今、最も注目のキーワード「メタバース」。インターネット空間上の仮想空間やサービスで、全世界的経済圏を広げると期待されているが、現時点では多くの人が「実際に何ができるかよく分からない」という状態だ。日本最大級のメタバースプラットフォーム「cluster」の運営会社クラスターの代表取締役CEO(最高経営責任者)加藤直人氏とその事業の“現場”を取材。メタバースの具体と可能性を現在進行形で、誰にでも分かる形で、連載にて紹介していく。
昨今、その言葉を聞かない日がない「メタバース」。
ごく簡単に言うと、「人々がアバター姿で生活する仮想空間」のことだ。“これがメタバースだ”という決定版はまだ存在しないが、2021年7月に米Facebook(現メタ)のマーク・ザッカーバーグCEOが「メタバース企業に進化する」と語り、約5000万人ものデイリーアクティブユーザー数を誇る子ども向けゲームプラットフォーム「Roblox」を運営する米Robloxの上場や、米津玄師をはじめ有名人のバーチャルイベントが行われる『フォートナイト』(エピックゲームス)の盛況もあり、世界中が注目している。
「日経エンタテインメント!」は、創刊25周年を記念してウェブサイトをオープン。同時に、従来のエンタテインメント・ジャンルの枠組みを超えた“ポストジャンル”へも着目する。その筆頭となるのが、あらゆる垣根を越え、可能性を広げると見られる「メタバース」。そして日本発でシーンをけん引している会社であるクラスターの動きだ。
メタバースプラットフォーム「cluster」を運営するクラスターは、主にメタバース空間の制作やイベント制作を行う。有名なのはメタバースの象徴ともいえる「バーチャル渋谷」だろう。その他、テーマパーク「ポケモンバーチャルフェスト」やスポーツイベント「バーチャルハマスタ」、日本中央競馬会(JRA)と『ソードアート・オンライン』(SAO)がコラボしたバーチャル競馬場から、2025年の大阪・関西万博を前にバーチャル上で大阪の魅力を発信する「バーチャル大阪」といった官公庁からの依頼、PwC Japanなど大手企業の入社式まで手掛け、公開イベント数は年間1500以上、1000万人を超える動員数を誇る。
バーチャル渋谷この連載では、単語が先行する「メタバース」について実際に何かできるのか、クラスターによる豊富な事例を紹介。メタバースを目的や規模別に分類し、その分類の意味づけ、向いているサービスや事業、業種などを解説することで、リアルでなくメタバースのメリット、個人や企業がそこでどう絡むのか、今後のネットやメタバースの未来が分かる“最強のビジネスリポート”を目指す。
第1回は、クラスター代表取締役CEOである加藤直人氏に、連載初回公開日の22年4月5日に発売となった著書『メタバース さよならアトムの時代』(集英社)の話から、この連載の目的までを語ってもらう。
メタバースをどうビジネスにするのか
加藤 『メタバース さよならアトムの時代』を書いた動機ですが、ベースにあるのは、「メタバース」について、今、いろいろな人がいろいろなことを語っているわけですよね。「メタバース」という単語自体に確固たる定義があるわけではない。SF小説や映画で使われていた「哲学」でしかなく、コンピュータで描かれた世界の中で生活する、デジタル感があふれていく、ぐらいの、ものすごくふわったとしたものです。これを一度、体系的に整理しつつも、そこにどういった論点があるのか、興味を持つきっかけや、議論に発展するきっかけにしたいというのがありました。
一番読んでいただきたいのは、実は第3章「人類史にとってのメタバース」です。第1章「メタバースとは何か」、第2章「メタバースの市場とそのプレイヤーたち」は、メタバースの現在をまとめていますが、第3章でいきなりディープになっています(笑)。
第3章では、黎明期からコンピュータと人間が共存した社会をどう模索されていたかだったり、計算機が生まれてきた背景だったり、そもそも計算機とは人類にとってどういった存在なのか、といったことを解説しています。ここを掘り起こし、理解していかないことには、メタバースやその未来を見渡せないのではないかと考えています。
未来を見通そうと思ったら、「過去から学んでいかないといけない」。科学・技術の発展は、過去の蓄積によるもの。メタバースも、コンピュータ=計算機の技術発展というのがベースにあります。先に述べたように、メタバースはインターネットによって発達したコンピュータービジョンや情報工学の上に乗っかったふわっとした単語なので、過去を掘り起こしていくのが肝でした。
その上でもう1つ書きたかったのが、みなさんが一番気にしているところだと思われる「どうやったらビジネスになるの?」という点です。哲学的背景は分かった。では僕たちはどういうビジネスをしていかなきゃいけないのか? どういった経済活動をしなければいけないのか。第5章の「加速する新しい経済」で、クラスター社のやってきたビジネスをケーススタディーとして見せ、ビジネスの芽についても触れています。
そして第6章「メタバースの未来と日本」は、メタバースによって人類が、僕たちの生活がどうなっていくのか、最終的には日本という国はどうしていけばいいのか? というところまで踏み込みたいと思って書いた章です。
メタバースのカルチャーやビジネス、マーケットを紹介するだけではもったいない。最後は、日本はこうあるべき、日本人は実はメタバースに強いという可能性について、具体例を持って書いています。
メタバース上では、物理法則から脱却した全く新しい生活様式が構築されます。つまり、既存のルールで成り立つものではなく、物理現象の限界のなかで何か頑張らなければならないというところから全く違うスタイルに変わっていきます。
日本人は、例えば教育においてはテストで100点を取るのが偉いことだとか、ルールをいかに守って敷かれたレールにどれだけうまく乗るかに重きを置く傾向にありました。
一方でメタバースでは、好きなデザインによるアバターの姿になれるし、その居場所=空間=「ワールド」さえ自分で作れます。つまり、社会や国、物理法則といったものから解き放たれ、ルールを守ることや現状分析に労力を割くのではなく、「とんでもないことをやってやろう」という思いが優位に働く時代になるわけです。
こうした「妄想力」は、他国に比べると圧倒的に日本人は強みを持っているといえます。日本は、数々のマンガやアニメ、ゲームで世界を圧倒する国です。突拍子もない妄想からあらゆるコンテンツ、IPを生み出してきました。「日本人は未来に生きている」というインターネットミームがありますが、メタバース全盛時代に、それが大いなる武器となり、力の源泉となり、競争力となりえます。つまりメタバースの興隆は、日本という国にとってものすごく追い風。妄想力を誇りに思い、全力で使っていくことが重要だと考えています。
(後編につづく)