公開約1カ月で世界興行収入が10億ドルを突破し、全米歴代映画興行収入ランキング15位。日本国内でも7月3日時点で76億円を突破し、2020年以降に日本で公開された実写映画のNo.1を独走中の『トップガン マーヴェリック』。この作品の字幕を担当した映画の字幕翻訳の“第一人者”、戸田奈津子に、主演を務めたトム・クルーズの魅力、『トップガン マーヴェリック』での字幕の難しさなどについて聞いた。
7月3日に、主演のトム・クルーズの60歳の誕生日を祝って、TOHOシネマズ日比谷(東京・千代田区)にて「バースデーイベント」が行われた。
同日86歳の誕生日を迎えたのが、字幕翻訳者の戸田奈津子だ。
30年以上にわたってトムの来日時に逐次通訳を務め、数々の映画の字幕翻訳を手掛けてきた“第一人者”。そんな戸田に、『トップガン マーヴェリック』字幕の肝、今年来日時のトム・クルーズにあえて言った<お願い>、今の映画界に思うこと、そして自身の“新たな展開”について、ロングインタビューでお届けする。
――『トップガン マーヴェリック』は、第1作を見た映画ファンはもちろん、若い世代も大勢映画館に来ていますね。
戸田奈津子(以下、戸田) はい、若い方たちが受け入れてすごく熱狂しているのを見て、それはまさにトムが狙っていたことですから、本当に彼に「おめでとう! よく頑張ったね」と言いたいです。
ここまでくるのは、本当に難しいことだったんです。
(2019年7月公開予定が)1回延期になった後、新型コロナウイルス禍でさらに何度も変更になって多くの関係者が「配信で公開しましょう」と言うのを、トムは「映画館の大画面で見てもらいたい」と頑固に闘って全て断って、2年も頑張って我慢した。それでこのヒットでしょう?
コロナ禍で映画館が落ち込んでいたところ、全世界の映画館を救っている。これから夏休みでさらに映画館に人を呼べるでしょうし、結果として「なんてグッドタイミングなんだろう!」と思いますね。
――先日のトム・クルーズさんの来日時は、1日早く日本に来られて戸田さんともお話されたと聞きました。
戸田 トムはとにかく忙しくて、終わったらバッと飛行機に乗って帰っちゃう。だからイベントの合間に立ち話をするぐらいで、個人的にゆっくりしゃべったことがなかったんです。
今回はプレミアより早く来日が決まり、本人から電話が来て「お茶をしよう」と誘われました。3時間ぐらい、映画とは関係ない、普段友達が話すようなことを話せてうれしかったです。
――今作で若い世代のファンも増えているということで、改めてトムとの出会いを少し振り返っていただければと。
戸田 最初の出会いは、『遥かなる大地へ』(1992年)の公開で初来日したときですね。ニコール・キッドマンとの新婚旅行を兼ねてで、とても気さくで、上機嫌でした。そりゃ、奥さんがあんなにきれいなら、うれしいですよね。
2人はとても仲が良かったんですが、マスコミが写真を撮るときに並んで撮るのはNGだったんです。いちゃいちゃしたいやらしさを見せないよう、いつも必ず真ん中に人を入れてくれという指示で、そういう仕切りはちゃんとやっていました。
そのときからすぐに信頼されたのではなく、もう毎年のように来日して、その過程で信頼関係が築けたんだと思います。
トムは、第一印象から変わらず、自分の映画を見てくれている人にとても親切で優しい。ハリウッドスターで、年月を重ねて変わっていくかは本当に人それぞれ。例えば、ブラッド・ピットは、最初に比べて大きく変わって立派なスターになられたと思うけど、トムは最初から同じ。威張っているとかそういうのもなく、“スタークオリティー”があったんですね。
オーラって後から作れるものではなく、自然にあふれてくるもの。トムは最初からそういうものを持っていました。
そして、一番引かれるのは誠実なところですよね。自分の好きなことを一生懸命やっている。
命まで懸けて、自分が好きなこと、仕事をやっている人って、そうはいないですよ。確かに飛行機のパイロットも危険を伴う職業ですが、トムは「人を喜ばせたい」という、その一心で動いている。他には見当たらない人。長年見てきて、「本当に美しい」と思います。
私はまだまだですよ。「映画を好き」という情熱は共通している部分ではあると思いますが、比べものになりません。でも、何分の1かはあるかなと思っていて、ある種の絆はあるんだと思います。
――トム・クルーズさんとのお仕事を通じて、特に印象に残っているエピソードはありますか?
戸田 たくさんあり過ぎますが――先ほど「本当に優しい」と申し上げましたが、記者会見でも本当にそうですよね。
例えば他の方は、最初は通訳のことも気をつけてくれているんですが、どうしても熱がこもるとワーッと話されるので、それを追っかけていくのがとても大変なんです。でもトムは、その大変さを分かっているから、ちゃんとワンフレーズでブレス(息継ぎ)をくれる。すぐに私をちょっと見やってね。そこまで思いやってくれるスターはめったにいないですね。
会見後もエスコートといいますか、終わって私が後片付けしていると、ずっと待っていてくれて、手を差し伸べてくれるんです、もちろん自然にね。
向こうでは当たり前なんですが、ちょっと手を添えてくれるだけでうれしいし、ハートに刺さっちゃいますよね(笑)。
『トップガン マーヴェリック』でも字幕翻訳の難しさに直面
――『トップガン マーヴェリック』の字幕翻訳について、印象深いシーンやご苦労された点を改めてお教えいただけますか。
戸田 最初に一言、言っておきたいのですが、これは戦闘機の、パイロットたちが主人公の話なので、しょっぱなからみんな、彼らの言葉でしゃべります。
私はもちろんそんな世界のこと、業界用語は知らないわけです。さらに軍隊は、階級が複雑で非常に難しい。例えばキャプテン・マーヴェリックの“キャプテン”は、日本だと旧陸軍の大尉を示すんですが、彼は空軍ではなくネイビー、海軍の飛行隊。海軍では大佐になる。そこを私は、最初の『トップガン』のとき「大尉」と訳して「間違っている!」と指摘された。もちろん直しましたけど、そういうワナがいっぱいあるわけです。
今回、そういう間違いは絶対にしたくなかったから、(映画の)一番最初に私の名前ともう1人お名前があったでしょ? 永岩俊道(字幕・吹替監修、元航空自衛隊空将)さんは自衛隊のトップだった方。彼にお手伝いをお願いして、パイロット用語を全部チェックしていただきました。だから、そういう点で間違いはないと思います。自衛隊の方にもたくさん見ていただいていますが、何も苦情は来てないから、多分大丈夫。
でも、特殊な世界を描く映画は、難しいものなんです。アメリカと日本でも違うし、例えば今日本の航空自衛隊では大佐のことを「1等空佐」と呼ぶとか、時代によっても変わってくる。
そして間違っていると必ず指摘されます。パイロットの映画は、本職のパイロットの方がご覧になるに決まってるでしょう? 自分が普段使っていない言葉には、もちろん気づくわけです。それは裁判の映画でもお医者さんの話でも同じで、我々が知らないまま勝手に訳すと、弁護士さんやお医者さんが見たら「違う」となる。
そういうことがあってはならないから、その点はすごく気を使いました。パイロット用語や使い方、表現といった言葉をきっちりやろうというのが、一番の前提でしたね。
後編に続く