by au 5G」 (C)KDDI・au 5G / 渋谷5Gエンターテイメントプロジェクト
期間中には、音楽ユニット・Creepy Nutsがスクランブル交差点上の巨大ステージに登場。ロックバンド・MY FIRST STORYもバーチャルLIVEを開催。(上)TikTokフォロワー320万人突破の4人組ダンスヴォーカルユニット「新しい学校のリーダーズ」のライブの様子。(下)映像作家・宇川直宏のライブ配信スタジオ「SUPER DOMMUNE tuned by au 5G」 (C)KDDI・au 5G / 渋谷5Gエンターテイメントプロジェクト

 コミュニケーション1つを取っても、バーチャルならではの特性がある。スマホのアプリで参加している場合、両手を使ってアバターを操作しているので、チャットでの会話はしづらくなる。そこで主流になるのはボイスチャットだ。

 ボイスチャットはユーザーの音声が周囲の会話と重なるなど整備が難しいため、「バーチャル渋谷」では最初は機能を有効にしていなかった。しかし、自然なコミュニケーションを取るにはボイスチャットの方が優れているとの声が高まり、準備ができた段階で機能を有効にした。その結果、誰にでも普通に話しかけることができる世界が実現した。

 すると今度は、リアルの社会と同じように友達を呼ぶ機能が求められるようになり、フレンド機能を新たに開発しリリースすると、アバター同士のコミュニティーが生まれ始めた。これまでのインターネットの空間とはまた違った、リアルの社会と同じように過ごせる機能を増やしてきたのが、現在の「バーチャル渋谷」だ。

アクセス集中トラブルも一晩で回避

 機能を追加しながら快適に過ごせる環境を作ってきた「バーチャル渋谷」だが、一度だけトラブルに見舞われたことがある。爆発的に訪れる人が増えた20年のハロウィーンフェス初日のことだ。

 この日はオープニングセレモニーと、きゃりーぱみゅぱみゅのミニライブが予定されていた。ところが、アクセスが集中したことで、システムがダウンしてしまったのだ。中馬氏が当時を振り返る。

 「システムがダウンしたことは、NHKのニュースでも放送されました。リアルの密を回避するためにバーチャルを作ったのに、バーチャルが密になってダウンしたという伝え方をされて、これはまずいと思い、一晩でシステムを作り替えました。関係者は誰もが忘れることのできない24時間でした」(中馬氏)

 成田氏もこの経験は「cluster」のクオリティーの向上につながったと話す。

 「それまでも数万人規模のユーザーに楽しんでいただくことはありましたが、さすがに40万人もの参加者があるイベントは初めてでしたので、不安はありました。でも、KDDIさんをはじめとするチームのみなさんと一緒に取り組むことで、これほど大きなイベントができるのだと手応えを感じました。当社のクオリティーがバーチャル渋谷とともに引き上がったことは間違いありません」

ユーザーが会場を案内するアバターを作る

21年3月31日~5月23日に行われた「YOU MAKE SHIBUYA VIRTUAL MUSIC LIVE」。渋谷スクランブル交差点の地下に架空のライブスペースがあるという設定 (C)KDDI・au 5G / 渋谷5Gエンターテイメントプロジェクト
21年3月31日~5月23日に行われた「YOU MAKE SHIBUYA VIRTUAL MUSIC LIVE」。渋谷スクランブル交差点の地下に架空のライブスペースがあるという設定 (C)KDDI・au 5G / 渋谷5Gエンターテイメントプロジェクト

 ところで、多くのユーザーが集まるイベントでは、中馬氏も成田氏も全く予想をしていなかった出来事も起きる。21年3月、バーチャルライブハウス「SHIBUYA UNDER SCRAMBLE powered by au 5G」がオープンしたときのことだ。

 このライブハウスは、バーチャル空間の渋谷駅前のスクランブル交差点の地下に作られていた。地上の光っている入り口から会場にワープする設定になっていたが、「どこから入ればいいのか分からない」と多くの人がチャットに書き込んでいた。

 すると、いつの間にか入り口のところにテントができていて、案内する女性の姿がある。「会場入り口」と書かれた看板も置かれていて、一目で入り口と分かるようになっていた。

一般のユーザーが有志でライブ会場の入り口に案内のテント(上)と看板(下)を設置。どちらもアバターで作られたものだという (C)KDDI・au 5G / 渋谷5Gエンターテイメントプロジェクト
一般のユーザーが有志でライブ会場の入り口に案内のテント(上)と看板(下)を設置。どちらもアバターで作られたものだという (C)KDDI・au 5G / 渋谷5Gエンターテイメントプロジェクト

 このテントと女性、それに看板は1つのアバターだ。しかも、クラスターが作ったものではなく、一般のユーザーが作ったものだった。別の場所ではスマホでのアバターの動かし方などを分かりやすく示した図も、ユーザーの誰かによって作られていた。ユーザーの力で使いやすくなるのもバーチャル空間の特徴だと中馬氏は感じている。

 「バーチャルの空間は直感的なので、テキストやチャットだと伝わりにくい面があります。ビジュアルで伝える方が分かりやすいと考えたユーザーが、先に作ってくれました。僕らがオフィシャルで考えていることをユーザーさんが超えていくのが、バーチャル独特の世界だと思っています。そこに進化のためのヒントが隠れていると感じました」(中馬氏)

 クラスターにとっては、BtoBのビジネスとともに、一般ユーザー向けの事業も柱の1つになる。なかでもユーザーが自らコンテンツを作って投稿することは、バーチャル渋谷が成長していくための重要なポイントになると成田氏は考えている。

 「一般ユーザー向けのコンシューマー事業では、ユーザーがコンテンツを作って投稿したり、自分でアバターを作ったりするといった、ユーザーのクリエーティビティーのサイクルを回すことがベースになります。

 ユーザーがクリエーティビティーを加速させるために必要な機能やツールを、クラスターとしてはどんどん増やしていきたい。そのなかで経済圏を作ってクリエーターがお小遣いを稼げたり、人を集めてイベントを開催したりするなど、各ユーザーが活躍できることが、当社の実現したい未来です。ユーザー参加型のコンテンツを一緒に作るなど、渋谷ならではの企画を盛り上げる下支えができればと考えています」(成田氏)

バーチャルの世界にリアルが入っていく

 中馬氏はもう1点、大いに盛り上がったと感じたイベントがある。それはコミック原作でアニメも長年放送されている『名探偵コナン』とのコラボイベントだ。コナン君などの登場人物が、アニメと同じ声優で展開するトークショーが好評で、複数回開催されている。この盛り上がりを中馬氏は次のように分析する。

コミックス「名探偵コナン」100巻発売記念 江戸川コナン×安室透 スペシャルトーク in バーチャル渋谷 (C)青山剛昌/小学館・読売テレビ・TMS 1996 (C)KDDI・au 5G / 渋谷5Gエンターテイメントプロジェクト
コミックス「名探偵コナン」100巻発売記念 江戸川コナン×安室透 スペシャルトーク in バーチャル渋谷 (C)青山剛昌/小学館・読売テレビ・TMS 1996 (C)KDDI・au 5G / 渋谷5Gエンターテイメントプロジェクト

 「コナン君はリアルの渋谷にもたまに来ます。ただし、それは着ぐるみです。着ぐるみだと人が入っているので、コナン君ではないですよね。むしろコナン君はバーチャルの住人なので、メタバースのほうがホームであり、声優さんも同じなのでコナン君は“本物”になる。彼らの世界に僕らがアバターになって入っているので、没入感が深くなるのだと思います。

 リアルのものをバーチャルに持ち込んでも、実は意味がありません。バーチャルにあるものに僕らが入っていくか、バーチャルオリジナルのものを探すかのどちらかだと思っています。ゲームのコンテンツも向こうの世界に僕らが入っていくものです。

 メタバースをリアルの補完と考えるのではなく、リアルとは違う新しい価値観を作る。もしくはメタバースをリアルにフィードバックするつもりで取り組んでいます」(中馬氏)

 メタバースのブームが広がり、アニメやゲームなどの世界に触れてこなかった人にも認知されるようになると、リアルの社会での慣習でメタバースの世界を捉える人も出てくる。しかし、そうした価値観に縛られないこともメタバースの可能性だと中馬氏は力を込める。

 「価値観の数だけ渋谷を作れるのがバーチャルです。ここはジェンダーフリーの渋谷、ここは何かのフェチの人が集まる渋谷など、何個でも何万個でも作ることができます。

 価値観のような多様なものをいくらでも作れることは、バーチャルの究極の可能性ではないでしょうか。ゆくゆくは個人が持っている価値観の多様性を解放する場にしていきたい。それがバーチャル渋谷の目指すところです」

 誰も作ったことがなかったメタバースの世界を、「バーチャル渋谷」は着々と構築している。その進化がとどまることはないだろう。

構成/平島綾子(日経エンタテインメント!編集部)

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