米国の制作会社とタッグを組み、世界に向けた新たな番組フォーマットを開発する。TBSが始めたこのプロジェクトの第1弾が、出会いを求める男女が、AIが判断した“運命の人”とデートを重ねていく恋愛ドキュメンタリー『LOVE by A.I.』だ。この企画を立案した松原拓也プロデューサーにとって、海外展開を見据えた番組制作には多くの気づきがあったという。

TBSが6月26日に放送した『LOVE by A.I.』は、TBSが日米共同開発プロジェクトとして作った番組。出会いを求める男女が、AIが判断した“運命の人”とデートをする過程で、本当にカップルが成立するのかを見ていく
TBSが6月26日に放送した『LOVE by A.I.』は、TBSが日米共同開発プロジェクトとして作った番組。出会いを求める男女が、AIが判断した“運命の人”とデートをする過程で、本当にカップルが成立するのかを見ていく

 膨大なデータの中から、AIによって“相性抜群”と判定された見ず知らずの男女は、果たして恋に落ちるのか? ――。6月26日の深夜に放送された『LOVE by A.I.』(Paraviで配信中)は、TBSが日米共同開発プロジェクトとして作った番組だ。同局は21年3月に、『The Masked Singer(ザ・マスクド・シンガー)』米版プロデューサーのクレイグ・プレスティス氏が率いる制作会社のSmart Dog Media社と、世界に向けた新たな番組フォーマットを開発することで合意しており、その第1弾として世に出たものとなる。

 『LOVE by A.I.』は、出会いを求める男女が、自身のパーソナルな情報を基に、AIが判断した“運命の人”とデートをする過程で、本当にカップルが成立するのかを見ていく恋愛ドキュメンタリー。デートの提案はAIから指令が来る。それに従うことで、2人の心の距離は近付くのかを、2組の男女に密着して追いかける。

 TBSの実績として、『SASUKE(Ninjya Warrior ニンジャ・ウォリアー)』や、『風雲! たけし城(Takeshi’s Castle タケシズ・キャッスル)』など、もともと日本で放送していたものが海外番販で成功する例はあったが、海外の制作会社と組んで、ドラマではなくバラエティコンテンツを作るのは初めてのこと。企画はTBSの若手制作者から募集し、プレスティス氏が1番興味を示したのが、このAIを使った恋愛企画だったという。

 立案したプロデューサーの松原拓也氏は、こう振り返る。「『これいいね、やろうよ』みたいに動き出したのが、21年の春ぐらい。もともとは、企画のフォーマットを海外に売ることを目的としていたので、フォーマットが売れた際には、現地で制作できたら…と考えていたんですが、コロナ禍で難しくて。こういう新規の試みは、タイミングを逃すと立ち消えになってしまうことも多いかなと思い、せっかくの機会をこのままにしておくのはもったいないので、『じゃあ1回、日本で作ってみては?』となりました。それで地上波の編成を巻き込んで、どんな時間帯でもいいから放送枠が欲しいという話をして、6月26日の深夜25時台に放送したという形です」

『LOVE by A.I.』では見届け人として、小峠英二(バイきんぐ、左)、本田仁美(AKB48、中)、若槻千夏(右)が2組のカップルを見守った。3人の率直な反応により、共感しながらドキュメントを見られる。半分を機械っぽくデザインしたハートのオブジェを置くなど、スタジオは近未来をイメージしている。『LOVE by A.I.』はParaviで配信中
『LOVE by A.I.』では見届け人として、小峠英二(バイきんぐ、左)、本田仁美(AKB48、中)、若槻千夏(右)が2組のカップルを見守った。3人の率直な反応により、共感しながらドキュメントを見られる。半分を機械っぽくデザインしたハートのオブジェを置くなど、スタジオは近未来をイメージしている。『LOVE by A.I.』はParaviで配信中

 制作にかけた期間は3カ月ほど。登場する男女に関しては、まず、恋人が欲しいという女性をオーディションで選んだ。一方、男性は女性と同じように恋愛に積極的な気持ちがある人を100人程度、AI機能搭載マッチングアプリ「with(ウィズ)」にデータを登録してもらい、1番相性が良かった人を選出したそうだ。「実際にAIを使ったアプリを運営している会社に協力していただき、分析結果をもらって、その結果を元に様々なデートの提案が出されていきました。2人に出される指令は、AIと制作側とのハイブリッドというか、例えばAIの回答が『友達同士で遊ぶ感覚のデートが最適』という結果だったら、卓球やボウリングができる場所を指定しよう、みたいなことはこちらの解釈を加えています。2人の相性は抜群で、“うまくいく可能性が高い”ということを前提にお互いデートをしているのですが、2人は細かい分析結果は知らずに行動をしています。制作としては『ここで、こういうデートをしたら心引かれ合うんだろうなぁ』とか、AIの回答をある意味、カンニングをしながらデートを誘導する感じでした」(松原氏、以下同)

 最初の頃は、「全然ピンと来ないです」と言っていた女性が、途中で明らかにテンションが変わるなど、追いかける過程でも心が動いていくのは感じ取れたという。スタッフには、過去に日本の恋愛リアリティショー番組を制作した経験がある人たちにも参加してもらい、そのノウハウを取り入れた上で、ここに、プレスティス氏の意見をプラスしていった。「最初の僕の企画では、女性が『この人がいい』と“直感で選んだ男性”と、“AIが相性抜群だと勝手に選んできた男性”のどちらを好きになり、最終的にカップルが成立するか、というものだったんですが、クレイグと話していくうちに『AIで選ばれたカップルを複数組見たい』となって、マッチングした2組の男女がどうなるか、という構成にしました。普段の僕らの感覚だと、バラエティ的な発想で、『直感で選んだのはこの人、一方、AIで選ばれた男性とは…』みたいに『直感とAIの差』を比較したくなるんですが、クレイグは『いや、シンプルに1テーマがいい』ということで。アップルウォッチのように、腕時計から指令が来るのも、あちらのアイデアを参考に取り入れたもの。『LOVE by A.I.』というタイトルも相談して決めました。『バチェラー』みたいに、日本語でも英語でも、全世界で伝わるワードをタイトルにしたくて。海外展開を見据えたこういう一連のやりとりは初めてのことだったので、勉強になりました」

 京都の街並みやプラネタリウムなど、デートの過程で出てくるスポットは、海外の人が見たときに「日本に行ってみたい」と思えるように、通常のロケとは違うカメラを使い、魅力的に撮影することを意識したという。

TBSテレビコンテンツ制作局バラエティ制作二部プロデューサーの松原拓也氏(写真右)。現在の担当番組は『バナナサンド』『それSnow Manにやらせて下さい』『THE 鬼タイジ』など。Smart Dog Media社のクレイグ・プレスティス氏とは、オンラインで会議を重ねたという
TBSテレビコンテンツ制作局バラエティ制作二部プロデューサーの松原拓也氏(写真右)。現在の担当番組は『バナナサンド』『それSnow Manにやらせて下さい』『THE 鬼タイジ』など。Smart Dog Media社のクレイグ・プレスティス氏とは、オンラインで会議を重ねたという

「このフォーマットは長いシリーズになり得る」

 2組のカップルの行方を見守るスタジオパートには、小峠英二(バイきんぐ)と若槻千夏、本田仁美(AKB48)を起用した。「小峠さんは独身ですし、フラットな意見を期待したのと、進行を安心してお任せできる方ということで。若槻さんは主婦でもありますが、人の感情をVTRから読み取る力がすごい。後は現役アイドルの本田さんは若者代表ということでバランスを考えました。3人にワイワイと好きに発言してもらって、いい感じになったと思います」

 『LOVE by A.I.』を制作して収穫だと感じたことは、「海外で売るために」という1つの基準で全てを進める経験ができたこと。地上波のゴールデン・プライム帯(19時~23時)で番組を作る場合は、内容はもちろん、視聴率のことを常に考え、関係各所に確認を取りながら進めるのが通常。1つの目的のためだけに、ある種、自由に作れたこと自体、「楽しかった」と語る。スタジオ収録の際はZoomでつないで、プレスティス氏にも見てもらったという。「すごく面白いと言っていただきました。ロケ技術など『クリエーティブがいいね』とか、『スタジオの演者のリアクションがいいね』とも。米国だと、スタジオパートや、ワイプの文化があまりないんですよね。今回はワイプは入れずに、声だけを入れましたが、そんな収録形態がもしかしたら新鮮に映ったのかもしれません」

 『LOVE by A.I.』は、10月にカンヌで開催予定の国際テレビ番組見本市「MIPCOM(ミプコム)」にエントリーする予定。TBSは中期経営計画「VISION2030」で「創ったコンテンツを無限に拡(ひろ)げる~拡張戦略『EDGE』」を掲げており、その中の1つの軸である「海外市場」に力を入れている。今回の展開はTBSにとってキーとなってくるだろう。「日本では今、“テレビ離れ”とか、地上波だと視聴率の低下とか、暗い話題が多いじゃないですか。でも、世界には80億人もの人がいて、そちらにも目を向けたほうがいいとずっと思っていました。ドラマの場合、もし視聴率が振るわなかったとしても、『DVDが売れた』『いい作品だった』『配信で回った』とか、バラエティに比べて評価の尺度が多くあるように見えます。バラエティはドラマより長いスパンで『なるべく最終回を迎えないように』作っているのに、ちょっと冷遇されているんですよね(笑)。あくまで個人的な感想です(笑)。今回、1つ形になったのは、テンションが上がる出来事。『本当に海外を目指せるんだ』という可能性が見えたことは、バラエティ界にとって大きな1歩だと思います」

 手応えについて、プレスティス氏はこのようなコメントを寄せている。

 「『LOVE by A.I.』はフレッシュで革新的な、まさに21世紀のAI恋愛リアリティ番組だと思います。番組は大変美しく撮影されており、2人の女性、そしてAIが選んだ男性を見守るのは大変面白く、番組の最後には2組のカップルが真実の愛を見つけられるよう、心から応援していました。

 このフォーマットは幾多の男性と女性が真実の愛を探す姿に迫る、長いシリーズになり得ると思います。次にまた制作される際には、さらにAIが番組全体を通して登場し、男女のあらゆる行動がAIにより決められることになると思います。

 TBSの皆さんと作業をするのは大変楽しかったです! 全員が非常にクリエーティブでとにかく前向きでした。番組制作においても、作業が迅速であり、またコミュニケーションもうまく取ってくださいました。さらに作業を進めて『LOVE by A.I.』を米国に持って来るのを待ちきれません!」

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