クラスターが運営するメタバースのプラットフォーム、「cluster」を活用して入社式を開催しているのがPwC Japanグループ https://www.pwc.com/jp だ。今年4月4日、500人もの新入社員を独自に制作したメタバース空間で歓迎した。新入社員はアバターになって趣向を凝らした会場を移動し、花いっぱいの式典会場で代表やリーダーの話を聞く。「拍手をする」「ジャンプをする」などのリアクションを通して、バーチャル空間でも一体感のある入社式を実現していた。 PwC Japanグループはこれまでも社内外の様々なシーンで「cluster」を活用している。グローバルで約5兆円、日本法人では約2000億円の売上を誇るプロフェッショナルファームが、なぜメタバースに取り組むのか。入社式に潜入し、前回に引き続きクラスターのプランナーと、PwCの人事担当者にも話を聞いた。
「花」をテーマにした入社式
「cluster」上に作られたPwC Japanグループの入社式会場に入ると、入口の部屋で自分のアバターが花の種の帽子を被っていることに気づく。会場の地図を見て廊下へと進むと、そこは水が流れる洞窟。流れに任せていくと、アート作品で彩られた広場に着き、ここで帽子はつぼみに変わった。会社説明の映像を確認して、今度は大きな豆の木を登る。登った先はたくさんの花で彩られた式典会場。会場に入ると帽子にはいつのまにか花が咲いていて、自分の好きな花に変えることもできた。
会場のステージにはPwC Japanグループの木村代表やリーダーが現れて、入社を祝うメッセージが語られる。新入社員がアンケートで選択した質問にリーダーが答えたほか、アバターによる拍手や感情のリアクション、コメントなどを通して双方向の交流を体験。式の最後には花火も打ち上げられた。
この入社式の制作を取り仕切ったのが、クラスターのプランナー佐野優人氏。メタバース空間の配信は東京・大手町のPwC Japanグループのオフィスで行われていた。クラスターでは佐野氏のほか2人のディレクターが配信作業にあたり、PwC Japanグループの社員、映像と音響のスタッフとともに入社式を作り上げた。
クラスター株式会社ビジネスプランニング部プランナー
――今回の入社式では個別のメタバース空間であるワールドを、入口の部屋、洞窟、式典会場と3つ制作。新入社員がアバターの目線で、リアルに近い感覚で3つのワールドを移動できるようにした。佐野氏は「花」をテーマに空間を構築したと説明する。
佐野 アバターの帽子の花には、PwCさんの思いが込められています。1つは新入社員のみなさまがリアルな花と同じように花開いていくように。もう1つは花の色や種類は様々なので、1人ひとり違った個性を出していこうというメッセージです。
制作にあたっては、入口から式典会場までのストーリーを重視しました。アバターの帽子は最初が種で、次の空間がつぼみ、最後の空間で花が咲きます。式の終盤になればなるほど、花が成長する構成です。
さらに参加者は、アバター目線で3つのワールドを移動していくことで、テレビ会議やYouTubeのライブとは違った臨場感やリアクションを楽しめます。これは「cluster」ならではの体験ではないでしょうか。
コロナ禍でも一体感がある入社式
――PwC Japanグループ内で入社式を担当したのは、人事部の沖依子ディレクターと成田和正マネージャー。人事部が最初に「cluster」でグループの入社式を行ったのは、2021年3月の監査法人の入社式だった。その後、4月の大規模な入社式のほか、10月、12月とこれまでに4回バーチャル入社式を実施。沖氏と成田氏は、入社式にメタバースを導入したきっかけは、新型コロナへの対応からだったと明かす。
沖 2020年4月の入社式は大きな会場を押さえていましたが、コロナ禍になり、3密を回避しなくてはなりませんでした。その結果、新入社員にはPCを渡してすぐに解散するような入社式しかできず、苦しい思いをしました。その後、少し落ち着いてから、普通のオンライン入社式よりも一歩進んだことができないかと成田のチームに相談して、出てきた提案がメタバースでした。
成田 時代の先を行くことができないかと思案していたときに、盛り上がっていたのがメタバースです。ちょうど「cluster」によるバーチャル渋谷のハロウィーンイベントを見て、仮想空間で参加者がアバターを通じてさまざまな体験ができるのは面白そうだなと思いました。
PwC Japan合同会社 人事部 Learning & Development Leader ディレクター
PwC Japan合同会社 人事部 Learning & Development マネージャー
――これまでのメタバース入社式では、バーチャル空間はあくまでリアルの会場や、PwC Japanグループの社内をイメージしたものだった。一度に約500人の新入社員を迎えた今回の入社式では、空間を新たに制作。「花」をテーマにしたデザインと演出は、クリエーティブカンパニーのNAKEDに依頼し、洞窟に飾られたアート作品は、知的障害のある作家とライセンス契約を結ぶヘラルボニーからの提供を受けた。他社とコラボレーションした狙いは、PwCの戦略を表現するためだったと沖ディレクターは説明する。
沖 インクルージョン&ダイバーシティやエクイティといった、PwCの戦略に直結しているような演出ができないだろうかと考えました。花をテーマにした演出やアート作品は、そうしたメッセージを伝えるのにぴったりでした。
――入社式が行われたのは4月4日月曜日の午後。前週金曜日の午前10時までに新入社員にPCとスマートフォンを送り届け、アクセスできるかどうかを確認して、バーチャル入社式は問題なく執り行われた。新入社員には現在、式の感想をアンケート調査中だ。成田氏は今回の式の成功に手応えを感じている。
成田 これまで開催したバーチャル入社式も好評で、参加者の満足度は回を重ねるごとに上がっていました。今回はこれまで以上に仮想空間でしかできない演出を実現できたと思っていますので、フィードバックが楽しみですね。
「cluster」上のワールドを社内外で活用
――PwC Japanグループでは、入社式以外でもメタバースを活用している。「cluster」上に制作したワールドは、今回作った3つを含めると合計で12にのぼる。12のワールドの中には、社外との商談やリクルーティングに活用する会議室もあれば、夜桜を見ながらオンライン飲み会が楽しめる場もある。成田氏は様々なシーンで使いたいという社内の要望に応えている。
成田 2020年にメタバース入社式を始めたことがきっかけになって、人事部以外でも使われる頻度が高くなっています。クラスターさんとの契約では、新たなワールドを作るときは費用がかかりますが、1度作ったワールドは基本的には無料何度も使えるので、いろいろな用途に転用しています。メタバースは、テクノロジーやエンターテインメント、社会を変えるビジネスへの相性がよいデジタルアセットとして今後社外でも活用していきたいと思っています。
――PwC Japanグループでは、コンサルティングチームを中心に、ビジネスでもメタバース活用を進めている。「cluster」がビジネスを展開する場になる日も近そうだ。
ジャーナリスト、ライター
(文/田中圭太郎)