本連載ではグロース X(東京・渋谷)が開発するマーケティングの学習アプリに実際に盛り込んでいる人気クイズなどを軸に、今日から役立つ知識を伝えてきた。最終回ではグロース X取締役CMO(最高マーケティング責任者)でシンクロ(東京・渋谷)社長の西井敏恭氏に、日本のマーケターが抱える課題や、その課題を解決するための手段について直撃した。「運用」というスキルは、広告効果の最適化にとどまらず、商品開発やマーケティング戦略にも生かせる汎用性があると持論を語る。
シンクロ 代表取締役社長
グロース X 取締役CMO(最高マーケティング責任者)
――西井さんはオイシックスでマーケティングの専門役員として勤める一方で、マーケティング支援会社を経営されています。支援する中で感じる課題は何でしょうか。
西井敏恭氏(以下、西井) 起業後はCMO(最高マーケティング責任者)に準ずる立ち位置で企業のマーケティングを支援するサービスを提供してきました。その過程でマーケティングに対する定義が広くなりすぎて、企業の現場の人材はマーケティングのスキルがまちまちになっていることを痛感しました。
例えば、「マーケティングは売れる仕組みづくり」と理解しているケースもいれば、販売促進、広告業務にとどまっているケースもあります。理解が異なると、各部門でKPI(重要業績評価指標)が異なっています。これではマーケティング戦略を立てたとしても、社全体で1つの目標に向かって動くことができません。そのため、一定のレベルにマーケターを育てなければならないと感じます。
僕はよく野球に例えて説明しますが、ある場面で「6-4-3のダブルプレー」をとりなさいと指示しても、各数字が守備のポジションであるといった野球の知識を持たない人が聞くと何のことか分かりません。マーケティングで成長する企業は優れたマーケティング戦略をつくったことなどが理由ではなく、マーケティング知識を持った人材を育成したことが成功のポイントなのだと気づきました。
ですから、僕が企業のマーケティングを支援する場合、トップダウンでマーケティング戦略をつくって指示することはしません。全社的なマーケティングの知識を高め、共通言語を持ってチームでディスカッションしていける環境を整備するタイプです。専門役員を務めるオイシックス・ラ・大地の髙島宏平社長にも「顧客と接点を持っているのは現場だから、社員全体をマーケターにしてほしい」と言われました。
「マーケティング=広告」という発想からの脱却
――マーケターを育成するうえで、気を付けるべきポイントを教えてください。
西井 いまだに根強いのはマーケティング=広告であるという理解です。ですが、デジタル化によって、マーケティングの手段は大きく広がっています。この数十年で顧客の購買行動は大きく変わりました。マスマーケティングが主流の時代は、広告で商品を告知すれば売れていましたが、今では(飲食店口コミサイト)「食べログ」で人気の店は広告などしなくても来店者はきます。あるいは、「Instagram」で人気の観光地は、おのずと人がきます。
広告でアプローチするのが主なマーケティングの手段だった時代では、顧客に商品を買ってもらうことまでが目的でした。ですが、現代ではSNSの口コミなどを通じて、既存顧客が新しい顧客を連れてきてくれる可能性があります。従来のマーケティングは新規獲得ばかりに目が向いていましたが、これからは優れた顧客体験によって、客が客をつれてくるのもマーケティングの一環であるという理解も必要です。
それにはLTV(顧客生涯価値)をきちんと考えることが大切です。多くの企業は新規顧客の集客にコストをかけすぎている面があります。以前、京都のある料理店に行って、名刺を店主に渡したところ、後日、オリジナルの菓子を送ってくれました。1回の利益で見れば、それだとトントンかもしれませんが、その体験で記憶に残り、2回目の来店につながれば、LTVが高まります。そうした観点を持たず、割引キャンペーンをやっていると、それが何のための販促費なのか分からなくなります。LTVという観点からアプローチを考える発想を持たなければなりません。
ただ、カスタマージャーニーはそれほど綿密に設計しません。なぜなら、往々にして顧客はその通りには動かないからです。ですが、多くの顧客は1回接点を持った後に、2回目に何もアクションをしないと帰ってきません。2回目にアクションをしてもらうためのコミュニケーションが非常に重要です。「商品やブランドのことなどすぐに忘れる」ことを前提として、いかに忘れられない体験をつくるかが重要です。
――マーケティング知識の底上げのために、西井流でどのように支援していますか。
西井 僕はどこの会社を支援する場合でも、必ず「階段図」という独自のフレームワークを用いて、まずは各社の顧客構造を理解することから始めます。担当者が肌感覚でリピート顧客が多いサービスだと思っていてもデータで可視化したところ、実態はそうなっていなかったり、熱烈な顧客がいると思っていたのに一見客ばかりだったりということは往々にしてあります。顧客構造を理解することで、課題が抽出できます。その課題が浮き彫りになることで、実施すべき施策が決まります。
このコンテンツ・機能は有料会員限定です。
- ①2000以上の先進事例を探せるデータベース
- ②未来の出来事を把握し消費を予測「未来消費カレンダー」
- ③日経トレンディ、日経デザイン最新号もデジタルで読める
- ④スキルアップに役立つ最新動画セミナー