※日経エンタテインメント! 2022年8月号の記事を再構成

ミステリー作家として着実に名声を高めている結城真一郎が送り出す新作が「#真相をお話しします」だ。斬新なテーマ設定が光る短編5編を収録。本人も「ミステリーという、たいていのネタは過去にやりつくされているジャンルの中で、完全に新しいものを狙うなら――。これは、先人には絶対に書けなかったミステリー作品です」と自信をみせる。

全編、翻弄されまくりの短編ミステリー5篇
家庭教師の派遣サービスで働く大学生が、面談に訪れた家族の異変に気づく「惨者面談」。マッチングアプリの闇を描く「ヤリモク」。精子提供によって思わぬ事態が起こる「パンドラ」。リモート飲み会の最中に事件が起こる「三角奸計」。子供が4人だけの島で「一緒にYouTuberにならない?」の一言から日常が瓦解し始める「#拡散希望」と、1文字も読み飛ばせない超どんでん返しミステリー短編5編を収録。

新潮社/1705円

 「#真相をお話しします」について、なぜ先人は書けなかったと断言できるのか。それは「ユーチューバー」「マッチングアプリ」「リモート飲み」といった、近年登場した(過去には物理的に存在しなかった)ガジェットやテーマを駆使した、非常に現代的な作品だからだ。

 「それによって、かつての世の中にはなかった、まったく新しい動機や、人間の行動心理を描き出すこともできるんじゃないかと。例えば迷惑系ユーチューバー。自らの犯罪行為を撮影してさらすという、10年前にはそんなことする人はいなかったけれど、今は、やる人がいて、見る人もいるわけです。この構造は現代ならでは。今しか書き得ないものです」

 「彼らの行動の動機は、突き詰めていけば承認欲求や金銭欲といった、人間が持つ根源的な欲求なのでしょうが、ユーチューブというフィルターを通すことで、それがあり得ない形で世に出てきた。そういう『歪み』や『ギャップ』を描きたいと思ったんです」

 収録された短編はどれも現代日本を生きる私たちにとっては身近な日常が舞台だ。しかしそれぞれの物語は冒頭から不穏な空気をはらんでいる。読者は「何かあるぞ」「何かが起こる(あるいはすでに起こっている)ぞ」と注意深く読み進めていくはずだ。が、最後の数ページで「ええっ!?」となる。必ずそうなる。それはもう悔しいほどに。

 「うれしい感想です(笑)。自分自身、読者としてミステリーを読む時にもっとも心が動く瞬間は、『そうだったのかー、気づかなかった!』の後の『悔しい!』なので。ユーチューブを見たり、リモートで友達と酒を飲んだり、そういう日常の延長線上に、こんな物語もあるかもしれないと。思いがけない角度から世界が広がっていくような読書体験をしていただけたら」

 なかでも日本推理作家協会賞短編部門を受賞した「#拡散希望」は、見事な伏線回収に2度読み3度読み必至だ。

 「どうしたら驚かせ、悔しがらせることができるか。読者の想定を超えていけるように、と願いつつ書き上げました。短編なので、普段本を読まないという人にも、動画を1本見る代わりに手に取ってもらえたらと思っています」

面白いと思うことを「思い付きで」

 エンターテインメント性あふれる作品で注目の新星だ。「作家になる」ことを意識するきっかけは「中高一貫の男子校時代、中3の卒業文集に原稿用紙600枚の小説を書いた」ことだという。

 「サッカー部員が高校進学への1枠をかけて殺し合う、というバトルロワイヤルで(笑)。登場人物はすべて実在の同級生。友人にもですが、保護者にも楽しんで読んでもらえて、『○○君が友達をかばって死ぬシーンは泣けたわ~』とか(笑)。僕の代はほかにも大作があったために、文集が前代未聞の分冊になったんですよ」

 「何をやってもいいよ、という環境で育ってきた」と振り返る。東大出身で現在も会社員と作家を兼ねる。小説を書くことは「最大限ワクワクすること」なのだそうだ。

 「その時々に自分が面白いと思うことを、言葉は悪いですが『思い付きでやっていい』というのが、自分の中にある。だからミステリーとはこうあるべきだという縛りも、ジャンルへのこだわりもありません。ただ他の人にはない、エッジの立った作品を生み出す作家でありたいと思っています」

 初体験の読み味が、クセになる。

結城真一郎(ゆうき・しんいちろう)
1991年、神奈川県生まれ。東京大学法学部在学中に、同級生の辻堂ゆめが作家デビューしたことに触発され、自身も夢を実現させるべく執筆を開始。2018年、「名もなき星の哀歌」で第5回新潮ミステリー大賞を受賞し、翌年同作でデビュー。20年の「プロジェクト・インソムニア」に続き、21年刊行の3冊目の長編「救国ゲーム」が、第22回本格ミステリ大賞の候補作に選出。(写真/鈴木芳果)
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