公園や市民会館などと並び、公共施設の代表格とされる図書館。今、一般人が一つの本棚を有償で借り、自分の本を無料で貸し出す「一箱本棚オーナー制」の私設図書館が全国各地で増えている。一切行政の手を借りず、一箱本棚オーナーの月額利用料だけで黒字運営に成功しているといい、その秘密に迫った。
本好きの一般人が図書館のオーナーになれる画期的な私設図書館「みんなの図書館さんかく(以下、さんかく)」が、全国に拡大中だ。開館準備中のものも含めると、姉妹図書館の数はおよそ50に及ぶ。「こんなに増えるならフランチャイズにし、ライセンス料を取ればもうかりますね」と冗談めかして笑うのは、地域の課題解決やコミュニティーづくりを担う一般社団法人トリナスの代表理事・土肥潤也氏(28歳)。第1号となるさんかくを2020年3月、静岡県焼津市の焼津駅前通り商店街にオープンした人物だ。同氏は「公共サービスに対する市民一人ひとりの当事者意識を育み、個人や民間によって行政の一部が担われる『私設公共』を推進する社会実験の場として開いた」と語る。
さんかくをつくろうと考えたそもそものきっかけは、大学院時代の視察先であるドイツ・ミュンヘンで地域の公園を訪れたこと。同地では、行政ではなく市民が公園の管理員会を設置。草刈りなどの整備はもちろん、「子供たちが遊ぶ時間だから今だけ移動してください」といった、ホームレスへの声掛けまで行っていた。「自分たちの公園だから、自分たちで運営するという意識が当たり前のように根付いていることに驚き、感動しました」(同)
日本では、市民が自身を「行政サービスを受けるお客」と捉える意識が強いとされる。「ただ今後、人口減少が進めば、行政機能が縮小し、市民自身が地域運営の一部を行う必要が出てくる」(同)。そこで、どうすればミュンヘンのように、欲しいサービスは自らつくるという当事者意識を育てられるのかと考え、モデルケースとして、地域住民が主導する図書館をつくろうと思いついた。「図書館にしたのは、たまたま私が本好きだったため。絵が好きなら美術館を、アウトドア好きなら公園を選んでいたでしょう」(同)
シェア型書店をヒントに一箱本棚オーナー制度を着想
当初は「蔵書を並べたスペース兼自身のオフィス」を借り、家賃や水道光熱費は自分で負担しようと考えていたが、周囲から、「持続可能性を高めるため、持ち出しなく運営できる形にすべきだ」とアドバイスされ、運営経費をペイできる方法を模索。個々人が棚に古本を並べて販売するシェア型書店の存在を知り、そこから一箱本棚オーナー制度を着想。オーナーたちが支払う本棚の月額利用料で経費を賄おうと決めた。
自分の好きなものや世界観を人に伝えられるなら、多少、身銭を切っても構わないと考える人は少なくない。「お金を払うことでオーナー自身に、『この図書館は自分の居場所。定期的に通い、主体的に運営に携わろう』との当事者意識が芽生えると考えた。そこであえて月額2000円という、多少、負担感がある金額を設定しました」(同)
オーナーを募るため、会う人に片っ端から声を掛けたが、最初はブーイングの嵐だったという。「お金を払って自分の本を他人に貸すなんて、詐欺みたいな仕組みだとまで言われました(笑)」(同)。それでも100人近い人々に粘り強く伝え続けると、賛同する人が出てきた。さらに、19年9月から12月には私設図書館づくりを呼び掛けるクラウドファンディングを実施し、一箱本棚オーナーの権利をリターン品に打ち出したところ、目標金額の160%を達成。8人が名乗りを上げ、計10人のオーナーが決定した。
オーナー志望者が急増 開業3カ月でキャンセル待ち状態に
オーナーが決まると、大学時代から地域コミュニティー活動を行ってきた、地元・焼津駅前通り商店街で、長く空き家だった30平方メートルの物件を契約。大家の厚意で相場より割安の2万5000円で借りられることになったが、スケルトン物件だったため工事費がかさみ、トイレ、エアコン、ミニキッチンの設置、壁紙や床の施工で300万円以上が必要となった。クラウドファンディングで確保した資金と、国交省のモデル事業への応募で獲得した200万円をつぎ込んでも足りず、残りは自己資金を充てた。
20年3月にオープンすると、コンセプトの目新しさから県内メディアの取材が相次ぎ、オーナー志望者が急増。運営経費を賄うために必要となる30人分の棚が開業3カ月で埋まり、キャンセル待ちが出る状況になった。その後、徐々に棚を増設し、現在は60人が棚を構えている。「もうけは出ないが、私自身の持ち出しも一切ない、完全黒字運営ができています」(同)
運営の仕組みはこうだ。一箱本棚オーナーは月額2000円で棚を借り、自分の本を並べて貸し出すことができる。オーナーは「何らかの自己表現をしたい人」が多く、年代は50代と20代がメイン。小説や自己啓発書などをバランスよく並べる人もいれば、「本棚すべてが広瀬すずの写真集の50代男性」や、「源氏物語一辺倒の20代男性」など、趣味や好みを前面に押し出す人もいるという。同時に、趣味のアイテムを飾る、本の感想を記入する自由帳を置く、同人誌を販売する、なども自由。ビジネスの宣伝、社会活動の発信、仲間づくりなどにも利用できる。
一方、利用者は初回に登録料300円を支払えば、以後一度に5冊まで何度でも無料で本を借りることが可能。返却期間は大体1カ月と定めてはいるが、「利用者の善意に任せている」(同)という。
遠方から来る本好きもいるといい、来館者はひと月、延べ300人程度。本棚をきっかけに交流も生まれており、過去には源氏物語が好きな高齢女性が源氏物語で埋め尽くされた棚を見て、「この棚のオーナーと話してみたい」と希望。両者が顔を合わせたところ、若い男性だったため驚くとともに感激し、互いに物語の魅力を語り合ったこともあったという。
さんかくは地域のコミュニケーションの場としても機能している。館内には誰でも無料で出店できるスペースがあり、週4日、近くのコーヒースタンドなどがドリンクや軽食を販売。講座やイベントの開催も可能で、棚にペン習字の本を並べているオーナーは、ペン習字教室を定期的に開いている。
店番はコーヒースタンドの出店者、一箱本棚オーナー、常連の利用者などが持ち回りで担当。オープン当初は、土肥氏が毎日のように店番をしていたが、「今では私はほぼノータッチ。自発的な参画者だけで運営されています」(同)
オープンからまもなく、「自分の町でも一箱本棚オーナー制度を用いた私設図書館を開きたい」との連絡が全国各地から入り始めた。希望者には、さんかくの運営ノウハウを惜しみなく開示はするが、「それをまるごと踏襲し、金太郎あめのように画一的な図書館をつくったのでは、地域の市民が私設公共を主体的につくり、運営するというそもそもの意義が失われてしまう。地域の実情に合った図書館を自由につくってほしいです」(同)と語る。
各図書館に共通するのは、オーナーが月会費を払い、本を無料で貸すという仕組みのみ。開設の目的や活動内容も様々で、例えば兵庫県豊岡市では、「地域の人々が医療について気軽に相談できる拠点をつくりたい」と考えた医師が、図書館をオープン。医療や健康についての本が多く並び、現役看護師による無料医療相談が定期的に開かれているという。
“ルールをつくらない”が唯一の運営ルール
一箱本棚オーナー制度と共に、さんかくのユニークな特徴が「一律のルールをつくらない」というルールだ。本のジャンルにもNGは設けておらず、勧誘さえしなければ、宗教や特定の思想に関する本も並べて構わない。「ルールがないと当然トラブルは起きますが、そのときどきで話し合い、対応すればいいことです。私設公共を進めるためには、対話を活発に重ね、秩序や合意を形成していくことが重要。運営を容易にはしても、コミュニケーションを阻害する元となるルールは、できるだけなくしたいと思っています」(同)
オープンからまもなく3年。オーナーの継続率は70%以上を保ち、地域住民による黒字運営も続行中。さんかくに触発された私設図書館が全国に増えていることからも、「さんかくの私設公共としての取り組みは、一定の評価を得ていると考えています」(同)。
またシャッター通り状態が続いていた焼津駅前通り商店街では、さんかくが人気になったこともあり、この約3年で空き店舗を活用した飲食店など9店舗が新たにオープンした。これも“商店街の可能性”を提示した、さんかくの副次効果といってよさそうだ。同氏は「本と、私設公共との相性の良さも大いに感じている」と話し、今後は地域コミュニティーの核となる、公民館的な機能を持つ本屋づくりも計画中だという。
(写真提供/一般社団法人トリナス)

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