全国から注文が相次ぎ、納車1年待ちとなっている中古車販売店がある。オーナーが1人で手掛けるオンザスリー(大阪市)だ。人気の裏側を探ると、高級輸入車をあえてやぼったくドレスダウンする新たなトレンドが見えてきた。
店頭には、ボルボやジャガーといった高級外車ながら、新車ではなく、旧車と呼べるほど古くもない「中途半端な中古車」がずらり。大阪市のオンザスリーは、そうしたヴィンテージ未満の欧州中古車に、「チープアップ」と称する独自のカスタマイズを施して販売する中古車販売店だ。
チープアップは、同店オーナーの三上直記氏による造語。「ぴかぴかのホイールを武骨なスチール製に交換したり、黄色いフォグランプを足したりして、ベースとなる輸入高級車を“ダサ格好よく”カスタマイズするスタイル」(三上氏)を指す。
クルマのカスタムといえば、流行のパーツで飾り立て、より高級感をプラスしていく「ドレスアップ」が主流。そうはせず、あえて安っぽく加工するカジュアルさが、「格好いい」「個性的」と評判を呼び、店には全国から注文が入る。創業以来、三上氏がたった1人でカスタマイズしたクルマは優に1000台を超える。
生来のクルマ好きで、「5歳のときには、道路を走る国産車の車種をすべて言い当てられた」という三上氏。中高時代にファッションに目覚め、21歳で古着店を開いたが、商品の買い付けで訪れた欧州で、「現地の人々が古いクルマをスニーカー感覚で乗りこなす姿」に魅了された。「日本では高級車とあがめられるベンツのEクラスなども、カラードバンパー(主に車体色と同色に着色されたバンパー)などで飾り立てず、現地仕様(ベースグレード)のままラフに乗る。そのそっけなさが格好よく思えた」(三上氏)
古着店をたたみ、輸入中古車販売店にくら替えしたのは2008年。当初はアルファロメオなど、カーマニアが好む個性の強い欧州車を、加工せずに販売していたが、徐々にヴィンテージまではいかない20~30年前のクルマに目が向き始めた。
「走行距離が短めで状態もいいクルマが、一律に『型落ち』とみなされ、軽トラより安い価格で売られているのがもどかしく、カスタマイズを加えて価値を高めてやりたいと思った」(三上氏)。高級感のあるアルミホイールを鉄製のホイールに変更したり、ルーフキャリアを載せたり、ステッカーを「ベタベタ貼ったり」して、「古着を着崩しているよう」な世界観をクルマで表現。同業者には「あえてダサくしたクルマを誰が買うんだ」と笑われたが、いざ店頭に並べると、アパレルや美容業界などの「ファッションに敏感な一部の層」の注目を集めるようになった。
ライバルとタッグを組み「チープアップ」を商標登録して拡散
快進撃の始まりは14年。古着に合わせ、高級中古車をドレスダウンして楽しむライフスタイルを紹介するエッセーを、関西の雑誌に連載。するとチープアップへの問い合わせや注文が目に見えて増え始めた。同じ頃、「同好の士はライバルでいるより味方になるのが得策」(三上氏)と、自身と共通したカスタマイズを行う東京の輸入中古車販売店に声をかけ、「チープアップ」を共同で商標登録した。
「雑誌『LEON』が、不良っぽい中年男性のファッションに『ちょい不良(ワル)オヤジ』のキャッチコピーをつけた結果、そのスタイルや概念が急速に一般化したように、僕らが行うカスタマイズを『チープアップ』とネーミングし、商標登録することで、チープアップのコンセプトが世の中に伝わりやすくなると考えた」(三上氏)
また「チープアップを好むのは、車高を下げ、LEDなどで車体を装飾するといった従来型のカスタムを好むマニア層とは異なる」(三上氏)との見地から、中古車情報サイトへの出稿は行わず、当時はまだ珍しかったSNS(交流サイト)で情報を発信した。すると古着の世界で影響力を持つインスタグラマーの目にとまり、投稿が拡散。メディアの報道も相次ぎ、一般層からの注文が急増した。
折からのキャンプブームも追い風になったという。インスタ映えを意識し、おしゃれなキャンプグッズにこだわる人にとって、チープアップを施した輸入中古車は、「他人に見せて自慢したくなる、大きなアウトドアグッズのひとつ」と捉えられたのだ。
チープアップのベースに使用するのは、1990年代~2000年代前半の欧州車が中心。この年代のクルマは、三上氏いわく「今が底値」。ホイールをスチールに変更し、ルーフキャリアを載せ、バンパーを黒く塗るなどのカスタムを施しても、100万円から150万円程度で収まるケースが多いという。
SNSで店を知り、連絡してくる客には、クルマへの知識やこだわりが薄く、「車種もカスタムの仕様も、三上さんのセンスにお任せ」という人が少なくないという。そうした相手に対して欠かせないのが、徹底したカウンセリング。部品が劣化している可能性があるなど、中古車ならではのリスクがあることを説明したうえで、予算、家族構成、クルマに乗る理由やシチュエーション、趣味、洋服や音楽の好みなども聞き、ニーズを深掘りしてベースとなるクルマを選択し、どんなカスタマイズを施すかを決めていく。
ベース車は、単身者で週末に乗るだけの人なら、多少燃費が悪くても加速性に優れた大排気量タイプを薦めることも。一方、通勤や子供の送り迎えなどで平日も乗るという人なら、個性はありつつ、快適性、信頼性、燃費などの条件を満たすタイプなどを提案する。「つい熱が入り」カウンセリングに3時間以上費やすこともしばしばという。
ベース車の仕入れ先は、一般の中古車市場。三上氏のお薦めは「構造がシンプルで修理しやすい。部品が安価で今も入手しやすい。耐久性も高い」というボルボ240(1993年製造終了)。「ラゲージルームが広く、アウトドア好きには好都合。80年代に人気を博した往年のモデル、244や245をモチーフにした四角いフォルムが特徴で、近年人気がある80~90年代の古着の雰囲気ともマッチする」(三上氏)
同店では、購入後の故障発生を極力防ぐべく、外装のカスタマイズに加え、弱点となる部分のリフレッシュも併せて行う。完成したクルマは、可能な限り、全国どこへでも自ら運転して届ける。スタッフを雇わず、全業務を1人で行っているため、手掛けられるのは月平均8~9台。現在、納車までの平均期間は1年ほどだが、「それでも辛抱強く待ってくれるお客さんが多い」という。
顧客の大半は男性。中でも40代とともに多いのが、「クルマ離れ世代」とカテゴライズされがちな20代前半のZ世代。少ないのが30代だという。「かつては『自由をもたらす翼』のイメージが強かったマイカーも、コスパの悪さを嫌う30代には、維持費や税金を課される足かせと映るのではないか。一方で、周囲に流されず自分の好きな世界を突き詰める傾向が強いとされるZ世代は、燃費の悪さや故障のリスクは納得のうえで、『見た目がレトロでおしゃれだから』と、チープアップ車を選んでいる印象がある」(三上氏)
これまでチープアップに使用してきたボルボ240などは、今後、流通数が少なくなることも予想されるが、三上氏は「別の年代、別の車種にも、薦めたいものはたくさんある。心配はしていない」と語り、「ベース車を無駄なく生かせるチープアップを一過性のブームに終わらせず、ものを大切にする日本の文化として根付かせたい」と意気込む。
(写真提供/オンザスリー)

【最新号のご案内】日経トレンディ 2023年6月号
【巻頭特集】10大トレンド予測
【第2特集】2023年上半期ヒット大賞&下半期ブレイク予測
【第3特集】公共料金の裏ワザ
【SPECIAL】影山優佳インタビュー
発行・発売日:2023年5月2日
特別定価:750円(紙版、税込み)
■Amazonで購入する