※日経エンタテインメント! 2022年4月号の記事を再構成
「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり――」。鎌倉時代より800年以上にわたり語り継がれてきた軍記『平家物語』がテレビアニメ化。監督は、『けいおん!』『聲の形』などの山田尚子が務める。
小説家で劇作家の古川日出男が現代語訳し2016年に発表した版を原作に、平安時代の貴族、平家一門の栄枯盛衰をオリジナルキャラクターである琵琶法師の少女・びわを主人公に描いていく今作。1月にテレビ放送と他各種配信サービスでの配信がスタートすると(FODでは昨年9月より先行配信)、丁寧に描写される複雑に絡み合う人間模様と美しく透明感のある映像表現、そしてはかなく時に鋭く響く琵琶法師の音色が視聴者の心をつかみ注目度は急上昇。その反響について山田監督は、「普段アニメを見ない親戚や友達からも見ているよ、と連絡をもらいました。制作中は作業に夢中になっているので、手掛けているもののサイズ感みたいなものをふっと忘れてしまうのですが、改めて『平家物語』というタイトルの大きさを思い知りました」と話す。

新たな視点で描く『平家物語』
物語の舞台は平安時代末期。未来が見える目を持つびわは、亡者が見える目を持つ平重盛に出会ったことをきっかけに、重盛の屋敷で暮らし子息の維盛、資盛、清経と兄弟のように育っていく。武力と財力で太政大臣にまで上り詰めた平清盛を頂点に栄華を極める平家。しかし、滅亡への足音は確実に大きくなっていく――。
「みな、一生懸命に彼らの今を生きていく姿が描かれていきます。そのなかで、びわがいて、感じて、一歩ずつ自分の在り方を確かめていくのでしょう。(5話で)源氏の方々も登場してきました。この先も『平家物語』が語る、彼らの行く末を見届けていただけたら、と思います」(山田監督、以下同)
制作はサイエンスSARU。メインスタッフには、繊細な人物描写に定評があり山田監督作品には欠かせない脚本家の吉田玲子(『けいおん!』『聲の形』)、キャラクター原案にはマンガ家でアニメには今作が初の本格参戦となる高野文子、音楽は山田監督作品他、湯浅政明監督作品(『ピンポン THEANIMATION』など)でも手腕を発揮する牛尾憲輔。「とにかくみなさん筋金入りのプロフェッショナルです」と山田監督は絶大な信頼を置く。
「それぞれの持ち場は違いますが、みなさんに通じているのは、『つくる』ことに真っすぐな人たちだということです。想像力があって、真摯で、何より遊び心の大切さを知っている人たちなので、何をするにもワクワクしっぱなしでした。今回の『平家物語』は何か基になるビジュアルがあるわけではないので、みなさんとあれこれ言いながら、手探りで作品世界を構築していくことができて、とても充実感がありました」
奇しくも今年はNHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』で同時代から『平家物語』の後に訪れる鎌倉時代までが描かれるなど、日本の中世前期はエンタテインメント界でも注目を集めている。最後に改めて、『平家物語』の魅力を聞いた。
「いろいろな偶然が重なって、中世日本に興味が持てる入口がいくつもある年になりました。『平家物語』を知れたことによって、『鎌倉殿の13人』をとても立体的に楽しめそうで、自分にとっても素直にラッキーなことだと思っています。大人になってから、また勉強できて、興味の部屋が増えるというのはとてもうれしいことでした。この機会がなかったら、『平家物語』がこんなに情の深い物語だとは知らずにいたと思います。軍記物と、一口で言ってしまうにはそのディテールをざくっと削いでしまいそうでもったいない。確かにそこに人が生きていたんだ、という気づきをいただきました。時代が違えども、人の根っこの部分は今と変わらず、人の思いというものは、とても愛おしいものなのだと思い入りました」
貴族社会から源氏をはじめとした武士の台頭によって巻き起こる動乱の15年を静かに見つめるびわは、最後に何を語るのか。歴史監修や琵琶監修に専門家を入れ丁寧に紡がれる山田監督版・歴史絵巻から目が離せない。
【研究・『平家物語』の挑戦】
北米・中国・日本で放送より先に配信し、制作費とクオリティーを担保、話題にもしていく
山田尚子監督らアニメ界屈指のクリエーター陣による『平家物語』初のテレビアニメ化プロジェクトは、どのように始まったのか。「この作品をアニメ化したいと思った理由は大きく2つあります。まずは、古川日出男さんの現代語訳が、非常に音楽的であったこと。大勢の琵琶法師が何年も語り継ぎ、史実を超えている部分も含め、エンタテインメント化したものが1つの本にまとまっている。語り部たちの言葉が音として奏でられており、それを表現したいと感じました。そしてその時代に生きている手触りというか魅力が生々しく伝わってくる。音と映像に“解凍”したいと思った。そこが出発点です」(作品プロデューサーのアスミック・エース竹内文恵氏。以下同)。
そこで、竹内氏プロデュースの映画『犬王』(湯浅政明監督、初夏公開)の制作スタジオ、サイエンスSARUに相談。「音楽的で、時代ものだけど現代の私たちにもつながるような心情として深く描ける方ということで、山田尚子監督のお名前が挙がり、SARUのプロデューサー、チェ・ウニョンさんから監督に依頼をしました」。
製作のコアメンバーとして、まずアスミック、サイエンスSARU、そしてフジテレビの3社でタッグを組んだ。「時代劇、しかも古典そのもののアニメは今の潮流と大きく離れており、ある種“冒険”。アスミックはノイタミナ枠の立ち上げから6年間を担当しており、その時ご一緒していた(フジ)尾崎紀子プロデューサー、『四畳半神話大系』で演出を担当されたウニョンさんと、意思疎通しやすい。一緒に面白がってくれる2社さんと最初にご一緒できたのも良かったです」。
アニメ事業としての挑戦
また、『平家物語』はアニメ事業的にも、大きなチャレンジを試みている。実は本放送の1クール前、昨年の9月から北米の「Funimation」、中国「bilibili」、そして日本のFODと3つのプラットフォームで先行配信。その後、1月からテレビでの本放送、同時に日本はFOD以外の複数のプラットフォームでの配信も毎週更新。これは、通常のウィンドウとは真逆のやり方だ。
「ここ10年でアニメの作り方は大きく変わりました。従来の製作委員会方式ではテレビ放送、配信、パッケージ販売の順が主流ですが、パッケージの売り上げが冷え込み、配信、特に海外が上がってきてはいるものの、その減少分をカバーするにはまだ開きがあります。一方で、グローバルディール(Netflixなどの全世界型配信サービス)との制作費の開きは拡大。私たちはなんとかしてここを埋めなければいけません。そうしたなか、北米ベースのアニメプラットフォーム、中国、日本で核となる配信元を確保し、放送の1クール以上前に先行配信。そして国内の本放送の時点で、主要な複数の配信会社で見られるようにしました。
グローバルディールでの独占配信は制作費は高いですが1つのプラットフォームでしか配信できないため、今の日本では多くの人に行き渡らず、盛り上がらないまま放送が終わることも。しかし今回のやり方なら1プラットフォーム独占のグローバルディールと同じくらいの制作費を確保しつつ、先行配信を見た方たちの熱量をテレビシリーズにつなげ、本放送と複数の配信サービスで、毎週作品をあまねく見ていただけます。制作費もしっかりかけ、いい品質を担保しながら話題にもしていくことができないか。そうしたなかから編み出した方法ですが、フジテレビさんのご理解もあり、実現することができました」
そうしたアイデアを駆使し、1月の本放送時には大きな広がりを見せた『平家物語』。本誌発売時点で8話までが放送済み。いよいよエンディングが近づいてきた。「8話以降は、源氏チームもしっかり出てきて、また新たな展開も見られます。最終11話(3月23日放送)では、山田監督がBパート(後半)の絵コンテを担当。監督がこの物語で何を届けたいかが、五感を通じて、全て伝わってくる内容だと思います。なぜ当時の琵琶法師が、そして私たちも次の時代に語り継ぎたいと思ったのかを感じてもらえればと思います」。