
「売らない店」の活用目的の1つは、やはり「売る」こと。出展料を支払うからには、費用対効果を求めるのは当然だ。オフィス家具メーカーのイトーキは売らない店「b8ta」に高機能ワークチェアを展示。b8taの接客から得たデータを基に販促などを強化し、出展前と比べて月間の平均販売数を1.4倍に増やした。一方、出展時期も相まって期待以上の成果を得られずにb8taの継続利用を断念したのが、クラフトビールブランドなどを展開するMOON-X(東京・目黒)だ。成否を分けた両者の事例から売るためのポイントを知る。
イトーキはオフィス家具などを中心に展開するBtoB(企業向け)企業だ。過去には学習机などのBtoC(消費者向け)商材も一部展開していたが、市場縮小とともに生産数は減少。現在、一般的な家具店でイトーキの商品が消費者の目に触れることはほぼない。その同社が2021年4月に初めてb8taに出展した。
なぜ、オフィス家具メーカーがb8taへの出展を決めたのか。きっかけは、19年11月に発売したオフィス向けチェア「vertebra03(バーテブラ03)」にある。同商品は「人間優先のオフィスチェア」をコンセプトに、人間工学と生体力学に基づきイトーキが開発した高機能なワークチェアの3代目に当たる。
見た目はシンプルながら、座面のスライド機能、背のロッキング機能など、独自の機構が盛り込まれた高機能さが売り。また、背もたれや座面には、計24色の生地を自由に組み合わせて、自分好みの配色がつくれる。「オフィスのカフェエリアをイメージして開発した」とイトーキ商品開発本部プロダクトマネジメント部第2企画室の新田見篤室長は説明する。
ところがバーテブラ03の発売直後、新型コロナウイルス感染症拡大によって在宅勤務が広がった。オフィス家具の需要が減少する一方、在宅勤務用の椅子を探す消費者が増加。そうした中、オフィス向け商品にもかかわらずバーテブラ03は、そのデザイン性の高さから感度が高い層の目に留まり始めた。商品に関心を持った消費者から直接「どこで買えるのかという問い合わせが寄せられるようになった」(新田見氏)。
ただ、冒頭で説明した通り、イトーキの製品はほとんど一般流通していない。全国に数カ所の自社ショールームを持ってはいたものの、企業との商談が中心のため、土日は営業していない。端的に言えば売る場所がなかったのだ。
とはいえ、一般的な家具店に並べれば売れるのかと言われれば、新田見氏は懐疑的だった。「高機能な在宅ワーク用の椅子といえば、ゲーミングチェアのような高い背もたれの椅子が想起されやすい。一方、バーテブラ03は高機能ではあるが見た目はシンプル、にもかかわらず6万円以上と高額。あえてデザイン性の高いシンプルな椅子を求めるような層は非常にニッチ」(新田見氏)と考えていたからだ。
グループ調査で1人も欲しい人がいない
それを象徴する逸話もある。イトーキは在宅勤務用の椅子のニーズを把握するために、30人程度の消費者を集めたグループインタビューを実施した。意見が偏らないように、さまざまな価値観を持つ人を集めたはずだった。ところが、「バーテブラ03を欲しいという人は1人もいなかった」(新田見氏)。人気を集めたのは、やはりゲーミングチェアタイプだった。
SNS上にはバーテブラ03を欲している消費者の声が投稿されている。実際に問い合わせも増えている。需要は確実にある。だが、そうした層に出会える場所でなければ、出展する意味は少ない。そこで目を付けたのがb8taだった。
b8taは「ガジェット」と呼ばれるさまざまな新しい電化製品を体験できるショールーム型店舗として、米シリコンバレーで生まれた。日本参入は20年8月。国内では電化製品にとどまらず、幅広いカテゴリーの商品を扱う。目指すのはやはり、まだ知名度の低い新しい商品との出合いを創出する場だ。そうした商品を求める層が多く来店するb8taは、バーテブラ03を展示するのにうってつけと考えた。
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