7月17日から本多劇場(東京・下北沢)にて上演される『鎌塚氏、羽を伸ばす』で、初舞台に挑戦する21歳の櫻井海音。同作は気鋭の劇作家・倉持裕が手がける人気シリーズの第6弾で、三宅弘城演じる“完璧なる執事”鎌塚アカシが難事件を解決する、コメディタッチのミステリーだ。ヒロインである推理好きの令嬢・綿小路チタル役は、前シリーズから引き続き二階堂ふみ。櫻井は、綿小路家の庭師見習い・真鍋リョウスケを演じる。玉置孝匡、マキタスポーツ、西田尚美という個性豊かなベテラン俳優との共演に、当初は不安を感じたという櫻井。しかし本作出演の背景には思いがけない縁と、先輩からの期待が隠されていた。それを知った今、「やるしかない」と、根っからの負けず嫌いが燃えている。

櫻井海音(さくらい・かいと)
2001年4月13日生まれ。東京都出身。2019年に結成した4人組バンド、インナージャーニーのドラムス・Kaitoとして2020年3月に1st Digital Single「クリームソーダ」を配信リリース。同年には俳優としても活動を開始し、NHK連続テレビ小説『エール』やドラマ『ナイト・ドクター』、映画『嘘喰い』に出演

 オファーをいただいたのは1年くらい前なんですけど、話が進んでいくにつれ、二階堂さんが僕とやりたいと言ってくださったことを知りました。プロデューサーさんとのお話の中で、僕の名前を出してくださったみたいで。まさか、そんな風に言ってくださるとは思ってなかったですし、僕の何を見てそう思ってくださったのかは分からないんですけど、すごくやる気が出ました。期待してくださったことに応えなきゃいけないなっていう気持ちが湧いてきたんです。

 これまで舞台というものを全く見たことがなかったので、勉強のためにシリーズのDVDを見たり、友達の舞台を見に行ったりしています。右も左も分からない状態で初めて観劇に行ったんですけど、生の声で届くもの、見て響くものって、映像とはまた違うんだなって感じました。倉持さんとお会いしたときにも、映像と舞台との芝居の違いについてお聞きしたんです。そうしたら「根本的なものは一緒だ」っておっしゃっていて。その言葉を聞いて、僕はすごく安心したというか、今までやってきたことはゼロにならないんだ、よかったなって思いました。

 「舞台に立つ」という実感は正直、まだ湧いてないんです。だけど、本番が近付くにつれて現実味を帯びていっていますし、楽しみやわくわくが強くなっています。不安も大きいですけど、やるからにはやっぱり何かを届けなくちゃいけないと思いますし、その上で「楽しい舞台だったな」と思って終えたい。稽古でも皆さんとコミュニケーションを取りながら、面白い舞台を作れたらなって思っています。

 良いか悪いかは分からないんですけど、僕は損得で考えるところがあるんです。『鎌塚氏~』へのチャレンジも、今後の俳優人生を考えたときに絶対、メリットしかないって思いました。長く続いている、歴史あるシリーズに出ることで得られるものってすごく大きいだろうなって感じるんです。こうしたコメディ作品は初めてですけど、若いうちはたくさん作品に出させていただいて、いろんな役をやりたい。もっと、自分の可能性や引き出しを見つけたいです。新しい世界に飛び込むのは怖いですけど、失敗したら失敗したで、その時はまた考えればいいですし、死ぬことはない。「とにかく、やってみないことには」っていう気持ちのほうが大きいですね。いざ飛び込んでみればなんとかなる。何事もやってみて、続けていけば絶対に楽しくなりますし、面白さを見いだせたら成長していくし、成長したらまた、もっと面白くなるしっていう連鎖があると思うんです。

『未来への10カウント』の現場で学んだこと

――現在、連続ドラマ『未来への10カウント』(テレ朝系)にも出演中。本作の主人公は、生きる気力を失い、空虚な日々を過ごす元アマチュアボクシングのチャンピオン・桐沢祥吾(木村拓哉)。櫻井は、桐沢がコーチを務めることになったボクシング部の1年生・江戸川蓮を演じている。真面目だが、少々気弱な役どころだ。座長・木村拓哉が引っ張る現場には、程よい緊張感と優しさがあるという櫻井。楽しげに語りながら、「あんな大人になりたい」と目を輝かせた。

 台本をいただいた段階で面白かったですし、なんと言っても木村さんが主演なので、撮影していて本当に楽しいですね。ああいう方が、中心に立つ人なんだなって思います。座長としてというだけでなく、人間として本当にかっこいいですし、優しいし、完璧なんです。現場には程よい緊張感がありますけど、合間には木村さんが中心になって、リラックスした雰囲気でお話しすることもあります。でも、まだまだ緊張しますね。この間、満島ひかりさんが「海音くん、バンドをやっててドラムたたいてるんですよ」って木村さんにお話を振ってくださったんです。「はい、ドラムやってます」って言ったら木村さん、「僕もギターやってます」って(笑)。もちろん知ってましたけど、緊張しちゃって「あっ、はい……」しか言えず、それ以上、会話を膨らませることはできませんでした……。生徒役のみんなもすごくいい役者さんばかりで、仲良くなれて、楽しい現場です。

 僕は演じるとき、役のイメージをどれだけ膨らませられるかを大事にしています。別の人を演じるというよりは、自分の中に作ったイメージが役としてしゃべっている感覚。でも、役は自分だけのものじゃないので、柔軟に対応することは常に意識しています。監督とお話ししたり、演じたりしていく中で「そうじゃないよ」というときには、すぐに切り替えますね。

 芝居において、思考している時が一番楽しいんです。「こう動いた方が映りがいいかな」とか「視聴者に伝わりやすいかな」とか。役へのアプローチも含め、間の取り方やセリフのスピード、いろいろなことを「どうするのが一番いいかな」って、リハーサルで考えるのが楽しいんですよね。本番では、考えた通りになることもあれば、全く別物にはなったけど結果、良いものになることもある。そういう変化が起こるから、芝居は楽しいなって思うんです。

役者の道へと背中を押された意外な理由とは

――櫻井には、ドラマー・Kaitoというもう一つの顔がある。中学2年生の頃、「廃部寸前みたいな感じ」の軽音楽部でドラムと出合い、練習に明け暮れた。19年10月、バンド「インナージャーニー」を結成するも、翌年に新型コロナウイルスが流行。ライブもできず、思うように活動できなかった時期に、役者としてのオファーが来た。「できない自分がすごく嫌」だと、できるまでやり続けているうちに、いつのまにか演じることが楽しくなった。

 もともと役者志望ではなくて、コロナ禍でライブができなくなったタイミングで演技の仕事のオファーをいただいたのが始まりです。僕は止まっているのが嫌なので、ライブができないという状況に、ある意味背中を押されたところはあります。それと、「やってみたことができない」というのがすっごく嫌なんですよ。芝居も最初、全くできなくて、それが悔しくてやり続けたみたいなところがあります。そして、やるからには完璧に近付けたいし、負けたくない。僕、友達とゲームをしても、勝つまでやりますから(笑)。小さい勝負事であっても、絶対に負けたくないんです。意固地なんですよね。

 足立佳奈ちゃんのミュージックビデオ(足立佳奈&wacci『キミとなら』)や、SNSドラマの『水曜日22時だけの彼』に出た頃から、芝居に対する意識はガラっと変わりました。それまでは、楽しさみたいなものがまだ見いだせていなかったんです。でも、ミュージックビデオの頃から自分にフォーカスが当たることが多くなって、SNSドラマでは主演みたいな形でやらせていただきました。自分が中心となってやる経験を通して、責任感が芽生えたんだと思います。それから、芝居の楽しさや面白さは常に感じていますね。

――なりたい自分を常に考え、そこに向かって行動することが日々のモチベーションだという櫻井。目標は明確で、かなえたい時期まで設定している。俯瞰(ふかん)的な視点、長いスパンで自分を見つめつつも、目の前のことに精いっぱい取り組む。そうして着実に、選んだ道を夢へとつなげてきた。

 僕は小さい頃から、逆算して考えるのが好きなんです。「こうなりたいから、今はこれをしなきゃいけないな」というのが、割とすぐに出てくる。そうやって考えるのが楽しいし、イメージしたことは、割とその通りになってきました。たとえば、「バンドで飯食っていきたい」というイメージを持ったときに、「じゃあ今、何が必要か?」と考えて、音楽の先生の知り合いのサポートをやったり、縁をつなげてもらったりっていうことを学生の頃からやってました。自分で選んだ道が、どんどんつながっていく感覚はありますね。だけど、なあなあでやっていては何も生まれないと思うので、一つ一つにきちんと向き合うことは大事だと思っています。

 「なりたい自分」の最短の目標を言えば、主演を張れるようになること。25歳までには絶対、その位置にはいたいですね。一番、良い時期だと思うので。「こういう作品をやりたい」っていうのは、主演をやれるようになってから言えることだと思うので、それまではどんな作品に対しても「一生懸命やる」っていうスタンスは変わらないです。

――多忙な中での取材にもかかわらず、「話すの大好きです」と笑顔を見せてくれた櫻井。最後に、最近ハマっているエンタメを尋ねると「本当に何でもいいんですか?」と、ある番組の名前を挙げた。

 『かまいたちの掟』(TSKさんいん中央テレビ)というローカルバラエティが大好きで、ずっと見ています。ただただ街ブラロケをする番組なんですけど、それが面白いんですよね。僕は芸人さんの中でかまいたちさんが一番好きなんですけど、中でもこの番組は、お2人の良さが出ている気がします。

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(写真/佐賀章広、ヘアメイク/高草木剛(VANITES)、スタイリスト/藤井晶子)

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