※日経エンタテインメント! 2022年9月号の記事を再構成
「ヤバい」――。深刻すぎて、そんな言葉しか出てこない。災害、貧困、虐待、事件などをテーマに取材・執筆活動を行う作家、石井光太氏の最新作は、教育に関する渾身のルポルタージュ。国語力を“殺す”というタイトルは、決して大げさではない。今、日本の子どもたちの国語力は、本当に“殺されて”いた。石井に本書を執筆した背景を聞いた。
文芸春秋/1760円
「社会的に困難な状況にある人たちを取材するなかで感じていたのが、言葉で考え、表現することができない人がとても多いということ。困った時に言葉が出なくてフリーズしてしまう。出たとしても、『ヤバい』『エグい』『わかんない』なんです」
「予期せぬ妊娠をした子が、周囲に相談することのないまま時間が過ぎ、結局1人で産んで殺してしまう、なんてニュースを聞いて、僕たちは『なぜそんなことに?』と思うけれど、彼らは現状や感情を言葉にする力を失っているから、問題を打開していくことができないんです」
そうした“言葉の力”、教育現場で言うところの“国語力”を、石井は「社会という荒波に向かって漕(こ)ぎだすのに必要な『心の船』だ」とする。「語彙という名の燃料で、情緒力、想像力、論理的思考をフル回転させ、適切な方向にコントロールする」のだ。
「非行や犯罪に至る子どもだけではありません。都内のごく普通の公立小学校で国語の授業を参観した時には、『ごんぎつね』のある場面を、多くの子がまったく読み取れていないことに衝撃を受けました」
「学校の先生たちも子どもの国語力の低下を実感しています。不登校、引きこもり、ネット依存など、社会からドロップアウトする子どもが激増している背景にも国語力の問題がある」
いい意味で“いいかげんな大人”に接する機会を
学校教育現場、不登校に対応するフリースクール、依存症回復支援施設、少年院など、どの場所でも子どもたちが口にする言葉はあまりに短く、稚拙で、投げやりで、読んでいて苦しくなる。
「今、国を動かしている人たちというのは、わざわざ勉強しなくても、日々の生活の中で国語力が養われるような家庭環境で育った人たちです。ネグレクトやDV家庭での会話なんて想像のつきようがない。言葉を理解できないのは彼らのせいではない。そういう構造をつくり上げてしまった、国の教育の仕組みの問題なんです」
持つ者と持たない者は似た境遇同士のコミュニティーで育ち、交わる機会がない。格差と分断も、国語力の低下を加速させていく。
「今の子どもは、いい意味で“いいかげんな大人”に接する機会がなくなっている。家庭環境や友人関係の中で価値観が固まるのは仕方がないことですが、そこで息苦しさを感じたときに、狭い世界ではぶつかるか、抑えつけられるかしかないわけです。だけど、違う価値観の大人がいれば、こういう考え方があるんだ、こんな生き方をしてもいいんだ、と抜け出していくことができる。まったく違う存在との出合いによって、初めて、その子の中に自発的に言葉が生まれてくると思うんです」
ルポルタージュというジャンルの面白さも、そこにあると言う。
「とにかく毎回、『え!?』の連続ですから。予期していなかった出来事や言葉に出合って、自分の価値観がひっくり返されていくのが楽しい。だからテーマを少しずつ変えていくんです。今回、教育が面白かったので、あと2、3回やってみたいと思っています」
読了し、大きすぎる課題にぼうぜんとするが、石井本人は「前向きなんで、何とかなるか、くらいな」と笑う。確かに、子どもたちに言葉を授ける方法は、本書でたくさん提示されている。あとは、私たち大人がやるだけなのだ。