新型コロナウイルス禍が始まって約2年半。世界中で製作と供給がストップしていた映画界が、少しずつだが息を吹き返してきたように感じられた2022年上半期だった。なかでも、特筆すべき2作品がある。『トップガン:マーヴェリック』(以下、トップガン~)と『PLAN 75』だ。

 コロナ禍が始まって約2年半。世界中で製作と供給がストップしていた映画界が、少しずつだが息を吹き返してきたように感じられた2022年上半期だった。それを象徴する劇場用長編映画は、22年1月に公開し興行収入(以下、興収)約41億円を記録した『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』をはじめ、実写日本映画としては上半期一の成績となった『シン・ウルトラマン』などが挙げられるだろう。

 そんななかでも、特筆すべき2作品がある。『トップガン:マーヴェリック』と『PLAN 75』だ。この2作品から、この難しい状況の今、ヒットが生まれた理由を探ってみたい。

リピーター生み出す映画館での鑑賞体験

 『トップガン~』は、公開65日目となる7月30日に興収100億円を突破。7月31日までに101億3036万3030円、約642万人を記録した。洋画に限らず実写映画において、興収100億円超えを記録したのは、19年の『アラジン』以来。トム・クルーズ主演作としては03年の『ラスト サムライ』以来という記録だ。

大ヒットした前作『トップガン』から36年ぶりの続編となる『トップガン:マーヴェリック』。配給:東和ピクチャーズ (C)2022 Paramount Pictures Corporation. All rights reserved.
大ヒットした前作『トップガン』から36年ぶりの続編となる『トップガン:マーヴェリック』。配給:東和ピクチャーズ (C)2022 Paramount Pictures Corporation. All rights reserved.

 実は洋画において「大ヒット」とされるのは「興収30億円」という漠然としたラインがある。本作も公開前の目標額は30億円でスタートした。往年の大ヒット映画36年ぶりの続編というネームバリュー、日本でおなじみのハリウッドスター、トム・クルーズの主演作、と大ヒットを想定するのは当たり前。

 だが、それ以上の成績となっているのには理由がある。

 5月初旬から全世界で精力的なプロモーションがスタートし、そこからの話題は盛りだくさん。『トップガン』の聖地・サンディエゴでのプレミア、カンヌ国際映画祭の特別招待上映、ロンドンのロイヤルプレミアなど、2年間全く行うことができなかったド派手なイベントが開催され、その度にメディアをにぎわせてきた。そして、公開直前にはトム・クルーズとプロデューサーのジェリー・ブラッカイマーの来日キャンペーンが行われたことが大きく報じられると、一気に日本でも火がついた。

 もちろんそれだけでは初速はよくても徐々に落ち込むもの。だが、この作品は初日3日間の成績が約11億円超をマークし、目標興収の上方修正が行われるほどの集客力を持っていた。それはひとえに作品の中毒性にある。老害になりがちな“ベテランが活躍”ストーリーではなく、トム・クルーズ演じるマーヴェリックが若手を支えて花を持たせる物語性は、往年のファン以外を取り込む要素に。また特に、戦闘機の飛行シーンでの臨場感は映画館の大スクリーン、とりわけIMAXや4Dフォーマット、ScreenX(映像効果で左右2面がアクティブになるフォーマット)などの、映画館ならではの鑑賞体験がリピーターを生み出し、近年の洋画大作としては珍しく、長期間の興行を支えているのだ。

 話題性とスターバリュー、全世代に支持される隙のない物語、映画館でしか味わえない体験……。これらの要素がこの作品を100億円プレーヤーにしたといえる。

考えさせる余白、若い観客へも広がる

 一方の『PLAN 75』は、前者と比べると全くサイズ感が異なるが、順調に成績を伸ばし健闘している注目作だ。

『PLAN 75』の主演は倍賞千恵子が務める。配給:ハピネットファントム・スタジオ (C)2022『PLAN 75』製作委員会 /Urban Factory/Fuseek
『PLAN 75』の主演は倍賞千恵子が務める。配給:ハピネットファントム・スタジオ (C)2022『PLAN 75』製作委員会 /Urban Factory/Fuseek

 本作は新人の早川千絵監督の初長編、75歳以上の高齢者が自分で生死を選ぶ悪法が施行された暗い世界観、説明セリフがほとんどない構成と、ヒットには難しい条件がそろっている。社会派フィクションで派手なアクションは皆無、いわゆるミニシアター系映画だ。だが、公開1カ月の動員が約20万人超、興収は約2.5億円超と異例のヒットとなっている。

 本作のヒットのきっかけは、明らかに5月に行われたカンヌ国際映画祭の話題だ。この映画祭で新人監督賞次点相当のカメラドール特別表彰獲得という快挙は、大きくメディアで報じられた。そこを皮切りに、作品への注目はうなぎ登りに。同映画祭では、主演の韓国人俳優ソン・ガンホが男優賞を獲得した是枝裕和監督作『ベイビー・ブローカー』も話題となったが、すでに世界的知名度を持つ是枝監督と同等に扱われるニュースによってネームバリューが高まったのは間違いない。シニア層が中心でスタートしたが、次第に若い層にもリーチしており、平日の動員が落ちにくいという特徴がある。

 同時に注目されたのは、少子高齢化の日本が直面している問題を、タブーともいえる切り口で描いた物語。公開されてすぐ、この制度の是非がSNS(交流サイト)を中心に議論が展開され、さらに話題が盛り上がった(もっともSNSで議論しているのは、50代くらいまでの世代と思われるため、作品の主人公世代は置いてけぼりの議論となっているのだが……)。

 うすうすながら深刻な問題と感じているものの、どこから手をつけていいのか庶民には見当もつかない社会問題「少子高齢化」。これをテーマにしながらも、説明や作り手側の価値観、結論を押し付けることなく、観客自身に考えさせる余白がある作品だったことが、議論の盛り上がり、さらには客層の拡大と動員につながっているものと思われる。

 『トップガン~』と『PLAN 75』は、タイプや規模こそ違えど、映画館での体験を持ち帰り他者と共有する作品。これが不安な世相の22年上半期において重要な鍵となったのだろう。

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