※日経エンタテインメント! 2022年7月号の記事を再構成
映画『犬王』では、ドラマ『逃げるは恥だが役に立つ』や映画『罪の声』の脚本家・野木亜紀子が初めてアニメーションを手掛ける。もともとアニメは好きだが、アニメ脚本を書きたいとは思っていなかったという野木を動かしたのは、その座組だったという。
大事にしたのは原作へのリスペクト 巧みに物語を構築
お声掛けをいただいたときに、キャラクターデザインが松本大洋さんで監督が湯浅さんだとお聞きして「おっ!」と思いました。というのも、湯浅さんの『マインド・ゲーム』と『四畳半神話大系』を見てブルーレイを購入したぐらい、はまっていたんです。さらに松本大洋さんも、『STRAIGHT』という幻の絶版コミックスを持っているくらい大好きなんですね。すごく忙しい時期でしたが、この座組で断ったら絶対後悔するし、後で他の人が脚本を書いているのを見たら悔しくなりそうだなと思って、お引き受けしました。
あとはやっぱり原作が抜群に面白かったんです。ただ難しいのが、そのときに面白いと思った部分は言葉のリズムや古川先生独特の振り子のようなストーリーテリングの部分で、完全に小説、文字の面白さ。これをそのまま映画にするのは無理だろうなと。でも、話がシンプルで力強さのなかにいい意味での余白がある小説だったので、90分くらいの映画として作るのは楽しそうだなとも思いました。
現代との地続き感を意識
原作付きの映画を作る場合、通常は「どうはしょるか」という作業が多いのですが、この作品に関しては逆で、どう膨らませてストーリーラインを作っていくか、映画に耐えうるミステリーの導線をどう引くかを考えました。なぜ犬王は異形となったのか、友魚を失明させた剣を探させたのは誰なのか、謎の連続殺人事件は…といった要素を拾い、映画用に再構築して、ほかにも、古川先生が地の文で書かれている部分をどうセリフやストーリーに組み込んで立体的に見せていくかに力を入れました。
でもやっぱり、600年前の物語って遠いんですよね。分からないことも多いし、観客のみなさんも能自体にあまりなじみがないのかなと。そこで、冒頭は現代の琵琶法師の語りから始めました。今と地続き感を持たせることで、ファンタジーとはいえ物語をリアルに伝えられるのではないかなと考えました。
完成した映画にはとにかくびっくりしました(笑)。湯浅さんじゃなければ作れないというのが素直な感想ですね。語りや演目の部分は、脚本では「ここではこういう内容」という仮のセリフを書いているだけなんです。それを湯浅さんのオーダーで大友良英さんが音楽にして、アヴちゃんが独自の解釈で詞にして歌になっているのですが、私の中では原作から連想される雅だけどちょっとお祭りっぽいアップテンポの和楽器の音や映像のイメージだったんです。だから、まさかこんなにロックだとは…! しかも犬王がバレエを踊っていて。制作を進めるなかでも湯浅さんの想像力に驚かされることは多々ありましたが、奇をてらっているわけではなくナチュラルに当然のように作っているからこそのすごみ、これが鬼才といわれるゆえんなんだなと改めて感じました。
ミュージカルアニメーションとはなっていますが、心情を歌にするミュージカルではなくて、琵琶法師の語りや、猿楽能の演目としての歌であり音楽が存在している、音楽劇としてのミュージカルになっています。映像と音楽が一体になった湯浅アニメーションには、映画館でしか味わえない圧倒される謎の感動があるので、ミュージカルが苦手な方も見に来てほしいです。(談)