新潟・寺泊発の鮮魚小売りチェーン店、角上魚類が人気だ。駐車場が空くのを待つクルマで店の前にできる渋滞は、時にあのコストコを大きく上回るほどの盛況ぶり。角上魚類ホールディングス会長兼社長の栁下浩三(やぎしたこうぞう)氏に話を聞いた(注:栁下氏は現在の役職を23年3月末に退任し、同年4月、創業者兼名誉会長に就く予定)。
「日経トレンディ2023年5月号」の購入はこちら(Amazon)

――東京の日野店を訪れましたが、角上魚類は開店直後からすごい活気ですね。
栁下浩三氏(以下、栁下) おかげさまで23年3月期の売上高も前期をわずかながら上回る見込みで、実現すれば過去最高記録を更新することになります。特にこの3年間は新型コロナウイルスの影響で売り上げが跳ね上がった。コロナ禍に見舞われた直後、20年3月からの数カ月は売り上げが停滞したものの、同年5月ごろから各店で売り上げが急増し、そこから調子を落とすことなく現在に至ります。
――世の中は魚離れと言われて久しいですが、魚も、旺盛な内食需要の受け皿になった?
栁下 近年はコロナの影響による内食需要の盛り上がりが当社の業績を下支えしたのは確かですが、魚離れという言われ方に対して私は懐疑的です。日本人は魚がものすごく大好きだと考えていますから。魚の消費が減る傾向にあるのは、売る側の問題でしょう。食品スーパーは典型例で、お客によく売れる魚をちょうど売れる量だけ仕入れている。翌日に持ち越せば廃棄に回るのを防ぐためという言い分は分かりますが、そうした売り場は魚の種類が少なく、お客の目線ではいつ行っても変化がほとんど見られないことになります。
しかし魚には何百と種類があって、当社は市場で「どんな魅力的な魚が揚がったか」「値ごろ感があるのはどれか」と、お客に本当に喜ばれることを考え抜いている。毎日、その繰り返しです。角上魚類が目指すのは、お客に「魚屋さん」と親しみを込めて呼ばれる店。「今日はどんな魚があるかな」と足を運んでくれたお客に対して、売り場の魚や食べ方を説明したり、身下ろしして扱いやすくしたりして対応する。そうしていれば、もともと魚好きの日本人に魅力を感じてもらえると確信しています。
――規模を拡大する中で転機となったのは?
栁下 一番は1990年代前半ですね。新潟を拠点とする当社は92年に巨大商圏である関東に進出し、前橋市に出店しました。特に手応えを感じたのは93年にオープンした埼玉の川口店で、初めて訪れた新規客がそう時間をかけずに固定客となり、「角上魚類に行くと、いい魚が手ごろな価格で買える」と口コミも広がりました。それもあって、来店客はものすごく増えましたね。噂を聞きつけたほかのエリアからも出店を望む声が上がり、そうした要望に応えるかたちで南関東に店舗網を少しずつ広げていきました。
ーー駐車場の空きを待つクルマの行列は、「コストコ渋滞」ならぬ「角上魚類渋滞」ですね。そこまでの人気になったのはいつからですか。
栁下 20年ほど前からじわじわといった感じでしょうか。最初は全店ではありませんが、川口店のような大型店を中心にして、年末は店の前に駐車待ちの渋滞ができるようになりました。12月31日は早朝3時ごろから店を開けるようにしていますが、既にお客のクルマが列をつくってお待ちいただいている。そこまでしてわざわざ買いに来ていただけるのは本当にありがたいと思っています。今では週末も渋滞がしばしば起きるような状況です。
折り込みちらしは完全な無駄
――角上魚類の強みの源泉は鮮魚ですが、どうやって仕入れているのですか。
栁下 毎朝、東京・豊洲と新潟の市場に7人程度ずついる当社の鮮魚専門のバイヤーが電話でやり取りしながら、仕入れ内容を決めています。それぞれの水揚げ状況を共有し、買い付ける魚を次々に決めていくのです。
当然仕入れ計画はありますが、実際に仕入れる魚は、早朝、市場に行かないと分かりません。この仕入れや品ぞろえはバイヤー主導で進め、メインで売る魚はもちろん、販売価格や、店舗の規模・販売力に応じて送る量も決めます。「このサバの販売価格は1尾税込み150円」「A店には40箱、B店はもっと売れるはずだから50箱」といった具合です。販売価格には基準があり、仕入れ価格や歩留まりを踏まえて粗利(売上総利益)が30パーセント台半ば前後になるように設定します。
――安さは強みの一つですが、新聞の折り込みちらしは使っていませんね。
栁下 折り込みちらしは完全な無駄だと思っているので使いません。少なくともちらしでお客を集める店は、私がつくりたい店ではない。お客が店で鮮魚や総菜といった商品の質や価格を見て、その後に家で味わう。それら全部をまとめて評価してもらって、角上魚類にまた行こうと思っていただける店づくりに取り組んできました。特に味はやはり一番大事で、食べておいしければお客にまた来ていただける。担当者には「食べておいしいものだけを売ろう」と口酸っぱく指示しています。
ただ特売セールに関しては例外があります。月に1回、「角上の日」という感謝デーをつくりました。約10年前からの取り組みで、全店舗の商品が10パーセント引きになるサービスです(注:12月を除く。また対象外の商品も一部ある)。
阪神優勝記念セールは2億円超の赤字
――10パーセント引きは大盤振る舞いです。
栁下 毎回すごい反響で、店内は多くのお客で非常に混雑するほどの大盛況です。この角上の日の元をたどると、話は2003年にまで遡ります。私は大の阪神タイガースファンで、この年にタイガースが18年ぶりのリーグ優勝を果たしたのを記念して、半額セールを実施しました。実施日は店内で事前に告知しただけでしたが、半額セール当日は店内にお客が殺到。なにせ半額セールなので、5億円を売り上げましたが2億5000万円の大赤字でした。
その時、お客に「阪神が優勝したら、半額セールをまたやってくれますか」と聞かれたので、内心、「次の優勝は結構先になるだろう」と思いながら「はい、やります! タイガースを応援してください!」と答えてしまった。すると、2年後の05年にまたリーグ優勝(笑)。当然、約束は守りましたよ。またも大赤字でしたが、お客からの信頼を裏切るわけにはいきません。半額セールには懲りましたが、角上の日には愛用していただくお客に還元するという意味を込めています。
――かつては社内で「角上魚塾」の塾長として、鮮魚を販売する心得を社員に指導していたそうですね。
栁下 創業以降の販売経験で培ってきた考えを社内に広めるのが目的でした。例えば鮮魚対面コーナーでは、その日に特にお薦めしたい魚を右から2番目と3番目に並べるように指導しています。経験を積み重ねて、「お客目線に立つと、この場所が最も目に留まって、買いやすい」ということが感覚的に分かったからです。当日の主役となる魚をこの“表舞台”に置き、それ以外を周辺に広げていくという考えで、売り場をつくっています。
昔の鮮魚店は総じて陳列に対する配慮が欠けていました。質がいいものを並べておけば、黙っていても売れるという考えが根強い世界ですから。ただ、今の時代はその考えは通用しない。きれいに並べて見栄えも良くして、ようやくお客に買っていただける。恥ずかしながら角上魚類の各売り場も、かつては同系統の商品があちこちに置かれていたり、全く関係のない商品が並んでいたりと、並べ方がぐちゃぐちゃでした。私が1店ずつ回って指導して改善されるまでに、4~5年かかりましたね。
現在は、私の考えが現場に深く浸透していると感じています。これからも、「魚屋さん」としてお客に親しまれる存在であり続けてほしいと願っています。
角上魚類ホールディングス会長兼社長
(写真/尾関祐治、写真提供/角上魚類ホールディングス)