※日経エンタテインメント! 2022年3月号の記事を再構成

お笑い界において、ライブの場数が違う吉本芸人の強さは圧倒的。しかし、昨年の『M-1』では決勝進出者の10組中5組が“非吉本”勢に。お笑いライブは連日開催されているが、何か変化はあったのか。3つのケースから、今のお笑いライブ事情について探った。

10組中半分が“非吉本”勢だったM-1

 2019年頃からの第7世代芸人の盛り上がり、20年からのお笑い番組の増加があり、芸人にスポットが当たる機会が増えている昨今。21年もお笑い界の熱は下がらず、空気階段がチャンピオンになった『キングオブコント』は「史上最高回」と評された。

 特に注目度が高かったのが、12月に開催された『M-1グランプリ』だ。決勝に駒を進めた錦鯉(ソニー・ミュージックアーティスツ=SMA)、初出場組となるモグライダー(マセキ芸能社)、真空ジェシカ(プロダクション人力舎)、ランジャタイ(グレープカンパニー)の4組が、吉本興業以外の事務所所属。蓋を開けてみれば、敗者復活で勝ち上がったのもハライチ(ワタナベエンターテインメント)で、10組中半分が“非吉本”勢という構図になった。これは、2002年の第2回大会以来のこと。そして、錦鯉が優勝を果たした。

新設劇場で早くも結果が

 お笑い界の活況に加えてそんな話題もあり、芸人がネタを磨く場としてのお笑いライブに関心が寄せられている。まず、吉本興業所属の芸人が賞レースに強いのは、主要都市に劇場を持ち、若手からスター芸人までが連日ステージに立つ、ライブ運営の基盤があるから。他の各事務所も定期的にライブは開催しているが、「場数」という意味では吉本が圧倒的である。

 では、“非吉本”の勢いが増している背景には何があるのか。1つは、事務所の垣根を越えた企画ライブが増えていること。代表的な例に、数多くのお笑いライブを制作しているK-PROがある。これまでも、様々な劇場で毎日公演を開催してきたが、昨年4月に常設劇場の「西新宿ナルゲキ」をオープンした。錦鯉はK-PROライブとなじみが深く、モグライダー、真空ジェシカ、ランジャタイはナルゲキの常連でもある。4月のスタートから早くも結果が出た形になった。

 もう1つ、錦鯉が『M-1』王者になったことで、SMAも注目されるように。SMAには、50席と小さいながらも常設劇場がある。吉本以外で劇場を持つお笑い事務所は珍しく、仲間が集える拠点があるメリットを再確認した業界関係者は多い。

 また、20年からのコロナ禍により、お笑いライブの配信が普及したこともプラスに働いていそうだ。規模感や空気感の相性が良いからか、リアルのライブと共存して定着しており、客側も評判を確認してからチケットを買ったり、面白かったライブを再度楽しんだりと、うまく利用しているようだ。

 この特集では、今熱を帯びているお笑いライブ界隈ではどのような話題があるのかを、K-PROとSMA、加えて、吉本興業の勢いのある2つの劇場に話を聞いた。これらのケースから、今のお笑いライブ事情をひも解いてみたい。最初に取り上げるのは、数多くのお笑いライブを手掛けるK-PROだ。

売れっ子になっても戻ってこられる場所を

 数多くのお笑いライブを手掛け、ほぼ毎日のペースで、事務所の垣根を越えたライブを開催してきたK-PROが、昨年4月に常設の劇場として構えたのが「西新宿ナルゲキ」だ。その目的について、K-PRO代表の児島気奈氏は「賞レースの決勝に進むような芸人さんが出ても、映える劇場を作りたかった」と語る。

 「これまでのお笑いライブというと、簡易的な場所でパイプ椅子で…みたいな、どうしても地下っぽいイメージが抜けなかったんですよね。加えて、吉本興業さんなら、『ルミネtheよしもと』や『なんばグランド花月』に行けば、いつでもスター芸人さんが見られるのに、“非吉本”の芸人さんは、売れたらライブは卒業みたいになってしまう。売れっ子になってもたまにでいいから戻ってこられるような、違和感のない場所を設けられたらいいなとずっと思っていました」(児島氏、以下同)。

 意外にも、この思いが実現したのはコロナ禍になってから。ライブを中止せざるを得ない状況になり、芸人の発信の場がなくなることと、客離れの危機を感じて、最初は毎晩Zoomでのトーク配信をしていたという。

 そのうち、芸人サイドからも「ライブの楽屋で芸人同士、交流する時間が本当に大事だった」という話を聞き、新型コロナの影響の長期化を念頭に、先行投資で配信の機材を購入したのだそう。「買ったはいいものの、毎日違う劇場に機材を運んだり搬入したりが想像以上に大変で、1つの拠点でできたらいいなと。そんななかで、K-PROライブでもたまに使っていた関交協ハーモニックホールさんが、予定していたイベントが全部キャンセルになってしまっていたんですね。これまでのお付き合いとタイミングが合致して、『ナルゲキ』として使わせていただけることになりました」。

西新宿ナルゲキ 「関交協ハーモニックホール」をそのまま利用しており、座席は148席。きれいで居心地が良く、賞レースを目指す芸人が本番をイメージできるくらいの広さという観点から、理想的な劇場だったという。「スピードワゴンさんやバイきんぐ小峠さん、三四郎さんも、スケジュールの合間を縫って出てくれています。テレビで活躍する売れっ子になっても、いつでもネタができる場になっていけばいいなと思っています」。2月末に改装工事を終えて、リニューアルオープンした
西新宿ナルゲキ
「関交協ハーモニックホール」をそのまま利用しており、座席は148席。きれいで居心地が良く、賞レースを目指す芸人が本番をイメージできるくらいの広さという観点から、理想的な劇場だったという。「スピードワゴンさんやバイきんぐ小峠さん、三四郎さんも、スケジュールの合間を縫って出てくれています。テレビで活躍する売れっ子になっても、いつでもネタができる場になっていけばいいなと思っています」。2月末に改装工事を終えて、リニューアルオープンした

常連芸人の意識に変化が

 スタッフが配信のノウハウを身につけ、通常のライブと併せてお笑いファンに喜んでもらうために、うまく活用できているという。ナルゲキという常設劇場を持てたことは、芸人にも好影響となっているようだ。「“この劇場に出ている”という仲間意識は生まれたんじゃないかと思います。今、なかなか先輩が後輩を連れて飲みに行ったりができないなか、他事務所や同世代との横のつながりなど、顔を合わせる場として大事にしていただけているようです」。

 実践的な面でもメリットが。場数が増えたことはもちろん、同じ舞台に繰り返し立つことで、お客さんの笑い声から「昨日よりウケた」など比較がしやすく、ネタで改善したところの反応なども、より把握できるようになったとのこと。

 また、50席規模のライブと違い、ナルゲキのキャパは約150席。劇場の大きさによって、目線も、出すべき声の大きさも変わってくる。「大きい劇場に対応できてきたとみなさん言ってます。あと以前は、マイクスタンドに普通のダイナミックマイクを付けていたんです。それを、『M-1』に向けての練習になるように、ちゃんと漫才のサンパチマイクに変えて。マイクとの距離や音、使い方に慣れるように。確かに場数もそうですが、吉本さんとの違いはそれもあるだろうなと思いました(笑)」。

 昨年の『M-1』決勝に進出したモグライダーや真空ジェシカ、ランジャタイのほか、準決勝まで進んだキュウも、ナルゲキではおなじみの面々。「モグライダーさんとか、意識が少し変わったかなと感じました。『M-1』に向けて改良したネタでお客さんの反応を見るなど、いつにも増して真剣だった気がします。ランジャタイさんは、1日に劇場をハシゴしたりして、ライブに立つ数がすごいんです。ああいう型破りなネタが評価されるかはイチかバチかですが、いつも全力だし、これだけ頑張っていればいいところまでいくだろうなと思っていました。キュウさんも毎日のように出演して、ネタを試したり、楽屋で顔を合わせた芸人さんに相談したり。いつも以上の意気込みを感じました」。

 ニューフェースでは、ナルゲキのエースを決めるバトルで2連勝している太田プロのストレッチーズが育ってきているという。同世代の真空ジェシカが『M-1』ファイナリストになったこともあり、切磋琢磨する間柄になりそうだ。

 今後目指したいところは、「ライブ=若手の勉強の場」というイメージを覆し、売れた先輩たちも戻っていつでもネタができる場所にすること。「漫才協会ぐらいに安心して見られる場所になったら最高です。『M-1』だけでなく、『キングオブコント』や『NHK新人お笑い大賞』などの賞レースに向けて熱くなれる場所として、盛り上がっていけばいいなと思います」。

『M-1』の予選では、1回戦と2回戦はピンマイクが付かず、広い劇場でサンパチマイク1本でネタを披露する。マイクを通したときの音や、使い方に慣れるため、「ナルゲキ」ではサンパチマイクを用意したとのこと。写真はK-PRO所属の芸人で、おせつときょうた(上)と女将(下)。5月18日(水)には、K-PRO最大の主催ライブとしてLINE CUBE SHIBUYA(渋谷公会堂)で『行列の先頭』を開催。Aマッソ、ハナコ、三四郎、アルコ&ピース、ランジャタイ、錦鯉らの出演が決定している
『M-1』の予選では、1回戦と2回戦はピンマイクが付かず、広い劇場でサンパチマイク1本でネタを披露する。マイクを通したときの音や、使い方に慣れるため、「ナルゲキ」ではサンパチマイクを用意したとのこと。写真はK-PRO所属の芸人で、おせつときょうた(上)と女将(下)。5月18日(水)には、K-PRO最大の主催ライブとしてLINE CUBE SHIBUYA(渋谷公会堂)で『行列の先頭』を開催。Aマッソ、ハナコ、三四郎、アルコ&ピース、ランジャタイ、錦鯉らの出演が決定している
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