※日経エンタテインメント! 2022年11月号の記事を再構成

2017年11月、カメラマンの幡野広志は多発性骨髄腫と診断された。血液のがんである。当時34歳。「医師には平均して3年の余命と言われた。がーん。」。翌年2月、「僕は癌(がん)になった。妻と子へのラブレター。」という連載が、子育て情報サイトでスタートした。その4年分に当たる48通の“ラブレター”を1冊にまとめたのが、本書である。

『ラブレター』
子育て情報サイト「ninaru ポッケ」で2018年2月から連載中の「僕は癌になった。妻と子へのラブレター。」。その第1回から22年2月の第48回までの手紙を、写真とともに収録。装丁は“手紙のような本”をコンセプトに、レターセットをイメージ。優しい手触りの紙を使った真っ白な表紙に、万年筆のインクを思わせる濃紺色の活版印刷も美しい。読み返すうちに手に馴染み、愛着が深まっていく。

ネコノス/2420円

 「毎回、その時々に思ったこと、普段妻と会話していることを肩に力を入れずに、はい、って軽く投げるような感じで書いてきました。読んでくださった方から『すごくよかった』と言われますが、自分ではあまり分からなくて」

 1通目の手紙で幡野は、「これは妻へのラブレターであり、遺書でもある」と書いている。妻へ、息子へ語りかけるようにつづられる柔らかな文章は感謝と、愛と、思いやりと、いたわりにあふれている。未来への思いの間に、時折不安も顔をのぞかせるが、悲壮さはどこにもない。

 「いいこと書いてやろう、みたいな気持ちが全くないので。ラブレターとか手紙というと、つい人はフルスイングで仕掛けようとしますが、あれ、どうしてなんですかね(笑)。普段振ってないとフルスイングしてしまうんですよね。バントで積み重ねていかないと。これは僕自身が経験したことでもあるんです」

 「病気のことをブログで公表した時大量に励まされたんですが、それがみんなフルスイングで、どれも外しちゃうんですよ。結局、『辛かったら泣いていいんだよ』みたいないくつかのパターンに収まるだけ。僕が死んだ後、今度は妻と息子が、このフルスイングに見舞われるわけです」

 コツコツと重ねた言葉は、広く深く心にしみ込んでいく。なかでも子育てに関する言葉には、はっとさせられる。

 「妻とも息子とも、会話することを心掛けています。ちゃんと言葉で説明する。そして自分で考えて決める。そういうことができないまま大人になっている人って、意外に多いんです。病気になると病人の知り合いが増えるんですが、そうすると『家族なのに分かってくれない』とか『治療法を自分で決められない』とか、よくあります。気持ちを伝えること、話を聞くこと、そのうえで、自分の意志で選択をしていくこと。そのことを、日常の会話によって、僕は息子に伝えていきたい」

優しい写真にも魅了される

 差し挟まれる息子・優くんの写真もいい。冒頭には新生児の優くん。連載当初の1歳半ごろから、「生きることの目標」だった七五三の写真まで、まぶしい成長の記録だ。

 「うちの子は美容院で髪を切っているんですが、先日帰ってきたらツーブロックになってて。自分でヘアカタログを見てオーダーしたんだそうです。衝撃でしたね。きたな、と思いました(笑)。シャンプーの後トリートメントもして、成長しました。小学校入学の写真も撮りたいです」

 幡野の写真のファンは多い。何か秘訣はあるのか問うと「スマホの写真の特性の逆をやっている」と答えた。

 「スマホは、暗いところは明るく、明るいところは過剰に暗くするんです。僕は、写真が本来とらえている光を大切にしています」

 周りのありように引っ張られずに人生の明るいところも暗いところも自分の眼で見て、自分がよいと思う形で表現する。生きることに宿る優しさと強さが、そこにはある。

幡野広志(はたの・ひろし)
1983年、東京都生まれ。2011年に写真家として独立。ほかの著書に「ぼくたちが選べなかったことを、選びなおすために。」「写真集」「ぼくが子どものころ、ほしかった親になる。」「なんで僕に聞くんだろう。」「他人の悩みごとはひとごと、自分の悩みごとはおおごと。」がある
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