インサイト創出術 第1回

「こんな商品が欲しかったんだ!」……。そんな声が上がるようなインサイト発掘型の商品はどのようにすれば企画、開発できるのか。希代のマーケターや経営者の中には、マーケティングリサーチ不要論を唱える人もいる。消費者モニターに聞いても答えは出てこないというのが理由だ。ただし、国別に見たリサーチ市場規模で日本は決して高い位置にはいない。一方、リサーチ業界はインサイト産業へと業域を広げ、事業会社のマーケティングパートナーを志向する。「インサイト発掘」を取り巻く現状と進化の方向を整理する。

リサーチでインサイトを発掘できる?(写真/Shutterstock)
リサーチでインサイトを発掘できる?(写真/Shutterstock)

 「そうそう、こんな商品が欲しかった!」……。消費者からこんな言葉が飛び出すようなインサイト発掘型商品を開発できれば、マーケター冥利に尽きるというものだろう。

 そもそもインサイトとは何か。インサイトリサーチやアイデア開発支援を手掛けるデコムの大松孝弘氏は「消費者自身が問題として捉えていない隠れた欲求というのがインサイトの基本」と説明する。多くの市場が成熟し、どの商品を選んでも大きな不満や課題がなくなった時代だからこそ、消費者の心が注目されている。しかし、表面的なインサイトしか見ていなかったり、単なる人間の欲求を掘り起こす作業に没頭してしまったりするなど、落とし穴に陥っている例も多い。アンケートやインタビュー調査などの調査手法を駆使して、自社のビジネスと結びつくインサイトをいかに見極められるかが重要だ(詳細は第2回に掲載)。

 発掘したインサイトを最大限活用している好例の一つがシニア女性向けの定期購読誌「ハルメク」だ。約3700人のモニター会員組織を持ち、座談会やインタビュー、イベントを頻繁に開催。そこからターゲットのインサイトを引き出し、雑誌の企画や商品開発に生かしているという。特集ではその他にも「アサヒスーパードライ 生ジョッキ缶」(アサヒビール)、「オルビス オフクリーム」(オルビス)の取り組みや、異業種から参入した注目のインサイト発掘ツールも紹介する。開発の段階からインサイトをしっかりと捉えてアイデアを導き出し、商品化を進めていくということは非常に重要なのだ。

「リサーチ不要論」は本当か

 マーケティング関連記事でしばしば話題になるトピックの一つに「リサーチ不要論」がある。市場調査=マーケティングリサーチはあまり意味がない、という主張だ。発信者がトップクラスのマーケターや人気ブランド企業の経営トップだったりするだけに、その発言は耳目を集め、影響力が大きい。

 日経クロストレンドでも、同様の趣旨の記事を過去に公開している。キャンプ用品で人気のスノーピーク会長へのインタビュー記事 「市場調査は意味がない」 スノーピーク会長、モノ作りの核心 には、以下の節がある。

 乱暴な言い方をすれば「スノーピークはマーケティングをやらない」。やっても得られるのは過去の数字で、未来を読み解くことができないからだという。
 「スノーピークは他にないものを作ることを信条にしている0→1の会社。一般的な意味での市場調査をやっても意味がないと思っています。次に何が来るかは調査では分からないから。ただ、売れ筋商品の分析や、売り上げデータを活用した販促といった使い方はもちろんやっています。モノ作りにおいては、マーケティング調査はあまり役に立たないと思っています」

 また、米アップルで副社長、日本法人社長を務めた前刀禎明氏は、連載コラム「モノ売る誤解 買う勘違い」の初回 マーケティングに必要なのは過去のデータ分析じゃない で以下のように記している。

僕はマーケティングを専門にしていますが、昔から市場調査・分析はビジネスにはあまり有用でないと感じていました。大学時代に多少なりとも学んでみて、そういう結論に至ったのです。(中略)ビジネスでは過去のデータを分析することに時間を費やす“後ろ向きなマーケティング”が有効な場面はほとんどありません。

欲しいものを聞いても分からない、欲しいものを作っても売れない

 アップルについては故スティーブ・ジョブズCEO(最高経営責任者)自身が「人は実際にそれを見るまで、それを欲しいかどうか分からない」という考えを示していたとされる。また、かつて1980~90年代にかけてシャープが好調だった当時の辻晴雄社長も、「欲しいものを消費者に聞いても分からない」を持論としていた。さらにいえば、「自動車がない時代に欲しい乗り物を尋ねても、『速い馬が欲しい』という答えしか返ってこないだろう」と語ったとされるヘンリー・フォードの時代まで、同種の主張は遡ることができる。

 いわゆるリサーチ不要論は、処理しきれないほどのビッグデータやSNS越しに消費者の声を企業が入手できるようになった近年、急に持ち上がった話ではなく、太古から繰り返されてきた古くて新しい問題といえる。

 リサーチ不要論が忘れたころに繰り返される背景には、上記著名経営者らが語るように、今は存在しない新市場を切り開くタイプのイノベーティブな0→1(ゼロイチ)型商品・サービスの案を消費者モニターが答えてくれるわけではないことに加え、「欲しい」という声に応えて世に出した商品が売れるとは限らないという手痛い経験や反省もある。

 日本マクドナルドが2006年に発売した「サラダマック」は、健康志向の高まりに応えて発売した商品だったが、短命に終わったのが一例だ。既にモスバーガーでは、バンズの代わりにレタスで具材をはさんだ「モスの菜摘」が発売されて好評を博していたこともあり、健康志向そのものにウソはない。だが消費者がマクドナルドに求めたのはヘルシーではなく、後に発売する「クォーターパウンダー」「ギガビッグマック」などの“ガッツリ”系だった。

 消費者モニターの優等生的な発言を額面通りに受け取って商品に反映してもヒットは生まれず、「そのヘルシーメニューは本当にマクドナルドで食べたいものなのか?」と踏み込まなければ、インサイトには迫れない。そこがリサーチの難しさであり、リサーチの役割、効果に疑念や誤解が生じるポイントでもある。

 リサーチ不要論ももちろん1つの考えだが、仮にリサーチ不要が是でありグローバルスタンダードであるとすれば、グローバル企業のリサーチ費用は少額なはずだ。実際はどうか?

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