ゲームやアニメ・マンガから発展し、最近は美術品としても世界的に注目されているコミックアート。その新たな可能性を提示する展示会「SSS Re\arise #1 EXHIBITION TOKYO」について、「日経エンタテインメント!」7月号の記事を大幅加筆。後編では、SSS所属のPALOW.と米山舞が各アーティストの作品を一挙解説。
意欲的なコミックアート展「SSS Re\arise #1 EXHIBITION TOKYO」。後編ではプロデューサーのPALOW.とディレクターの米山舞が、各クリエーターの作品の見どころを詳しく解説していく。コミックアートが持つ可能性の幅広さを実感できるはずだ。
巨大なキャンバスに絵の具を塗り重ねたようなマチエール(絵肌の質感を出すこと)を持つ額装絵画は、「レーシングミク2015ver.」デザインワークスやイラスト、『デジモンワールド -next 0rder-』キャラクターデザインなどで活躍してきたタイキの作品。
『casket 01』は、筆で描いたアナログな古典絵画か宗教画にも見えるが、UVプリントを何版も重ねて精密な凹凸を持たせたれっきとした“デジタル”作品。『Enigma』も作り方は同様。スクール水着を着た女性がモチーフだが、いやらしさを全く感じさせないポップかつ繊細なテイストに。
表面の凹凸は、遠目で全体を見たときと、近寄って細部まで見るのとで、大きく印象を変える。角度によって陰影も変化し、様々な魅力を醸し出す。
「古典絵画の良さをデジタルで再現した、ストレートな納得感。筆で描いた絵画だと錯覚しますよね。UVプリントで、筆で描いた味わいを復活させているんです。筆は描きながら凹凸表現を作っていけますが、デジタルなプリンターでの出力は、データの内容次第。印刷された印象はモニターともまた違うので、印刷の試行錯誤を繰り返し、たどり着いたものです」(PALOW.)
「マチエールをまさかのデジタルで。もともとタイキは筆致が特徴の作家で、細かく突き詰めて表現するタイプ。自分の強みを完凸(※)させることで、絵と表現方法をリンクさせています」(米山)
コミックアートやキャラクターグッズでおなじみのアクリルキーホルダー。ところが「ポケモンカードゲーム」『ポケットモンスター サン・ムーン』(TOKIYA 名義)のキャラクターデザインなどで知られるセブンゼルが作った作品は、90センチ×50センチもある、分厚く超巨大で、両手で抱えるほどのサイズ。これに、カラビナ(留め具のついたリング状の登山道具)にチェーンまでつく。
「セブンゼルは、メンバーの中でも1番アート志向が強く、かつ職人としての強みもすごい。人間の認識や当たり前な感覚を逆手に取るのが得意な作家です。アート的な考え方のひとつに、軸をずらして違和感をもたせる表現方法がありますが、アクリルキーホルダーの大きさをずらしたことで、グッズを展示作品にしてしまいました。こんなに大きいとか、どうしてこんな形なんだろうなどと考えていただける作品です」(PALOW.)
「展示は、セブンゼルが作っているマンガ作品のプチ展示会のようなブースになっていて、IP(知的財産)やコンテンツ自体を楽しめる空間になっています」(米山)
『バチカン奇跡調査官』のイメージボードや『クロヒョウ 龍が如く』のアニメーション原画・着彩、『龍が如く 絆』アートディレクションなどを手掛けてきた一才の作品は、横に長く並べて物語を見せていく絵巻物のようなスタイル。内容は、宮沢賢治の『よだかの星』を再解釈・再構成したものだという。
「一才は、和の雰囲気や物語のストーリーボードといった仕事をしていて、今回の展示は、和のイメージから想起したものを再解釈してモダナイズしたものです。本人談によると、昔の工芸作家が現代に現れ今の技術で物を作ったらという思想で作ったのだそうです」(PALOW.)
「とにかく横に長いんですよ。それが並んでいて、下に絵本がきます。物語と絵がリンクしていて、歩きながら楽しんで見ていくことができる仕様です」(米山)
『ソードアート・オンライン』『サクラクエスト』『結城友奈は勇者である』のキャラクター原案など、SSSのメンバーの中でも最多数のライトノベルの挿絵やゲーム、アニメのキャラクターデザインを手掛けてきたBUNBUNは、ベネチア・ビエンナーレ国際建築展「おたく:人格=空間=都市」(04年)で知れ渡った日本のオタクカルチャーの流れを再定義し、令和のオタク部屋を創出。パソコン、フィギュア、ライトノベルが並び、ポスターが貼られた空間の主役が、衣桁のような特殊な枠に飾られたキャラクターTシャツだ。
「オタクだったら服は着るより飾るでしょう、という自分の作品に対する愛を表現する装置。それを突き詰め体現したのが、この作品です。服は文化服装学院とコラボレーションし、パターンから作り、枠も専用に開発したものです」(PALOW.)
「Tシャツを飾る文化があるじゃないですか、額に入れたりして。それを再現した『飾るおタT2.0』です。着物をかけておく衣桁には、鑑賞や保管の意味もあるんですよね。楽しみ方の1つでもありますし、実物を見るとすごく欲しくなる。コレクトアイテムとして役割も分かって、面白いですよね」(米山)
オタク部屋から一転、観葉植物が置かれたインテリアカタログに登場するようなおしゃれな部屋に飾られているのが、米山舞の作品だ。
「イラストを飾ったり、楽しめる幅を広げたいと思って決めたテーマが『インテリア』。インテリアが好きなこともあるし、インテリアとしての作品を、物として作ろうと思いました。まず作ったのがディフューザー。それから刺しゅうが入ったタペストリー。そして、光るLEDを仕込んだ照明と、最後に、絵の順番を自分で入れ替えて楽しめる作品も作りました。絵を入れ替えて自分の好きなシーンにすることって、好きな場所を設定するみたいな行為で、インテリアみたいだなと。自分の生活を豊かにしたり、お客さまをもてなすような精神に、イラストを活用できないかなと思って、新しい飾り方や、新しい見え方を提示したかったんです」(米山)
「米山さんは、既存の物を更新することがめちゃくちゃうまいんです。オタク的感覚とおしゃれな感覚の両方を持ち合わせていて、オタクグッズであっても、そのセンスで、どんどん洗練されていきます」(PALOW.)
SFっぽい絵が、吸いつくような質感の木材と分厚いアクリルブロックにプリントされ、組み合わせや置き方を変えて楽しめる、玩具や工芸品のような存在を感じさせるのが、NAJI柳田の作品だ。SSS最年少で、ライトノベルのイラストや『LORD of VERMILION III』『三国志大戦TCG』などのイラストを手掛けてきた。
「NAJIは、アナログゲームやソフビ(ソフト塩化ビニールの略称)のような塊感があるフィギュアがすごい好きで、立体造形に対する実感も持っているデザイナーです。今回、自分の作家性に一番向き合って作品作りをしていて、素材そのものの頑丈さや重さに着目し、ブロックのように持って楽しめたり、並びや組み方を変えて見たり、物そのもののうれしさや存在感を堀り下げ、絵でもあるし立体物でもある作品になっています」(PALOW.)
「厚みのある木とアクリルを組み合わせた素材に絵を分割してプリントしていて、並びを変えると段差や奥行きができる、飛び出すパズルみたいな物になっています」(米山)
今回、一番大きなチャレンジをしているのが、PALOW.。何層もの繊細な切り絵を重ねた作品や、イラストの世界観から舞台衣装のような一点ものの美しいドレスを制作している。
「まず絵をコンセプトとして描き、その絵に合わせて、文化服装学院の方に服を作っていただいたんですよね」(米山氏)
「もともとファッションも好きなんですが、例えば洋服を1次創作として楽しむことは僕たちの業界ではあまりポピュラーではなく――コスプレは2次創作がメインで、オリジナルの洋服でコスプレというのはなかなか難しい。でも、絵の世界観から、キャラクターが生きている世界を想像したり楽しむことはできる。それと同じように、絵から洋服を作って、それがどんな文化か想像するのも楽しそうだなと。絵と一緒ならやりやすいのではないか。いろいろな楽しみの間をつなげて、両方とも同じようにいいと思える体験を作れないかというのが、僕の挑戦です。
なのでテーマは『All equal』=全て同じ。僕は、SSSの中でも最もいろいろなメディアや界隈を経験してきて、どの良さも感じてきました。音楽とアニメだったり、立体と平面だったり、洋服とイラスト、作る人と見る人。そうしたあらゆる物の間をつなぎ、どちら側からでも入ってこられる物を作りたい、という『All equal』です。
また、切った紙を重ねた切り絵のような作品は、『シン・ウルトラマン』などにも技術協力している3D技術研究やコンサルタントをやっているCGSLAB(東京・墨田)に協力していただいて、構造設計をシミュレーションしてもらっています」(PALOW.)