本連載では、マーケティングの学習アプリを提供するグロース X(東京・渋谷)が開発するマーケター向けアプリで出題される人気クイズを軸に、今日から役立つ知識を伝えていく。第4回のテーマは「顧客理解」。経営者やマーケターは「価値は企業がつくるものである」という誤解を抱きがちだ。こうした発想を捨て、顧客起点の経営およびマーケティングを志向するための発想法について、グロース X 社外取締役でStrategy Partners (東京・港)代表の西口一希が解説する。

(写真/Shutterstock)
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10年前に発売し、ヒット商品になったものの、ここ2~3年の売り上げが伸び悩んでいる「敏感肌・シニア向け化粧品ブランド」がある。主な販路のドラッグストア、GMS(総合スーパー)でのシェアも低下気味だ。このブランドの立て直しを命ぜられたブランドマネジャーとして、最初に取り組むべき施策は、次のうちどれか

(1)発売から時間がたち、消費者のブランド想起率の低下や小売店の棚が確保できないのが原因。発売時に大成功したテレビCMを再度投入する
(2)シニアもWeb媒体を活用するようになったので、自社ECサイトや大手ECサイトでの販売にマーケティング予算をシフトする
(3)今もブランドを愛用している人を見つけて「なぜ購入しているのか」「商品についてどう思っているのか」といった聞き取り調査をする
(4)大規模アンケートを実施し、現在のシニア層が化粧品に何を望んでいるのかを明らかにする

 いかがだろうか。正解は「(3)今もブランドを愛用している人を見つけて『なぜ購入しているのか』『商品についてどう思っているのか』といった聞き取り調査をする」だ。

 伸び悩むブランドをどのようにテコ入れをするか。ここでの考え方は、実は新ブランド投入時や、現在好調でさらにシェアを伸ばしたい場合でも同じである。現在の顧客の心理を深く洞察することからスタートすべきだ。したがって、顧客に直接話を聞いて、継続的に商品を購入している心理を分析する選択肢(3)が成功に最も近い選択肢となる。

 他の施策の優先順位が低い理由を、上から順に解説していこう。まず「(1)発売から時間がたち、消費者のブランド想起率の低下や小売店の棚が確保できないのが原因。発売時に大成功したテレビCMを再度投入する」だが、さすがに10年前に成功したからといって、テレビCMに再現性があるとは考えにくい。当時と今とでは、顧客の価値観、生活様式は全く異なっている可能性が高い。

 そもそも、昨日の顧客と今日の顧客、今日の顧客と明日の顧客は違うということは見過ごされがちだ。相手が違うのだから、過去の成功体験に頼って同じことを計画しても成功確率は低い。

 「(2)シニアもWeb媒体を活用するようになったので、自社ECサイトや大手ECサイトでの販売にマーケティング予算をシフトする」も同様に、今の顧客の実態を知ろうとしていない。デジタル時代だからデジタルに予算を割こう、シニアもWeb媒体を活用するからECサイトを使うはずだと短絡的に考えている限り、事業を好転させるのは難しい。そもそも(1)と(2)は、顧客理解をおろそかにしたまま、手法や販売チャネルの変更からスタートして事業を伸ばそうとするのが間違っている。

 「(4)大規模アンケートを実施し、現在のシニア層が化粧品に何を望んでいるのかを明らかにする」に関しては、今の顧客層について学ぼうとしているという点においては誤りではないが、最初に着手することではない。大規模なアンケートは、顧客の今の実態を知り、仮説を立てた上で、その検証やコンセプトテストには役に立つ。しかし、打開策を見いだす出発点にはならない。多種多様な大勢の人に一律の質問をして分析しようというのは、札幌と神戸と鹿児島の平均気温を算出するようなものだ。そこから得られる示唆はない。

 では、正解とした「(3)今もブランドを愛用している人を見つけて『なぜ購入しているのか』『商品についてどう思っているのか』といった聞き取り調査をする」はどうか。これは実際の顧客に「継続購入している心理や態度」を聞いている。顧客は日々変化しているので、明日の顧客を知るためにできるのは、今の顧客の現実を基に、明日も再現性があることをひもとくことだ。そのために、今まさに愛用している優良顧客の実態を知り、その購入の動機に再現性があるのか、他の消費者へと拡大できる可能性があるのかを検討して、マーケティングプランに落とし込んでいくことが重要だ。

最大の誤解「価値は企業がつくるものではない」

 さて、今回の主題である「顧客理解」というテーマについて、不要だというマーケターはいないだろう。多くの企業が、顧客を理解しようという意思は持っているはずだ。だが、200社以上の経営相談を受けた経験から言えるのは、本当に顧客の立場に立ち、その価値観やライフスタイルを深く知り、顧客を起点に事業を推進している企業は残念ながらとても少ないというのが現実である。

 顧客理解と、筆者が提唱している「顧客起点」の考え方は表裏一体だ。「こんなに良い商品なのになぜ買ってくれないのか」「どうしたら買ってくれるのか」という視点でいくら調査しても、発想が企業起点そのものなので、顧客の実態は永遠に分からない。自社がどうかという発想を外して、顧客が何を見聞きし、何を感じ、何に囲まれて、商品・ブランドを選び取っているのかを把握しなければいけない。そこから事業を組み立てるのが、顧客起点のマーケティングであり経営である。

 では、多くのマーケターはなぜ顧客を起点に物事を考えられないのか。その背景には「価値をつくるのは企業」という最大の誤解がある。

 経営者やマーケターの多くは、当然のように「顧客に『価値』を提供している」と自負しているかもしれない。世の中の多くのマーケティング本も、その前提で書かれていることが多い。だが、実はそれは間違いだ。企業に価値はつくれない。価値とは、顧客が商品・サービスに触れて「価値がある」と認めたときに初めて発生するものであり、企業は“価値を生むかもしれない”便益と独自性を提案しているにすぎない。顧客が「この便益は自分にとってすばらしい」「他では手に入らない独自性がある」と判断して初めてお金を払ったり、時間をかけてでも入手したりするのだ。

 したがってマーケターには、自分たちが価値を提供しているという考えを捨て、すべて「顧客が何に価値を見いだすか」から発想することが求められる。これがマーケターに最も必要なスキルではないだろうか。スタートアップ企業はおよそこうした思考から始まっているが、一定規模に拡大した企業は日々の業務としてマーケティング費用を投じて新規顧客を獲得し、既存顧客の維持を追いかけることに躍起になり、そもそも顧客が何に価値を見いだすかを考えられていないことが多い印象だ。

「ドリルではなく穴を売れ」では顧客起点は不十分

 マーケティング業界には「ドリルを売るのではない、穴を売れ」という有名な話がある。マーケティング界のドラッカーといわれるセオドア・レビット博士が著書『マーケティング発想法』に記述したもので、発刊は1968年とだいぶ昔だ。ご存じの方が多いと思うので詳しくは割愛するが、「ホームセンターにドリルを買いに来た顧客はドリルそのものが欲しいのではなく、穴を開けたいのだ。それならキリでもいい。そのように、買い手の視点になろう」という示唆がある。

 ただ、それでも筆者は本当の顧客起点にはまだ不十分だと考えている。たしかに「本当に欲しいものは何か」を推察してはいるが、求めているであろう穴(を開ける道具)を売ろうという発想は、依然として売り手視点だ。顧客起点で重視しているのは、顧客の心理である。ここでいうと「なぜ、その人は穴を開けたいのか」だ。

 例えば、ハンガーを掛けるフックを壁に設置するために壁に穴を開けたいなら、目的は服を掛けることなのだから、スタンド型のコート掛けも選択肢に含まれるかもしれない。ホームセンターになければ、近くの家具店を紹介すれば顧客の課題解決につながる可能性がある。あるいは、庭に置く犬小屋をつくりたいのかもしれない。それなら組み立て式の犬小屋ユニットでも事足りる。

「ドリルが欲しい」という顧客の表面的な需要だけにとらわれると、本当に提案すべきアイデアが生まれにくい
「ドリルが欲しい」という顧客の表面的な需要だけにとらわれると、本当に提案すべきアイデアが生まれにくい
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 もちろん、コート掛けを提案したところで「ハンガーとフックは購入済みだから、やはり穴を開けたい」のが真のニーズかもしれないし、犬小屋でも「自分でつくるからこそ愛情」という価値観の持ち主ならやはりドリルが必要だろう。

 大事なのは、同じ「ドリルが欲しい客」でも、どこに価値を見出すかは人によって大きな差が出てくるということだ。そして、価値は企業が提供するものではないのに「自社が提供できる価値を」と思っている限り、自社にあるキリやその他の“売り物”に提案が絞られ、顧客の本当の目的にまで思考が及ばない。そんな売り手視点からの脱却こそが、真の顧客起点マーケティングだ。

 最終的にどの選択をするかは、顧客の状況、優先順位、価値観などによって全く変わってくる。それを左右することはできないからこそ、マーケターができることとして、顧客が見いだす価値は何かを考えた上での提案がとても重要になるのだ。

目的と手段の連鎖を上流までひもとく

 ドリルの例では、「ドリルが欲しい」という明示された要望から、ドリルが欲しいのは穴を開けたいからではなかろか、穴を開けたいのはハンガーを掛けるフックを壁につけたいからではないか、と目的をさかのぼって推察した。これはもっとさかのぼることができる。ハンガーを壁に掛けたいのは便利な場所に服を掛けたいから、そうすれば朝の支度がスムーズになり、快適になるから……といった範囲にまで想像が及ぶ。

 すべての便益は何らかの目的のための手段であり、その目的もまた別の目的を達成する手段だ。例えば、家を買うことが目的だという消費者も、本心は「自分が所有する空間で暮らす」ことが目的なのかもしれない。それであれば、家を購入することは手段にすぎない。自分が所有する空間を求めるのはなぜかというと、大事な家族と人生を安心安全に送りたいのかもしれない。

顧客の目的と手段は連鎖する。顧客が口にする表面的な需要から、本当の目的までさかのぼって想像することが顧客起点マーケティングには欠かせない
顧客の目的と手段は連鎖する。顧客が口にする表面的な需要から、本当の目的までさかのぼって想像することが顧客起点マーケティングには欠かせない
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 このように、便益は「目的」と「手段」にその顔を変えながら、連鎖している。その一連の中で、顧客がどこに重きを置いているか。自社が提供し得る便益を「すばらしい」と感じてもらえるところはどこかを探すと、顧客への提案の発想が広がっていく。

 もう1つ、私が以前コンサルティングをした例を紹介しよう。ビルやマンションに使う配管パイプのメーカーから相談を受けたことがあった。通常、配管パイプは鉄や銅製で、重量があるので建築時の作業効率が悪い。一方で同社が扱う配管パイプは軽い素材でできており、腐食に強く、高い耐久性を持つという特徴があった。軽いので事故の可能性の低減にもつながる。その分、少し高価格なのがネックだった。

 相談を受けた当時、同社の顧客はおおもとの施工主の孫請けである現場の施工会社が中心。高機能な配管パイプの利点は理解してもらえても、高額なため予算内で収められないことを理由に受注につながりにくかった。そこで、ビルやマンションの建設に関わるお金の流れに着目した。孫請けの発注元の上にはさらにデベロッパーなどの施主がいる。そして、さらに上流にはビルやマンションの購入者(オーナー)がいる。上流にいる施主やオーナーが最も気にするポイントをひもといていくと、「数十年後も高い資産価値が維持されること」という共通項が浮かび上がった。

 となると、価値の維持に大切なポイントの1つに設備がある。設備の老朽化が進むと、価値が下がるからだ。そして、最も劣化しやすいのが配管だという。水回りの修繕には多額の費用を要する。配管の耐久性の向上が、このお金の流れの最上流であるオーナーに寄与するならば、施主は多少値が張っても、腐食に強い配管パイプを選ぶはずだと考えた。そこで、この仮説に基づいて、孫請けではなくおおもとの施主に高機能な配管パイプを提案した。売り主である施主のほうが、腐食に強い配管パイプに対して価値を見いだすと考えたからだ。

 狙い通り、施主からは非常に好意的な反応があり、受注につながった。従来の「軽い素材で作業効率を上げたい、事故を防ぎたい」という孫請けが価値を見出す便益と独自性に加え、より上流に位置する施主が価値を見いだす便益と独自性を提案することで、新たな顧客を開拓できたわけだ。

マンション建築に必要な資材を施工会社に提案しても、商品の持つ価値と需要が合わなかった。そこで視点を変え、売り先を変えることで、商品が正しく評価されて採用につながった
マンション建築に必要な資材を施工会社に提案しても、商品の持つ価値と需要が合わなかった。そこで視点を変え、売り先を変えることで、商品が正しく評価されて採用につながった
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 この事例について、相談いただいた時点で、筆者は全く建築・建設業界に詳しくなかった。依頼主にヒアリングを重ねて、便益の連鎖とお金の流れをひもとくことで、こうしたマーケティングアイデアにたどり着いた。その際の大事な観点を挙げると「顧客は誰か」ということだった。自社の顧客が求めていることの先に何があり、誰がいるのかを考え続ければ、どんな業界でも便益の連鎖をさかのぼることができる。

 こうしたスキルはどうすれば身に付けられるのか。それは自社の事業成長を目指すマーケティングの役割と矛盾するようだが、「自社のことや事業を前提としない」ことが出発点になる。自社のビジネス構造や商品・サービスの特徴は理解した上で、それを一度頭から外して、なぜ顧客はこの商品を買うのか、他ではダメなのか、そもそもお金を使わずに同じ目的を達成できないのか、などを掘り下げる訓練をしてみる。

 そして自分が顧客であると想定し、何が便益で何が独自性なのかを言葉にしてみる。そんな思考の習慣を付けることで、企業起点を脱し、顧客にとっての価値は何かを洞察する顧客起点の考え方が身に付くだろう。今日からできる顧客起点の発想法として、ぜひ取り組んでみてはいかがだろうか。

 終わりに今回の講義の「復習」として、全4問の簡単なクイズを出題する。学んだ知識の確認に役立ててほしい。


 以下に挙げる文章について、今回説明した内容として正しい場合は「はい」、誤っている場合は「いいえ」を選択してください。

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