
デジタルサイネージは、屋外や電車内、小売店舗内のように多くの人が目にする場だけに設置されているわけではない。デジタルサイネージが新たに進出し始めた場の一つが、エレベーターだ。エレベーター内デジタルサイネージで事業モデルの構築を狙う大日本印刷(DNP)の取り組みを追った。
大日本印刷(DNP)はもともと、デジタルサイネージのハードを開発・販売するビジネスを、主に受注生産の形で手がけていた。しかし、今後の事業の成長を考えたとき、ハードビジネスだけでは心もとないと考え、数年前に方針を転換。デジタルサイネージを使ったメディアビジネスへの進出を決めた。
とはいえ、いたずらにデジタルサイネージを設置して回ったのでは、競合他社と体力勝負に陥る可能性が高い。連結売上高(2021年3月期)が1兆3000億円を超える大企業のDNPではあるが、デジタルサイネージを使ったメディアビジネスは新規事業であり、過大な投資は期待できない。新たなメディアビジネスを軌道に乗せるためには、デジタルサイネージを視聴する人の特徴が明らかで、かつDNPがサイネージを設置しやすい場を、競合他社より先に見つけ出す必要があった。
そこで今回、目を付けたのがエレベーターだ。オフィスのエレベーターは新型コロナウイルス感染症拡大の影響もあって今、利用する人の数は減り気味だ。しかし、マンションのエレベーターは住人の多くが確実に利用する。内部にデジタルサイネージを設置すれば、メディアビジネスが成立すると考えたのだ。
実証実験で60%以上がサイネージを視認
DNPはマンション管理会社大手と組んで19年9月に、都内10カ所のマンションのエレベーターに専用のデジタルサイネージを設置し、実証実験に取り組んだ。すると実験中の調査で、「マンション住民の60%以上が、『エレベーター内のデジタルサイネージで配信されている内容を見た』と回答した」(DNP ABセンター DX事業開発本部独自メディア事業推進ユニット ネクストメディア事業開発部部長の松村健一氏)。
これを受け、メーカーを中心とする上場企業にアンケート調査を実施したところ、回答企業の60%近くがエレベーター内デジタルサイネージを使った広告に興味を示し、300社近くが、DNPが仮に示した広告料金に納得したという。これらの結果を追い風に、DNPはエレベーター内デジタルサイネージのメディアビジネス化を推し進めた。
このメディアビジネスを成功へ導くためにDNPが立てた作戦のポイントは、3つある。
1つ目は、エレベーター開発・設置会社を巻き込み、設置する場所(面)をいち早く押さえることだ。DNPは21年1月に、エレベーター開発・設置大手の東芝エレベータ(川崎市)と事業提携し、同年10月からエレベーター内デジタルサイネージの運用を開始。22年1月には日立ビルシステム(東京・千代田)とも同様の事業提携を結び、同年6月からデジタルサイネージの運用をマンションの管理組合などに提案し始める計画だ。残る大手3社の1つ、「三菱エレベーター」を開発・運営する三菱電機とも、事業提携を目指して交渉を目指したいと考えているという。
DNPがエレベーター開発・設置大手と次々に提携できる大きな理由は、「エレベーター会社が設置しやすいデジタルサイネージを東芝エレベータと共同開発できたから」(DNP ABセンター DX事業開発本部独自メディア事業推進ユニットユニット長の辰巳光平氏)だという。15.6型のディスプレーに、外部との通信機能、カメラやブルートゥースによるセンシング機能、DNPが開発したデジタルサイネージ用コンテンツ配信・管理システムなどを内蔵。それでいて電源と外部通信用アンテナはエレベーターの籠の外に置く仕様で、エレベーター開発・設置会社の協力なしでは設置できない仕組みになっている。エレベーター開発・設置会社から見て提携しやすいポジションを、うまく得た格好だ。
エレベーター開発・設置会社を攻略するだけではない。DNPが立てた作戦の2つ目のポイントは、広告会社の協力を得ることだ。DNPが自社のネットワークを介して企業に接触し、広告出稿を募ることは可能だが、それではエレベーター内デジタルサイネージを使った広告だけを営業することになる。エレベーター内デジタルサイネージを使った広告と他のメディアへの出稿とを合わせ、効果を積み増したいと考える企業へアプローチするには、他メディアへの広告出稿にも強みを持つ広告会社の協力が不可欠だ。
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