2019年に公開された、新海誠監督の映画『天気の子』のヒロイン・天野陽菜役で注目を浴びた森七菜。その後も朝ドラ『エール』(20年)や、初主演ドラマ『この恋あたためますか』(20年)、『逃亡医F』(22年)など話題作への出演が続いた。俳優として活躍するかたわら、20年1月に自身が出演した映画『ラストレター』で、岩井俊二監督が作詞した主題歌『カエルノウタ』で歌手としても始動。以降、コンスタントにシングルリリースを続け、22年8月31日には、1stアルバム『アルバム』を発売する。

森 七菜
もり・なな 2001年8月31日生まれ、大分県出身。17年、映画『心が叫びたがってるんだ。』で映画デビュー、同年のドラマ『先に生まれただけの僕』でドラマデビュー。岩井俊二監督の映画『ラストレター』(20年)で、第44回日本アカデミー賞新人俳優賞を受賞。同映画主題歌『カエルノウタ』で歌手デビュー。22年9月に大分と東京でワンマンライブ『もりななLIVE 2022 「㐂~よろこび~」』を開催する。是枝裕和監督がNetflixで初めて手掛けるドラマ『舞妓さんちのまかないさん』の主演も控える

 1stアルバムは豪華なクリエーターが集う1枚となった。20年7月にカバーした、ホフディランのヒット曲『スマイル』は、自らが出演する大塚製薬「オロナミンC」のCMソングとして使われた。YOASOBIのコンポーザー・Ayaseが手掛けた『深海』(21年)では内省的で繊細さを漂わせ、森山直太朗による『bye-bye myself』(22年)は凛(りん)とした姿を醸し出している。アルバムタイトルを自ら命名したほか、誰に楽曲を作ってもらうかなど、アーティストとしての森七菜のこだわりがぎゅっと詰まった作品だ。

1stフルアルバム『アルバム』初回生産限定盤/CD+BD+56Pフォトブック付/7700円(税込)/ソニー
1stフルアルバム『アルバム』初回生産限定盤/CD+BD+56Pフォトブック付/7700円(税込み)/ソニー

 今回のアルバムは、私がもともと好きで聴いていたり、「この言葉が好きだな」など、感情が動かされた方々にお願いしたいと思いました。タイトルは、アルバムが完成に近づいてきた頃、いろんな曲が入っているなと思ったのがきっかけです。曲調もそうですが、抽象的な曲もあれば具体的な歌詞もあって、それが写真みたいだなって。そうしたいろんな曲を聴きながら「こんなことがあったな」と思い出したり、「こんなことがあるといいな」と思ってもらえるような、聴いてくださる人にとって写真を収めるアルバムみたいな作品になるといいなと思い、タイトルを『アルバム』にしました。

 収録曲は、彼女が言うようにとても多彩だ。例えば、ポップなサウンドと等身大な歌詞の恋愛ソングが人気のコレサワが手掛けた『君の彼女』は、森の少し甘えたような歌声が楽曲の世界をよりキュートに彩る。一方、メロウでチルなヒップホップを得意とするkiki vivi lilyが提供した『Lovlog』は、ゆるやかなラップに乗せて恋にどっぷり浸る女性が浮かび上がってくる。

コレサワ、kiki vivi liliy、福岡晃子、佐藤千亜妃など女性クリエーターが数多く参加している
コレサワ、kiki vivi liliy、福岡晃子、佐藤千亜妃など女性クリエーターが数多く参加している

 コレサワさんと2人で話す時間をいただいたので、“恋とは?”みたいな話をしました。曲を受け取ったときは、その話からイメージを膨らませて作ってくださったのかなと思いました。第一印象はかわいい女の子の曲で、『bye-bye myself』で森山直太朗さんが書いてくださった、かっこいい女の子とは全然違ったところも面白いなと感じました。

 『Lovlog』は、このアルバムで新しいことに挑戦しようと思いラップをやることにしたことがきっかけです。メロウなラップの曲をあまり聴いたことがないので、耳なじみのある kiki vivi liliyさんにお願いしました。親近感がある歌詞で、日常が輝いて見えるすてきな曲で、恋に恋するって悪いことみたいに言われることもあるけど、1日が楽しくなる部分もあるから悪いことばかりじゃないなって思えてくる曲だなと思いました。レコーディングは、kiki vivi liliyさんが直接ボーカルディレクションをしてくれました。ラップは普段の歌とは全然違うので難しかったですが、セリフと歌の間のようで楽しかったです。

 本作には、新鋭の作家はもちろん、岩井俊二や小林武史、映画監督の新海誠といったそうそうたる面々も楽曲を提供。その中で、クリエーター同士の意外なコラボレーションも実現している。国内外で評価の高い絵本作家の荒井良二と、『アイドルマスター』シリーズのキャラクターソングなどを手掛ける澤田空海理による『ロバとギターときみとぼく』もその1つだ。

 荒井さんの絵本をたくさん見ていて、「この人が歌詞を書いたらどうだろう、私に作ってくれたらうれしいな」と思い、お願いしました。澤田さんも昔から好きで聴いていたので、まさか2人が共作してくださるとは。分かったときは、ここでしかないコラボが実現すると思ってむちゃくちゃうれしかったです。

 ホフディランさんの『スマイル』をカバーしたとき、子どもたちが喜んでくれて「スマイルのお姉さんになりたい」と言ってくれた子がいたと聞いて。それがすごくうれしかったから、またそういう曲を作れたらいいなと。それで、絵本作家の荒井さんにお願いしたいという気持ちもありました。

 曲をいただいたら、絵本がそのまま曲になって飛び出してきたような感じがしました。聴いてみるまで想像できなかったけど、こんな世界ってあるんだなって。歌うときは、この曲の世界に入り込むというか、頭の中で曲の画を思い浮かべながら歌いました。

収録曲『ロバとギターときみとぼく』は絵本作家の荒井良二が作詞を担当した
収録曲『ロバとギターときみとぼく』は絵本作家の荒井良二が作詞を担当した

 レアなコラボと言えば、チャットモンチー(済)の福岡晃子が作詞し、佐藤千亜妃が作曲した『かたつむり』も、音楽ファンをワクワクさせる組み合わせだ。福岡、佐藤の2人がTwitter上で、このコラボについて「良い体験になった」とコメントしていたと伝えると、みるみるうちに笑顔の花が咲いた。

 福岡さん、佐藤さんにも曲を書いていただけたらと希望していましたが、まさか一緒に作ってくださることになるなんて。興奮しましたよ、だって私みたいなJ-POP好きがみんな待っていたような夢のコラボじゃないですか(笑)。私のアルバムでそれが実現してしまうのかと、プレッシャーもありました。だから、お2人に楽しんでいただけて本当にうれしいです。

 情熱的な曲で流れも激しく、心の振動が強い曲だから、その勢いに任せて歌ったらあっという間にレコーディングが終わったという感じでした。映画みたいに、自分の中で心のフィルムがカチャカチャ回っていくような感覚もありましたね。

 歌詞は何度も読み込みましたが、「ここはどんな思いで福岡さんは書いたんだろう」と迷う部分もありました。ただ、お芝居でも自分が経験していないことが書かれていると分かったうえで演技します。この世の中でやったことないこと、感じたことのない感情のほうが多いから、とりあえずやってみる。歌ってみて、やっと気持ちが分かったりすることもありますね。経験じゃないから、うまく言えないけど、歌っていくうちに生まれる感情があるというか。そういう瞬発力も大事にしています。

 新しい何かに出合ったとき、いやおうなく引き出される新しい感情を恐れるのではなく、むしろ楽しんでいるかのような森七菜。そうした表現への無防備な貪欲さが、多くのクリエーターを引きつけるのかもしれない。感性鋭い彼女なら、自らの言葉でも思いを伝えられそうだが、「ハードルが高い」と苦笑いした。

 作詞を試したことはあるんです。以前は、周りからも『書いてみたら』って言われましたが……、作りたい気持ちはあるし、いろいろ考えてみるんですが、自分の感情からしか生まれないようなものをいつかは書いてみたいとは思います。

 音楽への愛が作品や語り口からも十分に伝わってくる。9月には、初のワンマンライブを地元の大分と東京で開催する。ライブという新しい体験もまた、彼女の別の側面を引き出してくれるだろう。ただ、音楽も演技も彼女にとって大切な表現方法ゆえに、二足のわらじを履く悩ましさも感じているようだ。

2022年9月24日に大分・T.O.P.S Bitts HALLで、22年9月27日に東京・harevutaiでライブを行う
2022年9月24日に大分・T.O.P.S Bitts HALLで、22年9月27日に東京・harevutaiでライブを行う

 お芝居をしていると、忙しさとは別で両立の難しさを感じます。役と自分のはざまが、見ている人に対してどうなのかがすごく気になる。だから、例えば明るい役をやっていたら『スマイル』はすごくぴったりだけど、暗い役を演じているときに、「いつでもスマイル」って歌っているのはどう映るんだろうって。役に対して悪影響なんじゃないかと心配にもなるので、すみ分けを大事に丁寧にやっていけたらいいなと思います。

 これまで何度も、地元である大分で、ライブをやると言っていた約束がやっと果たせます。私を応援してくれるみんながいることで完成するライブにしたいですし、一緒にいる意味を噛みしめたいです。ライブは、レコーディングとは違うと思うので緊張しますが、恐怖は感じません。もともと、生のほうがいいねと言われることが多いんです。生でギターを弾いてもらって歌うほうがよく歌えるというか。お芝居も本番のほうがぐっと気持ちが入ったりするので、ライブ感があるものが好きなのかなという自覚はありますね。

 今後は、自分が楽しみながら作りつつ、みんなも楽しめるような共感性を自分の中で育てていけたらいいなと思っています。作品に寄り添う気持ちを、ライブなどを通じてもっと磨いていきたいです。

(撮影/KOBA、ヘアメイク/Yuri Ikeda、池田ユリ、スタイリスト/Shuhei Kai、甲斐修平、【衣装協力】トップス/NONTOKYO、パンツ/F/CE.R)

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