※日経エンタテインメント! 2022年10月号の記事を再構成

「流浪の月」で2020年本屋大賞を受賞し、21年も「滅びの前のシャングリラ」が同賞にノミネートされた。凪良ゆうは今、全国の本好きがもっとも熱く推す作家である。今回、約2年ぶりとなる新作長編「汝、星のごとく」も、発売後即重版となり、あっという間に10万部を突破した。ファンから待望を通り越して渇望された作品について、凪良に聞いた。

『汝、星のごとく』
瀬戸内海に浮かぶ小さな島。高校生の暁海の父親は、1年前に家を出て、刺繍作家の女性と暮らしている。ある日、母親に頼まれて父を愛人宅に迎えに行くことになった暁海は、偶然会った同級生の櫂を気の重い訪問に付き合わせてしまう。互いの家庭の事情を話しあうなかで、心を寄せていく2人。一緒に島を出て東京で生きていこうと夢を抱くのだが――。苦しい恋、厳しい現実に光を与えるような、島や街の美しい風景描写も印象的。

講談社/1760円

 「久しぶりの新刊だったこともあり、発売前はすごく不安でした。書店員さんとの読書会イベントで皆さんから『すごく良かった』と言っていただいて、安堵と感謝で泣いてしまったほど(笑)」と凪良は語る。

 瀬戸内海の小さな島で育った暁海。その島に京都から母親と移り住んできた櫂。同じ高校に通う2人は、ともに家族に振り回され、周囲の詮索の目と噂話に傷つけられながら生きていた。互いの家の事情や悩み、夢を少しずつ打ち明けるうちに、暁海と櫂の心は深く通じ合い、強く求め合っていく。

 「恋愛小説を真正面から書きたかった。人の気持ちが一番濃く交わるのが恋愛だと思うし、それを描き出すために、小説はとても有利な手段ですから。ぐちゃぐちゃに絡み合う男女の心、そしてそれぞれの“言い分”もきちっと描こう、と。好きなのに、どうしようもなくすれ違っていく様子も、一方に肩入れすることなく、フェアに書いていきたかったんです」

 妻子を置いて愛人宅で暮らす父親も、息子そっちのけで男に溺れる母親も、禁じられた恋に身を投じた教師も。若さゆえの恋も、未来のない不倫も。ここに描かれた恋愛は正しいものではないけれど、精一杯で、きらめいている。

 「このお話に立派な人は誰も出てきません。でも、世間から見れば間違った生き方でも、それを全うしているのなら、他人がとやかく言うことではないと私は思っているんです」

 「フェアに書きたい、というのはそういう意味で、正しいとか正しくないとか、男だから女だから、大人だから子どもだからといった一方的な決めつけはしたくない。他人の生き方に対して『それは間違っている』と言えば言うほど、その言葉が自分自身の足元を削っていくことになると思うんです」

 正しくないかもしれないけれど、間違っているわけじゃないよ。大丈夫、生きたいように生きていいんだよ。そのメッセージは、生きづらさを抱える人たちを、優しく抱き止める。

 本作の軸は暁海と櫂の恋愛だが、同時に、閉鎖的な社会で古い価値観にまみれて育った暁海という1人の女性が、強くしなやかに自立していく成長の物語でもある。暁海を導くことになる女性が放った「自分の人生を生きることを、他の誰かに許されたいの?」という問いは、読む者の心を射る。

 「暁海がどんどん強くなる一方、櫂は優しいんですけど弱くて、主人公なのにかっこいいところがないから、読者に嫌われないか心配で(笑)。でも、それも男の人特有の魅力のような気もします」

 朝から晩まで誰にも会わずに小説を書き続ける生活を7~8年続けていたという凪良。本屋大賞受賞をきっかけに、「強制的に外に出る機会が増え、少しずつ人間界に近づいてきました」と笑う。

 「自分勝手なんですけど、私はきっと、自分のために小説を書いているんです。書くことで自分を知ることができる。『その生き方は間違ってないよ』と許されたいのは、私自身なのかもしれません」

 物語の終盤、島での日々から15年を経た2人の姿が切なく美しい。

 「2人の着地点、私はとても好きです。周りが見ている景色と、本人たちに見えている景色は違うんだよ、というのは、『流浪の月』ともリンクするテーマです。今回も物語の冒頭と最後で、読者の目の前にまったく違う景色が広がったらいいなと願っています」

(写真提供/講談社)
(写真提供/講談社)
凪良ゆう(なぎら・ゆう)
京都市在住。2006年にBL(ボーイズラブ)作品でデビュー。代表作に21年に連続テレビドラマ化された『美しい彼』シリーズなどがある。17年の非BL作品『神さまのビオトープ』で高い支持を得る。20年『流浪の月』で本屋大賞を受賞。「滅びの前のシャングリラ」も21年の本屋大賞にノミネートされた。『流浪の月』は22年に実写映画化
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