※日経エンタテインメント! 2022年3月号の記事を再構成

お笑い界の活況もあり、芸人がネタを磨く場としてのお笑いライブに高い関心が寄せられるようになった。そして、そのライブが行われる劇場のあり方も以前とは変わっている。3つのケースから、今のお笑いライブ事情について探る特集「お笑いライブ最新事情」。第2回に取り上げるのはソニー・ミュージックアーティスツ(SMA)だ。

いろいろと試せる育成の場が必要だった

 『M-1グランプリ2021』で、50歳の長谷川雅紀と43歳の渡辺隆による遅咲きコンビ・錦鯉が優勝したことで、にわかに注目度が高まったのが、所属事務所のソニー・ミュージックアーティスツ(SMA)。キングオブコント王者のバイきんぐ(12年)や、『R-1ぐらんぷり』優勝者のハリウッドザコシショウ(16年)、アキラ100%(17年)らが所属しており、「賞レースに強い事務所」として再認識された。

 SMAの特徴として、常設のライブ会場「Beach V(びーちぶ)」があることが挙げられる。各事務所では、定期的に“事務所ライブ”が行われているが、吉本興業以外で劇場を持つケースは珍しい。

 「びーちぶ」を持った経緯について、SMAのお笑い部門を立ち上げた平井精一氏は、「芸人を育てる場が欲しかった」と振り返る。「ホリプロコムさんやグレープカンパニーさんなど、他社さんには稽古場があるんです。社内的には、稽古場を使ってもいいという話だったんですが、お笑い界には波があって、毎年コンスタントに売れっ子が出るとは限らない。そうなると、稽古場だけだと維持が難しいなと。それなら、お客さんを入れられる形のほうが望ましいという発想でした。だから、ライブハウスが欲しかったわけではなく、芸人がいろいろと試せる育成の場が必要だった、という感じです」(平井氏、以下同)。

Beach V(びーちぶ) 東京メトロ有楽町線、副都心線の千川駅近くにあるSMAの劇場。約50席。バイきんぐやハリウッドザコシショウ、錦鯉もここで育ってきた。写真は1月の「NEET PROJECT」の上位ランク「金のタマゴ」の事務所ライブ。マツモトクラブやだーりんず、SAKURAI、野田ちゃんらが出演した。土日に開催される事務所ライブのほか、単独ライブや、複数の芸人による企画ライブ、ネタ見せ(※)などもここで行われる。[※ネタ見せ…作ったネタを放送作家や事務所関係者の前で披露し、アドバイスをもらう]
Beach V(びーちぶ)
東京メトロ有楽町線、副都心線の千川駅近くにあるSMAの劇場。約50席。バイきんぐやハリウッドザコシショウ、錦鯉もここで育ってきた。写真は1月の「NEET PROJECT」の上位ランク「金のタマゴ」の事務所ライブ。マツモトクラブやだーりんず、SAKURAI、野田ちゃんらが出演した。土日に開催される事務所ライブのほか、単独ライブや、複数の芸人による企画ライブ、ネタ見せ(※)などもここで行われる。[※ネタ見せ…作ったネタを放送作家や事務所関係者の前で披露し、アドバイスをもらう]
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他事務所との接点も大切に

 現在びーちぶは、土日に事務所ライブ、平日は単独ライブや企画ライブのほか、YouTube撮影など、芸人が好きなことをできる体制にしているという。定期的に仲間に会って、アドバイスし合いながらネタを磨くのが事務所のカラー。「うちは規模が小さいので、結構ここで交流することになるんです。変な派閥もないし、ライバルは近くにいたほうが成長します。相談できる仲間同士で切磋琢磨できるのがメリットだと感じています」。

 常日頃から目標を持たせることも目的の1つ。SMAでは、主に30歳以上による「NEET Project」と、20代の若手が中心の「HEET Project」の2つの組織があり、事務所ライブでのお客さんの投票により、それぞれ6階級にランク付けされている。上位に入れば、優先的に仕事やオーディションの機会を得られる。「『M-1』のようなチャンスって1年に1回しかない。モチベーションを保てるように、“1軍を目指せ”と言っています」。

 他事務所や外部のライブに参加することは、芸人本人に任せているとのこと。基本、事務所ライブはすべて新ネタで、手応えを得られたら、外部のライブでブラッシュアップしていくパターンが多い。錦鯉は、昨年12月19日の『M-1』決勝前に、積極的に複数のライブに出演してネタを調整していたそうだ。「17日に『渋谷La.mama(ラ・ママ)』、18日に事務所ライブと、プロダクション人力舎さんのライブに出ていました。外部の優秀な芸人さんのネタを見たほうが絶対に勉強になるので、そんな機会も大切だと思っています」。

 近年育ってきた勢いのある新顔は、今年の元日放送の『ぐるナイ おもしろ荘』に出演した、元舞台女優のコンビ・あっぱれ婦人会。テレビ出演も複数決まっているそう。最近のお笑いライブシーンに思うことは、「ライブができる場が増えていて、いくらでも舞台に立てるんですよね。でも、すべてのライブに準備と反省が必要なので、闇雲に出て“頑張っている”と勘違いしてはいけない。今はお笑いに理解のある世の中になってきて、以前だったらネタ合わせしていると怒られたのが、『あの人たちも芸人の卵か』みたいに優しくなって(笑)。こんなに芸人の地位が上がるとは思わなかったけど、盛り上がっている今、うちはベテランのブレイクは続いているので、若手の育成が急務だと思っています」。

「NEET PROJECT」の事務所ライブでMCを務めたのは、昨年の『おもしろ荘』で話題になった野田ちゃん(上)。20年の『R-1』で4位になったSAKURAI(下)も出演
「NEET PROJECT」の事務所ライブでMCを務めたのは、昨年の『おもしろ荘』で話題になった野田ちゃん(上)。20年の『R-1』で4位になったSAKURAI(下)も出演
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【こぼれバナシ】ライブで培われた結束 『M-1』前にあった作戦会議

錦鯉
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 昨年12月19日の『M-1グランプリ2021』決勝前に、複数のライブに出演していた錦鯉。平井氏によると、実はその3日前となる12月16日に、事務所の仲間で作戦会議が開かれたという。「そのときはびーちぶではなく、本社の会議室だったんですけど。バイきんぐの小峠英二とマツモトクラブ、だーりんずの小田祐一郎、野田ちゃんを集めて、錦鯉にネタを披露させたんです。そこで『もっとこうしたほうがいい』とか、『ここは意味が通じない』とか、みんなで詰めました」。

 錦鯉が初めて『M-1』の決勝に進出した、前年の20年にやったのは、“CRまさのり”というパチンコのネタだった。「あのときはネタについて、みんなで大騒ぎしたんです。小峠は錦鯉の渡辺隆と仲がいいんですけど、『隆、パチンコなんて大衆性がそこまでないんだよ!』って怒って(笑)。だから今回は合コンのネタを1本目にして。仲間としての結束があるから、いざというときにこんなふうに集まれる。そこは強みだと思います」(平井氏)。

(写真/中村嘉昭[Beach V]、橋本勝美[錦鯉])