過熱するロレックス人気が生み出した「ロレックスマラソン」。高級腕時計を買い求めるために何度も正規品販売店に通うそのさまは、過酷な試練に耐える修行僧のようだ。熱狂の中にあるロレックスの販売最前線で何が起きているのか?

世界的な人気を誇る高級腕時計、ロレックス。需要に対して過剰な供給不足が生じている
世界的な人気を誇る高級腕時計、ロレックス。需要に対して過剰な供給不足が生じている

 「ロレックスマラソン」という言葉を耳にしたことはあるだろうか。ロレックスはスイスの高級腕時計として非常に有名かつ人気のブランドで、購入するために何度もロレックス正規品販売店に通う必要があることからつけられた造語である。中にはレアモデルを購入するために数年間もロレックスマラソンを続けている人もざらにいる。

 ではなぜ、腕時計を購入するために何度も店を訪問しなければならないのか。端的に言えば、需要に対して供給がまったく追い付いていないからだ。ツイッターなどのSNS(交流サイト)で「ロレックスマラソン」と検索すると、数多くのマラソン結果が日々投稿されており、その人気ぶりがよく分かる。

筆者の私はロレックスマラソンの“完走者”。ロレックスの中で最も人気が高い「コスモグラフ デイトナ」(写真)を含め、複数のレアモデルを所有している
筆者の私はロレックスマラソンの“完走者”。ロレックスの中で最も人気が高い「コスモグラフ デイトナ」(写真)を含め、複数のレアモデルを所有している

 ロレックスは世界の時計市場で売り上げNo.1を誇り、米モルガン・スタンレーの調査によると2021年は80億スイスフラン(約1.2兆円)に上る。売上本数も105万本と推定されており、世界第3位の水準。つまり生産量が少ないわけではないのに、品薄の状況が続いているのだ。

 ただし、正確には品薄という表現は不適切だろう。というのも正規品販売店のショーケースに腕時計が1本も並んでいないことがざらにあるからだ。

 また、もともと人気の高かったロレックスの需要をここまで押し上げるきっかけとなったのは新型コロナウイルス感染症(COVID-19)である。19年末に中国武漢市で第1例目の発症が報告されたコロナの世界的な広まりにより、ロレックスの製造ラインがストップしたことも、その希少性の高まりに拍車をかけた。

 さらに、各国での感染予防のための外出、渡航制限によりレジャー費などが余剰資金となり、経済の先行き不安も相まって現物資産であるロレックスへと向かった点も、ロレックス人気を過熱させる要因となっている。結果としてさらなる需要増を引き起こし、正規品販売店でロレックスを購入する難度が非常に高くなっているのが実情だ。

約180万円の丸もうけ

 これだけ正規品販売店での品薄が続くと必然的に起こるのが、2次流通市場における価格高騰だ。例えば、ロレックスの中で最も人気が高い「コスモグラフ デイトナ」ステンレススチールの定価は税込み180万円弱だ(23年5月時点)。仮にこのモデルを未使用のまま転売すると、2倍以上の価格で売れてしまう。つまり運良く正規品販売店でコスモグラフ デイトナを購入できさえすれば、180万円弱をいとも簡単に手にすることができてしまうわけだ。

 デイトナではない他のモデルでも定価の2倍以上で売れるモデルがいくつかあるが、ここでは割愛する。本当にロレックスが好きで購入したい人と、転売目的でロレックスが欲しい人たちによる争奪戦が正規品販売店では今まさに起きているのである。

カフェでレクチャーする転売屋

 ここで転売の実態に触れておく。転売屋は大きく分けて2種類存在している。個人で活動する転売屋と、組織的な転売屋だ。前者は正規品販売店でロレックスを購入すると、包装紙を開けることすらしないで並行輸入店に持ち込んで売ることから、通称「袋ダッシュ」と呼ばれる。一方、後者はロレックスマラソンをアルバイトに代行させる。割良くお金を稼ぎたい学生や主婦などをインターネット掲示板やSNSなどで募集し、正規品販売店を何度も訪問させるのだ。

 もちろん、正規品販売店スタッフとの会話の流れや購入すべきモデルの概要、過去の購入成功率から判断した指名すべきスタッフについてまで、転売屋が綿密に説明している。もし希望するモデルをスタッフから案内されたら一度外に出て、付近に待機している転売屋からお金を受け取ってロレックスの購入代金を店に支払う。そして腕時計を転売屋に渡し、事前に定められた成功報酬を手にするという流れである。

 東京、大阪、名古屋などロレックス正規品販売店が密集するエリアのカフェでは、転売屋がロレックスマラソン攻略方法をアルバイトにレクチャー。そうした場面の目撃談がSNSによく投稿されている。このような転売屋と“競争”しなければならないのもロレックスマラソンの大変なところで、デイトナのようなレア中のレアモデルの腕時計でなくても、正規品販売店を数百回訪問したのに買えない……という人はとても多い。

入荷数が月1本!?

 売り手であるロレックスは、そういった大きな転売益が出るような人気モデルに関してはコロナ前の19年から購入制限をかけている。具体的には購入制限対象のモデルについて同じ型番のものは5年間、異なる型番でも1年間は購入できない。また、公的な身分証明書も必要なので、もしこれからロレックスマラソンをしようという人がいたら絶対に忘れないようにしてほしい。

 ちなみに、購入制限対象モデルのようなレアモデルが毎月どの程度、正規品販売店に入荷しているのか、都内にある複数の正規品販売店スタッフに聞いてみたことがある。一番人気があるデイトナのステンレススチールは1店舗当たり平均して月に1本、他のレアモデルでも数本入るか入らないか、というレベルだった。

 1日の来店数は平日で300人、土日になると400人を超えることがざら、しかも来店者の8割以上はデイトナ目的とのこと。確率論だけでみても激しい戦いがそこにあることは間違いない。ロレックス正規品販売店は23年5月下旬時点で日本に57店舗あり、東京が14店舗と最も多く、大阪6店舗、名古屋3店舗、福岡3店舗といった規模で展開している。もし興味があれば、熱いロレックスマラソンが繰り広げられている現場に足を運んでみてほしい。

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(写真提供/ロイター/アフロ)

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