※日経エンタテインメント! 2022年7月号の記事を再構成
大胆に構築されたパースと独特なカメラワークによる演出、鮮やかな色使いによる奇想天外で斬新な映像表現。『四畳半神話大系』『ピンポン THE ANIMATION』『映像研には手を出すな!』など数々のヒット作を生み出し、国内外で多くのアニメ賞を受賞する鬼才・湯浅政明監督の最新映画『犬王』が公開中だ。
原作は古川日出男の『平家物語 犬王の巻』(河出文庫)。時は今から遡ること600年前の室町時代。猿楽(能楽)の一座に生まれた異形の子・犬王と、神器を見た天罰で盲目となった琵琶法師の友魚(ともな)は都で出会い、互いの才能を開花させながら、陰謀と野心が渦巻く乱世の世を唯一無二のパフォーマンスで上り詰めていく。ミステリーを紐解いていくかのような物語構成、荘厳な琵琶の音色と力強いロックサウンド、そして歌によって、誰も見たことがない圧巻のミュージカルアニメーションが展開する。
脚本はドラマ『逃げるは恥だが役に立つ』などを手掛けるヒットメーカーの野木亜紀子、音楽はロック、ジャズ、前衛音楽など幅広い音楽性を持つ大友良英(『あまちゃん』など)と実写の世界で引っ張りだこの面々。さらにキャラクター原案には『鉄コン筋クリート』『ピンポン』で知られる人気マンガ家の松本大洋という強力なクリエーター陣も話題だ。
湯浅監督によると、映画『犬王』は「室町時代のポップスターを描く」というプロデューサーの提案から始まったという。
新しい解釈で室町時代を描く
「原作を読ませてもらったら面白くて。ちょっと猟奇的で、犬王にかかった呪いが唄い舞うことで払拭されていくオカルト的な要素もありましたし、昔いたポップスターという存在が今現在我々が想像するより実はもっとポップな存在だった、というのを描いてみたいと思いました」(湯浅監督、以下同)(写真/藤本和史)
ポップスターとして描かれる犬王は、実在したものの歴史上あまり記述が残っていない謎の能楽師。だからこそ、「残らなかった理由を探ると同時に、驚くようなパフォーマンスを描きたい」と考えた。
「残っている数少ない確定したものだけから、昔を矮小化して想像するのはおかしいと思っていて、もっと肥沃でカラフルな昔を描きたかったんです。でもそんな型破りなことをやるためには逆に、烏帽子(えぼし)の被り方、真っ暗ななかの星空といった時代考証の描写は、これまでのドラマやアニメよりしっかりやりました。ドラマもエンタメ風でありながらしっかり描きつつ、音楽で飛躍してポップな感じにできればと」
音楽も舞台のアイデアも、根底には「今と変わらないものがあっても全然おかしくない」という考えがあったと言う。2人が紡ぎ出す新しい音楽は、和楽器などで当時の音楽を再現するのではなくロックでいこうと最初から決めていたそうだ。琵琶をエレキギターのようにかき鳴らす友魚と、大胆な仕掛けの舞台上でアクロバティックに動き、バレエなど様々なダンスを踊る犬王。加えて2人の歌声によって、完成した映像からはロックフェスのような狂騒があふれんばかりに伝わってくる。
「犬王と友魚、彼らの生き様のようなものがエネルギッシュに見えたほうがいいなと。すごい勢いで聴衆を巻き込んでのし上がっていく感じが、ビートルズが世の中に現れたときのようなイメージで。とにかく今の人が見ても違和感があるくらい何か新しいものが始まったと感じてもらうことが必要だったのと、力強い感じが欲しかったので、それはもうロックだろうと。舞台効果も客観的には言い訳を作りながらも、多分当時見た人にはこういうふうに見えたんじゃないかと飛躍して、光も火の灯りだけだけど、真っ暗ななかで照らせばこれくらい明るく見えたんじゃないかという感覚でやっています。基本的には失われた物語を拾う話なので、歴史認識も最大限に想像を広げて、考えうる限りの全てのことをしたという感じです」
映画は既に海外の映画祭でも高い評価を受けている。
「能も昔は動きが3倍速かったと言われ、サーカスじみたアクロバティックなパフォーマンスまであったようなんです。唄と舞でストーリーを演じるから“能はミュージカルである”と言われていて。この作品は音楽シーンが長く、それが面白さだとは思っていましたが、思ったより後半は本当にミュージカルのように歌ってストーリーを語るものになったので、歌詞にも耳を傾けてもらえると、より映画にも乗れるかなと思います」