スーパードライ 大勝負 第1回

3月17日は、アサヒビール社員にとって特別な日だ。アサヒが誇る、日本最強ブランド「スーパードライ」の誕生日。生まれて36年目の初日、スーパードライは初めてのフルリニューアルに挑む。なぜ“聖域”に踏み込んだのか。味、パッケージ、ブランド、何を変えて何を残すのか。プロジェクト名「SD2.0」。関係者の証言から、アサヒビールの苦闘の1年半を浮き彫りにしていく。

 アサヒビールの背中を最後に押したのは、あるキャンペーンだった。

 今から約1年半前。2020年10月は、ビール各社にとって非常に重要な月とされていた。酒税の変更によってビールの税率が下がり、第3のビールの税率は逆に上がる。段階的にビール、発泡酒、第3のビール(新ジャンル)、いわゆる“ビ発新”の税率の差が縮まり、26年に一本化。ビールに追い風が吹く。裏を返せば各社ビールの看板ブランドを売り伸ばすため、失敗が許されない月でもあった。

 アサヒビールは当然の如く、同社のビールで売り上げの9割強を占めるスーパードライの拡販を目論(もくろ)む。同10月2日から、「アサヒスーパードライ 史上最高のうまさ実感キャンペーン」と銘打ち、商品、広告、販促、店頭を連動させた訴求を行った。

 しかし、この商戦で成果を示したのは、ライバルのキリンビールだった。同月6日にビール初となる糖質ゼロの「一番搾り 糖質ゼロ」を発売し、一番搾りブランドの10月シェアは前月の16.5%から7ポイント以上アップ。スーパードライは9月のシェア38.8%から2.5ポイント落とす結果に終わった(日経POS調べ・金額ベース)。

 ただ実は、この前からすでに大きくシナリオは崩れていた。新型コロナウイルス感染症拡大により、20年の東京五輪は延期に。ゴールドパートナーだったアサヒビールは、スーパードライを東京五輪のオフィシャルビールに据えていた。五輪を追い風にスーパードライを内外に大きくアピールし、その余勢を駆って10月になだれ込む目算だった。この点に関しては不運としか言いようがない。

 では仮に、東京五輪が予定通り開催されそのまま10月に突入していたら、結果は変わり、キャンペーンは大成功に終わっていたのだろうか。アサヒビール ビールマーケティング部ブランドマネージャーの中島健氏はこう語る。「同じような結果ではなかったと思う。でも、劇的な変化には至らなかったのではないか」

20年10月に行った「史上最高のうまさ実感キャンペーン」。新機軸を打ち出したキリン「一番搾り」ブランドに対して、「スーパードライ」は苦しんだ
20年10月に行った「史上最高のうまさ実感キャンペーン」。新機軸を打ち出したキリン「一番搾り」ブランドに対して、「スーパードライ」は苦しんだ
アサヒビール ビールマーケティング部ブランドマネージャーの中島健氏。スーパードライブランドを統括する
アサヒビール ビールマーケティング部ブランドマネージャーの中島健氏。スーパードライブランドを統括する

 アサヒが行ったキャンペーンは前述の通り、「史上最高のうまさ」をうたったもの。リリースには、「素材や優良酵母のさらなる厳選、酸化を防ぐ取り組みや工場特性に合わせた醸造技術の最適化などあらゆる工程で改善に取り組んだ結果、本年当社の専門パネリストによる官能評価において過去最高の評価を獲得し、“スーパードライの史上最高のうまさ”を実現しました」とある。

 パネリストとは、特別な訓練を積み官能試験を突破した、アサヒが誇る約80人からなる味覚のスペシャリストとのことだ。もちろん厳しい官能試験なのであろうが、つまりは自社の商品を自社で検査し、自社で最高と評価している図式。「糖質ゼロ」という新たな武器で、明確な機能価値を前面に打ち出したキリンに対し、“徒手空拳”だった感は否めない。「キャンペーンでうたったことはすべて事実。でも本当にお客様のことを見ていたのか、どうだったんだろうなとは思う」と、酒類技術研究所 技術第一部 部長の岡本高樹氏は吐露する。

右肩下がりの「日本最強ブランド」

 たった1商品でシェアをひっくり返し、低迷する会社を救った奇跡のビール。その栄光の軌跡については特集第2回で触れるが、そんなガリバーブランドも、2000年を境に売り上げはほぼ右肩下がりとなっていた。

「スーパードライ」売り上げ推移
売り上げ推移

 他社ブランドに抜かれたわけではない。むしろ、今なお圧倒的な売り上げボリュームと影響力を持つ巨大ブランドであり続けている。以下は、調査会社インテージによる20年12月~21年11月の、全消費財販売規模ランキングだ。他社ブランドの名前は伏せるが、ビール類でトップなのはもちろんのこと、2位以下にはコーヒー、茶系飲料、加工食品、スキンケア、洗剤など、コンビニやスーパーに置かれ、誰もが思いつくナショナルブランドが並んでいる。販売金額も2位以下とは圧倒的な差だ。

全消費財 販売規模ランキング
全消費財 販売規模ランキング 出典:インテージSRI 2020年12月~21年11月 対象品目:アルコール(大容量含む)・飲料・食品(主食・加工食品・調味料・嗜好品)・化粧品・家庭用品(ヘアケア含む)
出典:インテージSRI 2020年12月~21年11月 対象品目:アルコール(大容量含む)・飲料・食品(主食・加工食品・調味料・嗜好品)・化粧品・家庭用品(ヘアケア含む)

 いまだ“日本最強ブランド”でありながら、売り上げ減に歯止めをかけることができない。発泡酒や第3のビールによる低価格化、若者のビール離れ、ハイボールやレモンサワーなどアルコールの多様化……、その理由を外的要因に求めるのは簡単だ。だがアサヒは、もっと根源的な問題に気づいていた。中島氏が代弁する。「端的に言って、ブランドが老朽化していた」

 商戦開始から2カ月後の12月、アサヒは外部コンサルへ相談を持ち掛けた。税率の変更は3回にわたって行われる。23年、26年とあと2回のチャンスがあり、そのタイミングでの負けはもう許されない。「10月のキャンペーンの失敗は、単なる負けではない」。かつてない危機感が、アサヒを突き動かした。どのようにプロジェクトが進められたのか、順を追って紹介していく。

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