現在、世界中で大ヒットしている映画『トップガン マーヴェリック』。前作『トップガン』に続き、字幕を担当したのが戸田奈津子だ。数々の映画の字幕翻訳を手掛けてきた“第一人者”へのインタビュー後編ではトム・クルーズが出演した映画の思い出、字幕翻訳の大変さと面白さについて聞いた。

『トップガン マーヴェリック』全国380館787スクリーンで公開中。※7月10日時点 配給/東和ピクチャーズ (C) 2022 Paramount Pictures Corporation. All rights reserved.
『トップガン マーヴェリック』
全国380館787スクリーンで公開中。※7月10日時点 配給/東和ピクチャーズ (C) 2022 Paramount Pictures Corporation. All rights reserved.

戸田奈津子(以下、戸田) この作品って非常に感動的な話ですが、アメリカ映画らしくちゃんと笑いも盛り込んでるでしょう? 例えば

 Don't think, Just do it!

 というセリフが何回も出てきますけど、ルースター(前作で相棒だったグースの息子)がマーヴェリックに言い返すシーンがありますよね。あそこも面白かったなと。

マイルズ・テラーが演じるルースター。マーヴェリック(トム・クルーズ)に対し、複雑な思いを抱えている (C) 2022 Paramount Pictures Corporation. All rights reserved.
マイルズ・テラーが演じるルースター。マーヴェリック(トム・クルーズ)に対し、複雑な思いを抱えている (C) 2022 Paramount Pictures Corporation. All rights reserved.

 あとは、マーヴェリックとペニー・ベンジャミンのベッドシーンの後ですね。娘が突然帰ってきてトムが窓から逃げ出すところ。アメリカ人は声に出して笑うし、画面に話しかけたりもするけど、日本の方は映画を見てあまり笑わないでしょう? 日本人はおとなしいから、きっとお腹の中で笑ってくれていると思うんですけどね。

 あんなに面白いシーンなのに、トムがプレミア試写会で観客と一緒に見るとき、笑い声が起きなかったらトムが傷つくんじゃないかと心配していたんです。でも、ちゃんと反応があって、すごくうれしかったです。

――トム・クルーズさんの出演作で、これまでに特にお好きな作品は何ですか?

戸田 うーん、今回の『トップガン マーヴェリック』や『ミッション:インポッシブル』シリーズといったアクション大作は、命懸けで作っていることも含めてすごいと思っているんですが、この間会ったときに、「アクションも楽しいんだけど、個人的には『レインマン』(1988年)が好きだから、たまには人間ドラマもやってよ」と言ってみたんです。でも、あんまり乗り気じゃなかったですね(笑)。やっぱり、今は『ミッション』(など大作)のようなアクションに意識が全部集中しちゃっているみたい。

 でも、彼は実はドラマもすごく上手。『レインマン』は、ダスティン・ホフマンのような芝居上手を支えて、すごくいい演技でしたよね。

 アクションももちろんいいのよ、みんな楽しんでいるから。でも、『レインマン』はいい映画だったので、「人間ドラマもたまには」と言いたかったんですが、言いましたけど(笑)、反応はいまいちでした。

――改めて思う、字幕翻訳というお仕事の楽しさと、大変なところというのは?

戸田 私はすごく時間をかけて、20年というウエイティング(経験)を経て、字幕をちゃんとやれるようになったんですけれども、そこまで粘ったのは、私が映画の楽しさで育てられたからなんです。

 戦後の人間ですから、映画しか娯楽がありませんでした。当時、みんな洋画にハマったわけですよね。本当に映画は楽しかった。テレビなんかない時代、新しい世界を、初めて外国の景色を、向こうの生活を、映画で見たり教わったりしたわけです。

 その楽しさを知らない人に伝えたい! おせっかいかもしれないけど、それが一番のモチベーション。こんな素晴らしいものをみんなに知らせたい、見てほしい。ずっとそのままで来ていますから、その気持ちが全てですね。

 本当に難しい仕事なんですよ。一般の方たちに大変だということを知ってほしいわけではないのですが、いっぱいいろいろな問題点があるし、みなさんが考えるほどやさしい仕事じゃないんです(笑)。直訳すればいいと思う方がいるのも不思議で、日本語って訳すと言葉が長くなるのでそれを反対に短くするのがいかに大変なことか! いろいろな制約のなかでやっていて、でも、パズルを解いてはめていく、そんな楽しさがあります。もちろん好きな作業なので。嫌ならやってませんよ!(笑)

――この分野において、女性としてパイオニアです。

戸田 確かに女性としては初めてかもですが、私が志した頃には上に10人ほどプロの方がいらっしゃって。男性ばかりでしたが、なかなかチャンスが回ってきませんでした。

 一時期は英文科の女性はみんな字幕を目指すなんて時期もありましたが、簡単ではない。とにかく、英語じゃなくて日本語ができないとダメなんです。ちゃんと本を読んだりしてこないと。「こうすればなれる」というルートは一切なくて――今、(英語で)第一線で字幕をされている方は20人ぐらいいらっしゃると思うんですが、全員違うルートから入ってきている。みんな何かしら苦労してもがきながら、今の位置に到達してるのね。ルーティン、マニュアルなんか一切ないです。自分が努力して――私はそうしたんですが、何が何でも、20年仕事がなくても頑張って、それぐらいやってこられた人たちが少し下(の世代)にいますけど。

 でもね、ちょっと最近の人たちを見ていてかわいそうなのは、新型コロナウイルス感染の影響もあったし、映画が良くない。

 私の頃は、映画が全部良かったんです。コロナ禍で映画の作品数自体が減ってしまったし、CGを多用したものやアメコミっぽい作品は、ごめんなさい、私は好きではないんです。

 本当に考えさせるような、余韻があって、映画館を出てもずっと…という作品が、最近全然ないなと。たまにはありますよ。例えば『パワー・オブ・ザ・ドッグ』(Netflix)は素晴らしかったなと思いますが、年間数えるほどしかないでしょう。昔は全部あのレベルだったんです。それがちょっと、物足りないんじゃないかなと思うんですよね。

――今日のイベントで、通訳としてのお仕事は引退されるとのこと。

「ギリギリに届いた」というトム・クルーズの動画コメントを通訳する戸田
「ギリギリに届いた」というトム・クルーズの動画コメントを通訳する戸田

戸田 はい、引退することにしました。ウェブなどにも出ている通りで、やっぱり引き際ってものがありますよ。若いうちは気づかないけど、年を取ってくるといろいろと頭が働かなくなったりするわけで、それは当たり前なんです。みなさんのお母様、おばあさま世代なわけですから。

 今のところは一応元気ですけど、もし何かあって迷惑をかけたら、トムであったり映画会社に申し訳ないから、もうやめるべきだと(来日時のイベントの)1カ月ぐらい前に決意して連絡しました。

 だから、今後の展開と言っても、特にないの。嫌なことはせずに、好きな映画を見て、好きな本を読んでいければといいですね。

――改めて、トム・クルーズさんとお話して、映画『トップガン マーヴェリック』に携わって感じられることは、その魅力はやっぱり「生身の人間が演じている」というとことでしょうか?

戸田 そう思います。全部CGだったりスタントマンだったらつまんないじゃないですか。本当に人間がやってるからあれだけの迫力が出せて、感動がある。それはみんなに「絶対見逃せない」と思わせる力だと思いますよ。

 画面の迫力というか、厚みが違う。ちゃんと戦闘機に乗って空を飛び、実際に苦しそうな顔をトム本人がしている。そういうものは絶対に伝わるものです。「すごいな」と思って感動するでしょう。

今回の戦闘機による飛行シーンも吹き替えなしで演じている (C) 2022 Paramount Pictures Corporation. All rights reserved.
今回の戦闘機による飛行シーンも吹き替えなしで演じている (C) 2022 Paramount Pictures Corporation. All rights reserved.

 表情も含めての臨場感、そしてトムはファンの方々の前で本当にうれしそうな顔してね。それが一番の魅力だと思います。

――引退は通訳のみで、字幕翻訳のほうは、これからもやっていかれるんですよね。

戸田 やっていきますよ。昔ほど週に1本やれなんて言われてないし。年間50本やっていましたが、そんな馬力ありませんので。私、アメコミ50本とかやりたくないですし(笑)。

 そういう意味で、来年の『ミッション:インポッシブル/デッドレコニング PART ONE』は、やらせていただくと思います。楽しみにしていてください。

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