※日経エンタテインメント! 2022年7月号の記事を再構成
ゲームやアニメ・マンガから発展して、世界的に注目著しいコミックアート。同ジャンルをけん引するクリエーティブスタジオ「SSS by applibot(トリプルエス バイ アプリボット)」が、デジタルイラストの新たな可能性を体感できる展示会が開催中だ。
これまでのコミックアート展といえば、複製原画などの紙モノやキャラクターグッズがメイン。しかしこの展示会に並ぶのは、荘厳な宗教画か古典絵画のような凹凸のある筆致で描かれた額絵、キャラクターのコスプレではなく、オリジナルイラストの世界観から作られた舞台衣装のような美しいドレス、インテリアカタログのようなおしゃれ空間に溶け込むディフューザーや照明、刺繍を施したタペストリーまで、これまでのアニメ絵やIPの概念が覆る作品ばかり。そのため、「美術展」「絵画展」ではなくあえて「展示会」とうたっている。
SSSは、“「未知の価値」、つまり世の中に定義されていない新たな価値を見つけ出し世の中に示すために集まったクリエイティブ集団”(公式HPより)。ゲーム・アニメ・ライトノベルなどの様々な分野で活躍するクリエーター7名(セブンゼル、米山舞、NAJI 柳田、一才、PALOW.、BUNBUN、タイキ)が所属。既に著名なクライアントワークを手掛けてきた彼ら彼女らが、集団で創出する新たな「未知の価値」とはどのようなものなのか。
過去記事 米山舞 アニメの説得力、イラストに生かし世界で評価 でも紹介したように、米山舞はグローバルメイクアップブランド「KATE(ケイト)」のCM制作や、ロンドン サーチ・ギャラリー「START ART FAIR 2021」作品選出など、アニメーションの活躍からジャンルの幅を広げてきた。
躍動感や情感あふれる絵を、アクリルの厚みや透明感を生かしたUVプリントで出力するなど、最新技術を駆使した物作りで個展を展開。その根底には、「デジタルイラストの幅を広げたくて。物として出力することで、自分の生活を豊かにするためにイラストを活用したり、絵を飾ったり楽しむ文化が根付いてほしい」(米山)という、バーチャルな絵であっても、存在感のある“物”にすることで、生活の中に浸透させていきたいという思いがあった。
同じくSSSに所属し、「虫メカ少女シリーズ」やバーチャルシンガー「花譜」のキャラクターデザインなどで知られるPALOW.は、そうした展開を見て、デジタルイラストの新たな社会的価値をSSS全体でも打ち出したいと持ち掛けた。
それぞれの個展ではなくSSSの展示として成立させるには、各クリエーターが手掛けてきたクライアントワークとも、既存のアートとも異なる、さらなるチャレンジが必要だ。そのため各クリエーターに、自身の出自や文脈を踏まえた上で計画書を制作してもらい、意義や方向性をPALOW.が、素材やUVプリントなど技術面での実現性を米山舞が精査。試行錯誤を重ねて、各自のテーマや作品によって、協力企業やジャンルの異なる専門家たちとタッグを組むなど、かつてない作品作りに挑戦して完成したのが、前述したような、これまでのコミックアート展示会では見たことがないバラエティーに富んだプロダクトの数々というわけだ。
デジタルから様々な実体=“物”へ
最新技術を持った様々な企業やプロフェッショナルが協力しているのも、この展示会の大きな特徴の1つ。分厚いアクリルや木材などのUVプリントで、ほぼメンバー全員が何度も通ったのがFLAT LABOだ。企画段階から打ち合わせ、日本に2~3台しかない世界最高品質の大型UVプリンター「swiss Qprint Nyala 3」を駆使して、試作から本番までの作品作りに協力している。
「全面的に協力いただいたUVプリントのFLAT LABOさんには、置いてある見本を見てアイデアが浮かんだり技術提案をいただいたり、とても助けられました。出力技術も進化して、物としての実感や存在感を具現化できたと思います。
他にもたくさんの企業や個人の方にお話を伺って様々な提案をいただき、それでグレードアップしたパターンもあります。なので、この展示会を見て、こんなこともできると言ってくださると、さらに幅広い物作りができるのではないかと思います。
1点もののアートと異なるのは、デジタルだから複製できること。ぜひ、実物を見に来て体感してほしいです」(米山氏)
「この20年、デジタルイラストが主流になり、若い世代はスマートフォンでしか絵を見なかったりもしますが、僕たちメンバーは30代。アナログで絵を描き始め、デジタルの発達や素晴らしさを享受しながら、デジタルで失われたものも体感してきた世代です。アナログとデジタルの間をつなぐ橋渡しが、僕ら世代の1つの役目と感じています。
最新技術によって失ったものを取り戻して表現できる時代になり、デジタル絵を現実で見ても面白いということを伝えたい。そうした楽しみを「Re/arise」=再実感してもらうための展示会です」(PALOW.)
日本が世界に誇るコミックアート×物作りの最新技術が融合して新たな可能性を提示する、必見の展示会だ。
後編では、7人のアーティストの個別の作品を、PALOW.、米山の解説で見ていく。