※日経エンタテインメント! 2022年3月号の記事を再構成
国民的ヒット曲『うっせぇわ』で、いまや誰もが知る存在となったAdo。ルーツには、ディズニー、ニコ動、『ラブライブ!』など多彩なエンタメがあった。
――2020年10月のデビューシングル『うっせぇわ』がメガヒットとなった歌い手、Ado。19歳にして瞬く間にJ-POPシーンのトップランナーへと躍り出た彼女は、その後リリースしたシングル曲『ギラギラ』や『踊』も、ストリーミング1億回超えを記録。映画『かぐや様は告らせたい~天才たちの恋愛頭脳戦~ ファイナル』の挿入歌『会いたくて』や、ドラマ『ドクターX ~外科医・大門未知子~』の主題歌『阿修羅ちゃん』も担当した。
パンチの利いたパワフルな歌いまわしから繊細なファルセットまで、声色を巧みに使い分ける彼女の豊かな表現力は、幼少期より王道のエンタテインメントから尖った作品までを大量に見聞きしてきたことで培われてきたようだ。
幼い頃からディズニー作品をたくさん見てきたことは、自身の歌唱に大きく影響していると思います。歌の表現としては、悪役のヴィランに引かれることのほうが多いですね。映画①『プリンセスと魔法のキス』のドクター・ファシリエは、キャラクターも歌もかっこよくて大好き。ちょっと意地悪そうな歌い方を、自分の歌い方に取り入れたりすることもあります。
ディズニーのプリンセス作品のなかでも、映画②『魔法にかけられて』は特にお気に入りです。アニメーションの世界に生きていたプリンセスが突如、現実世界のニューヨークに迷い込む。すると、動物と話したり急に歌い出すといった、ディズニープリンセスに許されていたことが全部通用しなくなる(笑)。ディズニー作品を見てきた人ほど、そのギャップが楽しめると思います。ディズニーの作品は、基本的に幸せな気持ちになれるのがいいですね。落ち込んでいるときはもちろん、気分が上がっているときに見ても、さらに幸せな気持ちにしてもらえる。それに、見ると幼い頃の自分に戻れる感じがして…。現実と向き合っていても、いい意味でファンタジー心を忘れないでいられます。
私の土台になっているという点では、「ニコニコ動画」もそうです。コメントの感じや歌い手さん、ボカロ、動画などを含めてニコニコ動画そのものが大好きで、小学生の頃から夢中になって見ていました。「歌ってみた」で尊敬する歌い手さんに触れたり、halyosyさんの『Blessing(ブレッシング)』のような合唱にときめきました。りぶさんと伊東歌詞太郎さんが合唱した、えるりりさんの③『神のまにまに』は日本の祭りというよりニコニコ動画ならではのお祭り感があってハチャメチャに好きでした(笑)。
①『プリンセスと魔法のキス』(2010年)
レストランを開くため奮闘する主人公・ティアナの前に、カエルに姿を変えられた王子が現れるというディズニーの長編アニメーション。監督は『アラジン』や『リトル・マーメイド』を手掛けたマスカーとクレメンツ。主人公・ティアナの声を、アカデミー受賞作『ドリームガールズ』のアニカ・ノニ・ローズが担当。
②『魔法にかけられて』(2008年)
アニメの世界で幸せに暮らしていたプリンセスが、王子との結婚式当日に魔法で現代のニューヨークに放り出される…というアニメーションと実写が入り混じったディズニー作品。監督は『ターザン』『102』のケヴィン・リマ。実写シーンを演じたエイミー・アダムスは、当時33歳でプリンセスを射止めたと話題に。
③『神のまにまに』れるりり(2014年)
すとぷりなどに楽曲を提供する人気ボカロP・れるりりが、14年に発表した、ボーカロイドの初音ミク、鏡音リン、GUMIのオリジナル楽曲。天照大神が素戔嗚尊に怒り、天の岩屋戸に隠れ天地が真っ暗になったという、日本神話が楽曲のモチーフ。イラストを一ノ瀬雪乃、動画はまきのせなが担当。
ディズニーとニコ動が土台
尊敬する歌い手さんはたくさんいらっしゃいます。りぶさんもその1人です。15年2月から17年10月までの間、投稿を休んでいたので、再び戻ってきてくださったときは友達と歓喜しました。りぶさんのアルバムにも収録されている④『秘密遊戯』を聴いたときは、かわいらしい歌い方もする方なんだなと驚きました。表現力がとどまることを知らない、ずっと聴きたくなる方ですし、刺激をいただいています。
ボーカロイドもかけがえのないものです。初音ミクや鏡音リンといった、シンガー自身が大好きで、楽曲はもちろん、ボカロ同士がしゃべったりする動画、二次創作もハマりました。フリーソフト「MikuMikuDance」、略してMMDを使うと、キャラクターを簡単に踊らせたりできますし。MMDでよく見ていたのは、初音ミクと亞北ネルが、ローラースケートで架空の街中を追いかけっこする、その名も⑤『追いかけっこ!』という作品ですね。ボカロ曲に関してはカラオケでもたくさん歌いました。ryoさんが手掛けた⑥『ODDS&ENDS』は、初音ミクとボカロを使う人の関係を描いたボカロの魅力が詰まった楽曲で、切なさも感じるところが特別だなと思います。
作品単体でハマったのは、⑦『カゲロウプロジェクト』です。最初は曲が気になったのがきっかけだったんですが、キャラクターたちが描かれているビジュアルがあると知って。「自分が知らないところで放送してるアニメなのかな?」と調べてみたら、ボカロPのじんさんが個人でやっていることを知って。1人が創った世界が広がって、そこからアニメ化に至ったことに胸が熱くなりました。当時はまだ小学生、12歳で、自分よりも少しお兄さんやお姉さんたちの夏の物語という設定も刺さりました。現実に非現実が組み込まれている感じが好きで、日常の近くにあるようでワクワクしていました。あの頃は、いろんなボカロPの方がプロジェクトを手掛けていた記憶がありますが、そのなかで、『カゲロウプロジェクト』は私の“厨二病”心をくすぐるというか。今はもうみんな私より年下になっちゃいましたが(笑)。
アニメの⑧『Charlotte』も、カゲロウプロジェクトに通じるような、日常に潜む非現実という設定に引かれました。普通の高校生に備わる不完全な特殊能力や、ちょっと近未来的な感じが厨二心に刺さります。近未来の設定の作品の中には、街並みも近未来的な作画になっていることもありますが、この作品は現代の日本の街のなかに、アニメのキャラクターがいる。そこがいいんですよね。
一方で、『ラブライブ!』は、ボカロやカゲロウプロジェクトとはまた別軸のキラキラとした青春で、私のアイドルです。中学の半分は『ラブライブ』、特に園田海未ちゃんに捧げたと言っていいくらい(笑)。ロングヘアですらりとして、クールだけどちょっとポンコツなところもある海未ちゃんが私の嗜好にドンピシャ。私のアイコンにしているビジュアルも、海未ちゃんの影響が絶大です。曲も好きで、よく友達とカラオケで歌っていましたね。劇場版に出てくる⑨『Angelic Angel』は、9人が初めてアメリカで歌った曲。衣装も和のテイストで、楽曲も脳内に流れやすい。カラオケでは画面に海未ちゃんが出てくるたびに叫んでいました(笑)。
④『秘密遊戯』りぶ(2014年)
元は12年に、ボカロPのTaskがボーカロイドのGUMIに作ったオリジナル楽曲。それを同年、人気の男性歌い手・りぶが歌唱。14年にリリースされたりぶのアルバム『Riboot』や、りぶの活動10年の歴史を詰め込んだ21年11月発売のアルバム『MYLIST』に収録する。
⑤『追いかけっこ!』(2012年)
3DCG制作ソフト『MikuMikuDance』(MMD)を使って、エコデレが12年に二次創作した短編映像作品。初音ミクと亞北ネルがローラースケートで街中を競争する内容で、ニコニコ動画などで見ることができる。BGMには、インストバンドPE'Zの『さらば愛しきストレンジャー』が使用されている。
⑥『ODDS&ENDS』ryo(2012年)
クリエイター集団、supercellとしても活動するコンポーザーのryoが制作した楽曲で、歌唱はボーカロイドの初音ミク。本作品は、ボカロPのじんとのスプリットシングル『ODDS&ENDS/Sky of Beginning』として12年8月にリリースされている。オリコン週間チャート14位を記録した。
⑦『カゲロウプロジェクト』(2011年~)
ボカロPのじん(自然の敵P)が、11年よりスタートさせたマルチメディアプロジェクト。同年にニコニコ動画で楽曲『人造エネミー』を発表。2曲目『メカクシコード』からは、しづが動画のイラストを担当。12年3月からは、じん自らが執筆した小説や、原作を手がけた漫画も展開。14年にはテレビアニメも。
⑧『Charlotte』(2015年)
原作・脚本はゲームシナリオライターでマルチクリエーターの麻枝准。監督は浅井義之。高校1年生の主人公・乙坂有宇(声:内山昂輝)をはじめ、登場するキャラクターは思春期に不完全な特殊能力が発症してしまった者たち。葛藤を抱えながらも成長する近未来的青春学園ストーリー。
⑨『Angelic Angel』μ's(2015年)
スクールアイドルユニット「μ' s(ミューズ)」の活躍を描いたアニメ作品『ラブライブ!』。15年公開の映画『ラブライブ!The School idol Movie』の劇中歌で、スライドギターの音色が郷愁感を誘うロックチューン。同年7月発売のシングル『Angelic Angel /Hello,星を数えて』に収録する。
――どこか陰のあるたたずまいながら、ポピュラリティーも併せ持つAdo。その不思議なバランスは、彼女が通ってきた振り幅の広いエンタテインメント的ルーツと地続きなのだろう。1月26日にリリースした1stフルアルバム『狂言』では、歌い手としての表現力により一層磨きがかかっている。そして、4月4日には初ライブ「喜劇」をZepp DiverCityで行った。
歌い手として、ボカロPの方々に楽曲制作をお願いしたいという思いは初めから明確でしたし、念願かなって尊敬するボカロPの皆さんに楽曲を提供していただくことができました。「それぞれのボカロPさんが好きな方にも楽しんでいただけるアルバムにしたい」と思いながら制作しました。また、私自身も歌い手として活動を始めて6年目になるので、このアルバムはこれまでの集大成でもあるなと感じています。
初めてデモをもらったときに驚いたのは、柊キライさんの『ラッキー・ブルート』。アルバムの中でいい意味で異彩を放った曲ですし、キライさんの楽曲群の中でも特別に尖がった曲をいただけたかなと。ずんと重低音が鳴り響いているサウンドや、歌詞も言語が崩壊したのかなと思うような特別な作品を作っていただけたので、歌うのが楽しみになりました。レコーディングでは、言葉でメッセージなどを伝えるというより、言葉を遊ぶ感覚を大事にしました。それを歌で表すために、自分の声を遊ばせてみようと思ったんです。聴いている人が不安定な感覚になるように、コロコロと声色を変えることを心掛けました。これまでに、いろんな歌い方に挑戦してきたことが生きたと思います。
まふまふ提供楽曲に感慨
尊敬するまふまふさんに、ドラマ『ドクターホワイト』(フジ系)主題歌『心という名の不可解』を書き下ろしていただけたことも光栄です。ドラマの世界観に寄り添い、Adoの楽曲でありながら、まふまふさんの世界観がしっかりと表現されているのはさすがだなと思いましたし、感慨深いものがあります。⑩『ショパンと氷の白鍵』が昔から大好きなので、その中に入っているエレピのような音を今回入れていただけたのもうれしかったです。
アルバムのタイトルは『狂言』で、ライブを『喜劇』と名付けたのは、アルバムとライブをひっくるめた世界観に引き込みたいと思ったからです。12歳の時に、自分も他の歌い手さんみたいにアルバムを出したり、ライブがしたいと思っていました。なので、アルバムを作っているときは夢を形にする途中であり、ライブをすることはまさに願いがかなうときでもあります。高校2年生の時、歌い手として活動を始めた1月10日に、「Zepp DiverCityで、18歳までにライブをする」と宣言したんです。あのときは、無謀な夢だなと思っていましたが、実現できなかった理由が、まさか未知のウイルスとは…想像を超えた理由でした。その夢もやっと実現できます。これを皮切りに、リアルイベントをもっとやっていきたいなと思っています。
⑩『ショパンと氷の白鍵』まふまふ(2015年)
10年よりニコニコ動画などに“歌ってみた”動画を投稿して活動を始め、12年からは自作のオリジナル曲も公開している、まふまふ。15年に制作した『ショパンと氷の発見』は、デビュー作以来となる初音ミクを使ったボカロ曲で、ピアノの白鍵音をメインとする旋律で構成した楽曲となっている。