ウォルト・ディズニー・ジャパン(東京・港)で日本オリジナルドラマのプロデュースを務める山本晃久プロデューサーへのロングインタビュー後編。ディズニープラスの新ブランド「スター」での日本オリジナルコンテンツで最もチャレンジングなドラマ『ガンニバル』について、詳細を聞いた。
2021年10月14日に開催されたAPAC(アジア太平洋地域)のコンテンツラインアップ発表会で、「もうディズニーだけじゃない!」を掲げて、日本オリジナルコンテンツの制作が発表された。そのなかで、ひときわ異彩を放っていたのが、二宮正明が描いた衝撃サスペンスコミックのドラマ化『ガンニバル』だ。
外界から閉ざされた供花村(くげむら)に、警察官・阿川大悟(柳楽優弥)が妻・有希(吉岡里帆)と幼い娘・ましろと共に駐在員として赴任してくる。豊かな自然に、一見すると親切そうな村の人々。しかし、村を支配する後藤家次期当主の後藤恵介(笠松将)を筆頭とする後藤家の関係者らは、不穏な空気を醸していた。不可解な出来事が起こり始め、ただならぬ“狂気”に追い詰められていく大悟。やがて浮上する、「この村では人間が喰われているらしい……」という戦慄の疑惑の真偽とは……。
ディズニープラスと猟奇的な描写を含むサイコスリラーの組み合わせは、異色だからこそインパクトがある。この日本から世界へ向けて配信される注目のオリジナルドラマには、世界で高い評価を得ているクリエーターと俳優が集結。プロデューサーは『闇金ウシジマくん』シリーズを手掛けたSDP(東京・渋谷)の岩倉達哉氏、『ドライブ・マイ・カー』でアカデミー賞 国際長編映画賞を受賞した山本晃久氏。脚本は、アカデミー賞︎国際長編映画賞受賞作『ドライブ・マイ・カー』で第74回カンヌ国際映画祭脚本賞を受賞した大江崇允氏、監督はデビュー作『岬の兄妹』が絶賛された片山慎三らが務めている。
12月28日の配信開始を前に、東京国際映画祭で第1話と第2話が上映され、大きな反響を呼んでいる本作。題材はセンセーショナルで娯楽としての面白さにあふれながら、普遍的な「家族の物語」をベースとして、人間の深層心理に深く切り込むスリリングかつ濃密な人間ドラマが展開する。前編に続いて、プロデューサーの山本氏に話を聞いた。
「絶対に映像化したほうがいい原作」
山本晃久氏(以下、山本) 本作を原作にしようという企画の提案は、プロデューサーの岩倉(達哉)さんからありました。自分はいろいろなジャンルをやりたい派ですが、コミックのタイトルと表紙からしておどろおどろしく、(ドラマにするには)なかなかつらいのかな、と思いながら読み始めました。
ところが読んでみると、まあ止まらない。原作者の二宮正明先生の筆が素晴らしく、どこまでも物語の世界に引っ張り込まれ、次はどうなるのかとわくわくできる。読者の期待に見事に応える展開で、「これは傑作だ」と感じました。
同時に、“連載マンガ”という形式なので、映像に落とし込む隙(すき)はあるかな、とも思いました。映像によって生身の人間が動くことで、マンガとはまた別の迫力が出るではないかと。
その次に、ためらうわけですよね。これをやるということは、ディズニーにとっても大きなチャレンジになる。そのこと自体が、ある意味とても強いメッセージになるかもしれないと。
ディズニープラスが「スター」というブランドを立ち上げ、そこに『ガンニバル』があったら、みなさん驚くと思うんですよ。全世界の総合的な編成の中に、多様なストーリーテリングでローカルのクリエーターの人たちと幅広い、そして素晴らしい物語を作り、ゼネラルエンタテインメントとして世に届けていく。そこに『ガンニバル』があることで、可能性が開けると思いました。そうして、「『ガンニバル』はやるべきだ」と走り出した企画です。
――衝撃的な内容ですが、この原作をどう解釈されましたか? この物語を通して、何を伝えたいと考えたのでしょうか。
山本 まずは「価値観のぶつかり合い」があります。よそからやってきた警官の一家と、他者には理解しにくい、いまわしい風習を受け継ぐ後藤家との物語を通して、いろいろな価値観があるということが分かる。自分たちが当たり前だと思っていたことの裏側や向こう側には、全く別の常識が存在するということが、単純に構造として面白いですよね。その価値観がただただ衝突して壊れていくのではなく、その果てに新しい価値観として、全く別のものが生まれる可能性がある。こうだと思っていたものがそうではないとなったときに、人は別の生き方、考え方を生み出さざるを得ない。そのときに人は成長するのではないかと考えました。
家族の在り方も同じです。様々な危機を乗り越えて変容していくのですが、もともと持っている相手への愛や尊敬みたいなものが、この一見猟奇的な物語を通して、もう1回語り直せる、感じ直せるというところがあるのではないかと。そういう意味で、『ガンニバル』は愛の物語でもあるし、価値観の物語でもあり、普遍的なメッセージを伝えていると思っています。
邦画界の新鋭を集める
――『ドライブ・マイ・カー』の大江さん、そして『岬の兄妹』の片山慎三監督と、素晴らしいスタッフがそろっています。この人選について教えてください。
山本 まず、岩倉さんの企画に対する眼力について触れておかなければなりません。僕だったら『ガンニバル』を映像化するまでにもっと時間がかかったと思うのですが、やりたいと突き進んだ岩倉さんの発想力、勇気に敬意を表したいと思います。そのうえで監督は誰がいいかとなり、僕が思っていたのが片山慎三さんというクリエーターでした。
『岬の兄妹』は、ある港町で生活に困った兄が、自閉症の妹に売春をさせて生計を立てようとする障碍(しょうがい)を持つ兄妹の物語。ややもするとものすごくえぐみが立ってしまう、見るのがつらくなるテーマに挑んでいます。僕がこの映画でいいと思ったのは、このモチーフに対してすごく適切な距離をとっていること。あの兄妹たちに対して近過ぎない、感情がべたついていないと言いますか。このような事実は、世の中のどこかで今も起きているのかもしれない。悲惨なこともつらいこともたくさんあるけれど、でもこうやってしっかり生きているんですということを、どこかユーモアを交えて、愛を持って適切な距離で描いている。そこに僕は感心していて、『ガンニバル』には彼の持ち味がふさわしいと確信しました。
『岬の兄妹』では池田直矢さんというカメラマンが撮影を手掛けていて、僕は池田さんと前からお仕事をしているので、池田さんはスケールの大きい映像を撮れると分かっていました。だから片山さんと池田さんが組んだ『ガンニバル』という作品が、ただただえぐみのあるものではなく、ストーリーテリングを駆使したエンタテインメントとして昇華されるのではないかと思ったんですね。そう考えたときに、前から一緒にお仕事をしていて『ドライブ・マイ・カー』でもご一緒した大江さんの分析能力、物語を再構築する力が生きてくると考えました。『ガンニバル』に関しては、これがベストな布陣だったと思っています。
――片山さんと大江さんは1981年生まれ、池田さんも1980年生まれです。あえて若い才能を起用しようという意識はあるのでしょうか?
山本 そうですね、大御所から若手まで、どんな方ともその作品にふさわしい才能と組んでいけたらいいなと。もちろん、映像表現においては常に新陳代謝を求めるべきで、必然的に若い人が見て、感じているものをどんどん取り入れないといけないとは思います。大御所であろうが若手であろうが、映像表現という場はいろいろものを交換し合う、そういう場であってほしいという思いもあります。
――第1、2話を見る限りでは、マンガに沿ったアプローチをとっています。
山本 『ガンニバル』の原作に対するリスペクトは、片山さんをはじめ我々全員が持っているので、映像化に際しては忠実にやるべきだという議論はまずありました。
一方で、第3、4話を見ていただけると分かると思うのですが、ストーリーテリングでリファレンス(参照)としたのは、『TRUE DETECTIVE/トゥルー・ディテクティブ』、そして『ブレイキング・バッド』などの海外ドラマです。モチーフにとらわれずに、『ガンニバル』という物語をサスペンスフルに、上質なドラマにしたいと考えて、大江さんと片山さんと話し合って、脚本を作り上げていきました。第3、4話で、よりその部分が色濃く出ているのではないかと思います。
――海外ドラマは、よくご覧になるのでしょうか?
山本 見られるものは見ています。ドラマに関心を持つきっかけとなったのが『ブレイキング・バッド』。もう10年ぐらい前ですが、こういう語りのフォーマットもあるのかということに衝撃を受け、感動しました。そこからいろいろと見始めたという感じです。
以前、『マインドハンター』について(製作総指揮・監督の)デヴィッド・フィンチャーさんが「長い映画を作っている」とインタビューでおっしゃっていて。例えば普通の劇場映画で、(『マインドハンター』に描かれているような)刑事2人が車の中でコーヒーを飲みながらしゃべっているシーンを10分も描くということはできないでしょうとも話していて、それはその通りだよなと。長い時間をかけることで、最終的にたどり着ける場所がすごく深められるんだということが分かって、ドラマというフォーマットにさらに興味を持ちました。
「スター」がローンチされてドラマを手掛けているわけですが、ディズニープラスなどの配信プラットフォームでは、視聴者に魅力的な作品を提供し、長く見ていただけるかも大事なことなんですね。だから今後、映画ももちろんやっていきたいという気持ちはありますが、今、ドラマのフォーマットで何ができるのか。これは個人的な欲求でもありますが、そこを追求していきたいと考えています。
――原作にある猟奇的な表現にも真正面から取り組んでいて、改めてこの作品を作るうえでの覚悟のようなものを感じました。
山本 『ガンニバル』をやるということは、ある種のグロテスクな表現が出てくるのは当然なので、それに対して真摯に向き合おうと。美術的には、韓国映画『哭声/コクソン』なども、片山さんと話し合って参考にしています。
――柳楽優弥さんを筆頭に、キャスティングも素晴らしいです。
山本 ローカルで作品を作るときに、一番重要なのは「物語」です。その物語を伝えるキャラクターに合う方、というのがポイントでした。もちろん、お芝居のうまさは重要な要素ですが、今考えても『ガンニバル』の主演は柳楽さんしかできないと思っています。
柳楽さんは独特な存在感で、狂気と正気の間にいるような阿川大悟を本当に真正面から演じてくださいました。現場では苦労したと思いますが、それ以上に柳楽さんは演じることに対してモチベーションが高い方。監督とも常にディスカッションしていて、彼に演じてもらえて本当に良かったです。
対する後藤家の次期当主・後藤恵介を演じる笠松将さんは、今勢いのある若手俳優ナンバー1だと思います。キャスティング会議で僕が笠松さんどうかという話をしたところ、満場一致で決まった記憶がありますね。大悟の妻・阿川有希役を演じる吉岡里帆さんも同じで、彼女はいつもとは違うイメージの演技に挑戦してくださっていると思います。なので、本当にキャスティングには恵まれました。第3話以降は、さらに演技合戦というか、俳優陣の演技も本当に見応えのあるものになっていくと思いますよ。
――ディズニープラスの「スター」で世界に向けて配信されることについては、何か意識されましたか?
山本 一番はシンプルに面白いと思ってもらいたいですね。ディズニーという会社が培ってきたものというのは、物語を作るうえで“旅する力”を持っている作品を多く生み出してきたことだと思います。いろいろな国の垣根を越えて、多くの国の人々に共鳴してもらえるようなものを作ってきた。だから我々自身もローカル作品を作る立場として、当たり前ですがディズニーというブランドをきちっと考えて作っていきたいなと。そのためには、作品に込めるメッセージを語る技術も向上させないといけないなとも思っています。