世界遺産・熊野古道沿いに、同じブランド名を冠した2つの宿泊施設が開業している。当初、インバウンド(訪日外国人)客の激増による宿不足を解消するため立案されたというが、新型コロナウイルス禍で状況が一変。海外からではなく、国内の観光客を呼び込むべく“リトリート”をコンセプトに掲げ、成功に至った理由を聞いた。

世界遺産熊野古道の参詣道「中辺路ルート」を泊まり歩く人に向けて開業した泊施設「SEN.RETREAT」。22年4月にオープンしたシリーズ第2弾となる「SEN.RETREAT CHIKATSUYU」はコンテナハウス型のヴィラとなっている
世界遺産熊野古道の参詣道「中辺路ルート」を泊まり歩く人に向けて開業した泊施設「SEN.RETREAT」。22年4月にオープンしたシリーズ第2弾となる「SEN.RETREAT CHIKATSUYU」はコンテナハウス型のヴィラとなっている

 世界遺産・熊野古道沿いに、2つの宿泊施設が相次ぎ誕生している。不動産開発と地方創生を手掛ける不動産ベンチャー・日本ユニスト(大阪市)が運営する「SEN.RETREAT TAKAHARA(以下、タカハラ)」と「SEN.RETREAT CHIKATSUYU(同、チカツユ)」だ。

 和歌山県や大阪府など2府3県にまたがる熊野古道(全長1000キロメートル)は、世界遺産に登録された部分だけでも約200キロメートルに及ぶ巡礼路。複数の神社が点在する山中を歩き、巡礼文化を体験できると、特に欧米人から人気が高い世界有数のトレッキングスポットになっている。2004年に世界遺産に登録されて以降、地元自治体のPR効果でインバウンド客が激増。その結果、著しい宿不足が生じた。中でも、熊野本宮大社、熊野那智大社、熊野速玉大社を通るメインルート・中辺路(なかへち)の状況は深刻だった。

 中辺路ルートは長さ約40キロメートルで、踏破にかかる日数は平均5日。宿を転泊しながら進むため、1日でも宿が取れないと巡礼自体ができなくなる。春と秋のハイシーズンは数年先まで予約が埋まり、宿を確保できなかったインバウンド客の野宿者も出現。不安を感じる地域住民も少なくなかった。

 こうした実情を、観光業に携わる現地の知り合いから聞いた日本ユニストは、インバウンド客が中辺路をスムーズに完歩できるよう手助けをしたいと、同ルート沿いに一括予約が可能な4軒の宿(合計40室程度)の建築を立案。しかし、用地買収後すぐに新型コロナ禍に突入し、熊野古道の観光客の大半を占めたインバンド客はゼロに。地域の課題は「宿不足」から一転、「熊野古道に人を呼び、地域を活性化すること」に移り、同社はコンセプトとターゲットの再考を迫られた。

 「熊野古道は、歴史・文化に興味を持つ外国人には憧れの的ながら、和歌山県民ですら歩いたことがある人は少なく、国内への訴求が進んでいない。インバウンド客頼みを脱却し、国内客に魅力を発信しなければと考えた」とSEN.RETREAT事業本部長の大﨑庸平氏。そこで新たにコンセプトに据えたのが、“リトリート”の場を提供することだった。リトリートとは、非日常的な場所で、心と体をリラックスさせるためにゆったりと時間を過ごす新しい旅のスタイルだ。「トレッキング客は春と秋に集中するが、リトリートが目的なら通年の集客が可能。熊野古道が持続可能な観光地に進化できる。そこで『SEN.RETREAT』という宿泊施設ブランドを構築し、まずは2軒の宿を造って、女性やファミリー層のファンづくりに注力。その後、残りの2軒も完成させ、転泊しながらトレッキングする国内客を増やす戦略を取ることにした」(大﨑氏)

 コンセプトを変更したことで、サービスの内容も当初の予定から修正した。タカハラでは、手ぶらで来ても気軽に和歌山の味を楽しめるよう、オールインクルーシブ(旅行代金に既に食事や飲み物などが含まれているサービスの形)のドリンクや、地元の銘菓を集めて持ち帰れるようにし、冬でもバーベキューや星空観賞、早朝の雲海を楽しんでもらうためにベンチコートやランタンを用意。チカツユでは、地元の焙煎(ばいせん)珈琲豆を自分でひいて飲んだり、和歌山県産のミカンやユズのアロマを楽しめるようにしたりといったリラックス部分と、ヨガマットを用意するなどレクリエーション部分を取り入れて、リトリートを促進する施策を打ったという。

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