MaaS(モビリティ・アズ・ア・サービス)の細かな定義論にこだわるあまり、歩みが遅くなっているきらいがある日本。それに対して、海外では「人の移動を活発にする」「脱炭素に貢献する」といった本来の目的に向き合い、画期的なサービスが次々と生み出されている。ドイツで誕生したチケット購入不要のサービス「Check In-Be Out(CiBo)」の仕組みが好例だ。
日本人は新しいサービスの概念が世界で出現するたびに、定義付けをする慣習がある。実は、この定義付けにこだわることが国益を損ねていると筆者は考えている。
大切なのは、新しいサービスやそのプレーヤーたちが、どのような社会課題を解決しようとしているのか、どんな新しい社会創造を描いているかに注目することである。細かな定義よりも、その本質を見極め、日本独自の戦略を立ててオールジャパンで取り組んでいくことが肝要だ。このグローバル社会では、新しい概念が日本に定着するよりも早く、それを実践する海外のプレーヤーが国内に進出することが今や常識となっている。
これまでもコンパクトシティー、LRT(次世代路面電車)、BRT(バス高速輸送システム)などが、世界中で地域創生の重要施策として導入され、市民の暮らしに定着し、地域経済を支えてきた。残念ながら日本では、多くの施策が社会実装されず、実装されたとしても、先進諸国のサービス水準とはほど遠いものが導入され続けている。
例えば、もともとBRTの「R(Rapid)」は、自動車よりも速いというニュアンスの「高速」という政策的な意味合いが含まれている。そのため、世界では停留所の設計、乗降時間短縮の工夫、専用レーン、信号優先制御などが重要な施策となっている。
一方で、日本に2000年代以降BRTという名称で運行された取り組みは、大量輸送や連節バスのような「車両形態」だけが注目されている例が多い。その背景には、一つの要因として先進諸国とは似て非なる定義付けが普及したことがある。
MaaS(モビリティ・アズ・ア・サービス)も、同様の危うさが日本に漂い始めている。特定の定義付けに縛られてしまい、本来実現したい社会課題の解決とは異なるサービスが社会実験として計画されていたり、新しい価値創造に対して目先の既得権益が大きな抑止力となっていたり、中期的には国益を損なうという「社会的ジレンマ」が全国各地で生じている。
その間、先進諸国はMaaSという定義にとらわれることなく進化を続けている。次々に新しい価値を創造し、脱炭素に代表されるような困難な社会問題に挑戦しながら、新しい移動サービスの概念や提供するサービス自体を柔軟に変異させつつ、社会に順応させている。数年前に先進事例と言われた取り組みが、今は昔ということも珍しくない。
官民連携、共創型MaaSの台頭
欧州では、4~5年前は民間事業者によるMaaSが主流だったものの、この数年、官民連携により、欧州の環境先進都市と言われる都市で次々とMaaSの社会実装が始まっている。
例えばフランスのイルドフランス、ストラスブール、ルーアン、ドイツのベルリン、ミュンヘン、ハンブルク、英国のロンドン、バーミンガム、北アイルランド地域など、先進的な交通政策で著名なこれらの都市は、ここ2~3年でMaaSの社会実装が進んだ地域だ。いずれも、日本ではなぜか批判されることがある、いわゆる「ご当地MaaS」だ。
よく専門家やジャーナリストから、「欧米の都市内の公共交通は行政が全て運営しているから、日本とは状況が違う」という話を聞く。しかし、これは正確ではない。行政が計画や経営を担っているのは事実だが、実際に運行しているのは民間企業というのが一般的だ。コンセッション方式で官民が連携し、地域全体の交通サービスを推進している。
そのため、地域に複数の民間事業者が存在しているものの、車両の外見は同じカラーで同じ運営事業体のロゴ、バス停も統一され、どの会社が運行しているかはぱっと見、分からないものが多い。これらのキーワードは「統合(as a Service)」である。
行政が取り組むMaaSは、この延長線上にあると考えると分かりやすい。デジタルの世界でも官民連携が基本だ。
例えば、ドイツの運輸連合発祥の地、ハンブルク(都市圏人口350万人)は、地域交通を担うhvvと呼ばれる運輸連合が、都市圏全体の交通サービスを一元化し、計画や経営を担っている。そして、郊外鉄道、地下鉄、路線バス、フェリーなどの各交通事業者が運行を担う。路線バスだけでも19の異なる民間事業者が運行しており、日本の大都市よりもはるかに事業者数は多い。
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