※日経エンタテインメント! 2022年1月号の記事を再構成

『夜に駆ける』で2020年にブレイクして、一気にスターダムをかけ上がったYOASOBI。21年も積極的に楽曲リリースを行い、そのどれもがヒットを記録している。そんな彼らの21年の動きを振り返りながら、音楽への向き合い方や、クリエーティブに対する信念、今後の展望を聞く。後編は、広がり続ける活動範囲に焦点を当てる。

前編はこちら

大量の生楽器を入れた楽曲に挑戦

――楽曲の振り幅の広さもYOASOBIサウンドの魅力の1つ。ラジオ番組『日本郵便 SUNDAY'S POST』(TOKYO FM/JFN)とのコラボ企画でレターソングプロジェクト用に書き下ろした『ラブレター』は、様々な楽器を取り入れた心温まるサウンドに、重量感のあるビートが印象的な『怪物』はダークな色彩が際立つなど、新しい扉を次々に開いている。

Ayase 『ラブレター』は、そもそも小説でなく手紙が土台というのが新たな挑戦でした。また今回、大阪桐蔭高等学校の吹奏楽部の子たちに生演奏で参加してもらったんですが、それも完全に初めて。ここまで多くの生楽器を入れたことがなかったので、正直、ちゃんと収拾がつくのか不安もありました。1人ひとりの前にマイクを立てて時間をかけて録ったわけじゃありません。このご時世、本人たちに何度も会ってレコーディングしましょうというわけにはいかないので、7月にユニクロの『UT』とコラボしたオンラインライブ当日にレコーディングしたんです。ライブ当日に、リハーサルをして「せーの」で4、5回録って「この中で使えるテイクを音源にします」というやり方でした。

 結果的にその方法が、生々しさだったり、生き生きしたものになりました。僕たちが『ラブレター』に乗せた音楽への感謝の気持ちを、高校生たちの生き生きとした音色と共に閉じ込めることができたんです。チャレンジングな取り組みでしたが、やってよかったと思いましたね。

ikura 『ラブレター』の歌入れはすでに終わっていましたが、「UT」のライブでは、みんなが演奏している音が若々しくて喜びにあふれていて、そこで歌った『群青』という曲がよりすごく“青く”感じられました。目の前にあふれるパワーを私が全部吸収して、自分の口からそれを放射しているみたいなイメージ(笑)。自分も委ねられたし、高校生のみんなも委ねてくれたと感じました。約180人の真ん中に立って歌うというのは初めてでしたし、本当にすごいこと。満面の笑みで音楽が鳴っている空間は、ただただハッピーでした。

 レコーディングで試行錯誤したのは『怪物』ですかね。それまでYOASOBIで歌ってきた楽曲とは、声の使い方がまるで違っていたんです。自分で言うのもなんですが、私の歌声はみずみずしさや爽やかさが特徴的なんですけど、『怪物』では「もっとだるそうに歌ってほしい」と言われ、あえてぼそぼそとつぶやくように歌いました。物語の主人公が葛藤する気持ちに寄り添うことで、普段の発声などが出ないよう意識していました。おかげで、自分にはないと思っていた新たな表現方法を引き出してもらえたと思います。いつもYOASOBIを聴いてくださっている人も「なんか、違う」って思ってもらえたんじゃないかな。

Ayase 新しいことをやりたいというよりは、『BEASTARS』の原作者・板垣巴瑠先生が書き下ろしてくれた小説を読んで、オープニング曲として1番かっこいいものは何だろうと考えました。そこからは、割とすぐにベースになる曲の構想は浮かんだんですが、レコーディングをするなかで、ikuraのローボイスが意外とかっこいいという気付きがあって。それを取り入れることで僕らにとってもチャレンジになるし、なにより作品の世界観に合うだろうという確信がありましたね。

――『怪物』は11月の時点で、ストリーミングの再生数が2億7000万回を突破するなど(オリコン調べ)、この1年を代表する1曲となった。驚くことに、リリースしたときは本人たちも周囲もヒットするとは考えもしなかったという。それでもあえて発表したのは、クリエーティブに対するAyaseの純粋な気持ちが大きく影響している。

Ayase これは言っていいか分からないけど、「あんまり受け入れられないかも」って思いながら出すときもあります(笑)。『怪物』はまさにそれで、スタッフと「これはまあチャレンジだよね、受け入れられなくても…」みたいな雰囲気でした。僕らは、自分たちの作りたいように作るのが大前提。受け取ってもらったときのことを考えて曲を作ると、クリエーティブが死んでしまう。不純になると思うんです。だから、純粋な創作作業を終えた後で、多くの人に届けるためにはどんな工夫ができるだろうかと考えるんです。「小説におけるベストは何だろう?」「ikuraの歌声が乗ったときにかっこいいのはどれだろう?」って。

 『怪物』では、出来上がった後に声の聴きやすさや、音の配置などにはこだわりました。ikuraのかっこいい低音が1番生々しく聴こえるにはどうすればいいかと考え、耳元のすぐ近くで歌っている感じになるよう、エンジニアさんと相談しながら配置していきました。あと、音的にも、冒頭の部分ではベースとキックしか鳴らしていません。

 これらは最後の最後に、このほうがより多くの人に聴いてもらえるんじゃないかと思って施した工夫であって、僕が1番大事にしているクリエーティブの核とは1歩離れたところにあるものです。売れるための方程式やテンプレートなんてないと思っているので、インタビューでよく「なぜヒットしたと思いますか」と聞かれるんですが、「分かりません」と答えるのはそういう理由からです。

 2月に初の配信ライブ『KEEP OUT THEATER』を新宿・ミラノ座跡地工事現場から開催。7月にはユニクロの「UT」の発売を記念し、大阪桐蔭高等学校・吹奏楽部の生徒172名と「SING YOUR WORLD」を生配信。同時接続者は約28万人を数えた。そして、12月4日、5日に、日本武道館で「NICE TO MEET YOU」と題した初の有観客ライブをついに開催する。[※取材はライブが開催される前]

YOASOBIはライブバンド

Ayase 初ライブは、オンラインだったので、「生ライブの代替品、劣化版とは思ってほしくない」ということに1番腐心しました。オンラインを見て、生も見たいねというのではなく、“オンラインだから見られるライブ”にしたかった。生のライブとは完全に別物という考え方です。ミラノ座跡地の工事現場からライブをしたのも、本来であれば入れないところでのパフォーマンスを、画面を通してすごく近い距離で見られるとしたらやる意味があると思ったからです。また、ライブ中にチャットでファンとコミュニケーションを取れるのも、オンラインならではですよね。

ikura オンラインライブは、画面の向こう側に伝えるためにどうすればいいかをずっと考えていました。12月の武道館は、目の前にいるお客さんと同じ空間で音を奏でることになるので、彼らのパワーを巻き込みながらコミュニケーションするかのように歌いたいなと思っています。そのためにも、ボーカルとしてできることは…、やっぱりいっぱい練習することかなと(笑)。披露したことのない曲をはじめ、たくさんの曲を歌う予定なので、そこに対するプレッシャーを自分にかけていきたいですね。

Ayase タイトルの意味は「初めまして」。生でようやく僕らの音楽を届けることができます。僕らもドキドキしているし、ファンの人はもっとドキドキしているんじゃないかなと。期待以上のものを出すのは当然として、実際に足を運んでその場で生の音楽に触れることで、ライブってすばらしいことだなと改めて感じてもらいたい。オンラインから出てきたYOASOBIではなく、YOASOBIはライブバンドとして、こんなライブもできるんだよと示したいですね。

――これほどまでに、YOASOBIの活動に情熱を傾ける一方で、2人はソロ活動も精力的に行う。AyaseはもともとやっていたボカロPに加え、LiSAや女優の森七菜へ楽曲を提供。ikuraはシンガーソングライター・幾田りらの活動をはじめ、7月に公開された細田守監督作『竜とそばかすの姫』で、声優としても活躍した。

Ayase もともとソロをやっていたところにYOASOBIを始めたので、今はやりたいことが2つの柱になっています。だから両立とか二足のわらじを履くという感覚も特になくて、それぞれでやりたいことをやっているんですよ。それにソロがあるからYOASOBIで面白いことができるし、YOASOBIがあるからソロでやりたいことがまたできる。すごくいい影響を与え続けられる関係性です。

ikura ikuraと幾田りらでは、自分が作ったものを歌うかどうかが違うので、歌への意識も全然変わってきます。幾田りらで魅せるのか、ikuraで魅せるのかが自分の中にしっかりあるので、すごくいいバランスですね。どちらか1つだけだと、精神的に不安になったりする。もう1つがあることで、もたれかかることができるんです。YOASOBIを始めてから、そう思ったりしますね。

――すべての経験や出会いを自らのエネルギー源にして、活動と音楽性の幅を広げ続けるYOASOBI。22年2月には、また新しい出会いによる創作が待ち受けている。島本理生、辻村深月、森絵都、宮部みゆきという直木賞作家が、「はじめて」をモチーフに描いた物語をもとに、楽曲制作をコラボするビッグプロジェクトがそれだ。大きな波を引き寄せ、YOASOBIはどこへ向かうのだろう。

直木賞作家とのコラボも

Ayase めちゃめちゃ楽しみです。僕らにとって、原作を書いて下さった一般の方と、人気作家の方に書いていただけるというところに、モチベーションの差はありません。一般の方が書いた作品からいい効果が生まれることもあるし、これまでも鈴木おさむさんとご一緒させていただいたりして、プロの方からいただける気づきもありました。ただ、今回の取り組みはすごく豪華ですし、大掛かりなものなので、ワクワクしています。

 22年も、まだ先が見通しにくい部分はありますが、有観客ライブはこの先増やしていきたいしツアーもやってみたいですね。会場もすごく大きなところじゃなく、ライブハウスなどでもやりたいなと。

ikura お互いにライブハウス出身なので、そこに対する気持ちは一緒かもしれませんね。ライブハウスは、状況的にも経済的にも危機的な状況にあるので、恩返しできたらいいなと思います。あとは、夏フェスにも参戦してみたいですし、オンラインライブも引き続きやりたいですね。昨日たまたま、Ayaseさんと「工事現場でもやったし、次はどんな変わったところでライブをやってみたい?」という話で盛り上がったんです。

Ayase そうそう。空中でやるとしたらヘリの中とか、最後は月でやって終わるのもいいよねとか、雑談してました(笑)。意外とこれくらいのテンション感で無邪気に言っていることがかなったりするんですよね。誰も想像し得なかった会場でのライブは今後もやっていきたいと思っています。

YOASOBI
ヨアソビ メンバーはコンポーザーのAyase(1994年4月4日生まれ、山口県出身)と、ボーカルのikura(2000年9月25日生まれ、東京都出身)。小説を音楽にするユニットとして、2019年11月に公開された第1弾楽曲『夜に駆ける』が、大ヒット。20年の年間1位を獲得し、21年4月にはミュージックビデオの累計再生数が2億回を突破した。22年2月には、直木賞作家4人が手掛けた作品をもとに楽曲を制作するプロジェクト『はじめての』が始動した

(文/橘川有子、中桐基善、写真/中村嘉昭、スタイリスト/藤本大輔(tas)、ヘアメイク/YOUCA)

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