※日経エンタテインメント! 2022年7月号の記事を再構成
『お母さん』と『ママ』はまったく別のものだと、宙(そら)は思っていた。――昨年、『52ヘルツのクジラたち』で本屋大賞を受賞し大きな注目を集めた町田そのこの新作は、「育ててくれているママと、産んでくれたお母さん」を持っている女の子・宙の物語だ。家族の成長を描く同作について本人に聞いた。
「母と娘、は、自分の中で突き詰めたいと思っているテーマで、実際、これまでの作品でも子への虐待や離別を、娘の目線から書いてきました。でも、親の事情については、十分に書けてこなかったなという反省があって。毒親と言われる人たちにも、そこに至ることになった過去があるはずだと」
叔母である「ママ」風海に愛情いっぱいに育てられた宙は、小学校に上がるタイミングで、「お母さん」の花野と暮らすことになる。イラストレーターの花野は美しく才能にあふれた女性だが、宙が望む「普通のお母さん」にはほど遠く、2人は互いにその存在を求めながらも、傷つけ合ってしまう。痛い。悲しい。辛い。そんな母と娘の気持ちをつなげていくのが、花野の中学時代の後輩・佐伯の存在。商店街のビストロで働く彼は、傷ついた宙に食事を作り、求められるままに料理を教えていく。食卓をともにし、宙のレパートリーが増えていくにつれ、母と娘の関係性は、少しずつほぐれていく。
「どんなに悲しくても辛くても、明日のために食事を取る。ご飯を食べながら、人が成長していく。そういう小説を書きたかった。私自身、3人の子育て中の母親として、家族で食卓を囲むことの大切さはよく分かっていますから。と言っても、忙しいときは、子どもがご飯を食べてるのを見ながらお酒飲んでるだけなんですが(笑)」
宙と花野だけではない。風海も、佐伯も、宙に意地悪をした同級生の女の子も、それぞれに事情を抱えて苦しんでいる。そこに常にあるのは、夫婦、親子、兄弟姉妹といった、家族という呪縛だ。
「家族像の正解って、本当はないんですよね。理想の母親とか素晴らしい娘とか、私たちは自分にも相手にも完璧を望んでしまいますが、そんなのは無理。互いの未熟さに折り合いをつけながら、自分たちなりに家族の関係性を作っていくしかないんです。必ず、ともに成長していける。それを伝えることができたかなと思っています」
負い目から解放されて
「成長していける」というのは、町田自身が抱く実感でもある。
「私は、ずっと作家に憧れていたのですが、作家っていうのは頭のいい大学を出て、都会に住んでいないとなれないものだと思っていました。専門学校を出て田舎で主婦をしている私にはかなうはずもない夢だと。デビューしてからも、『自分の夢だからといって、子どもたちにいろいろと我慢を強いているのはどうなの?』という負い目がありました。家族の前でも胸を張っていられるようになったのって、作家として書き続けてこられたなと感じだしたこの2年くらいのことなんです。子どもたちは私の本を1行も読んでくれませんが(笑)、それでも、仕事をしているお母さんカッコいいよ、と言ってくれたり、私が小説を書くことに否定的だった実母が応援してくれるようになったり。私自身も、母や家族に『助けて!』って甘えられるようになったんです。不思議な感覚でした」
人は、家族は、いつからでも成長できるし、変わっていける。思いが込められたラストは、まぶしいほどの希望にあふれている。
「今回、すごく優しい物語が書けたと思っています。当社比で1番(笑)。実は、最初に原稿を上げてから完成まで2年ほどかかっているんです。ラストにたどり着くまで、すごく時間がかかりました。今、苦しんでいる人に、大丈夫だよと寄り添う、そんな作品になれていたらいいなと思います」
長編小説
小学館/1760円