ターゲティング広告に代表されるパーソナライズ広告に対して「個人情報漏洩の懸念より関連情報が得られるメリットを消費者が優先するパターン」を解明した論文がある。「制御焦点理論」という社会心理学の手法を使って、実験参加者を「前向き」「心配性」の傾向へ操作する準備までは順調だったが、最初の実験は予想もしない結果となった。3回シリーズの第2回をお届けする。
実験参加者を「前向き」と「心配性」に操作する
パーソナライズ広告に対して、誰もが常にプライバシーの侵害を懸念するわけではなく、メッセージの内容によっては、個人情報漏洩の心配よりも役立つ情報を得られた喜びが勝る場合もあるのでは―――。そんな疑問に答えてくれるのが、東洋大学経営学部講師の竹内亮介氏の論文「パーソナライズ広告に対する消費者の知覚の多様性」だ。
東洋大学経営学部講師
パーソナライズ広告は、消費者がどのような傾向にあり、広告がどんな内容だと「欲しい情報が得られてうれしい」と受け取られ、個人情報漏洩をあまり気にしなくなるのか。また、どんな内容だと「プライバシーの侵害だ」と嫌悪されるのか。竹内氏は次の5つの仮説を立てた。
[仮説1]促進焦点傾向(前向き)の消費者は、利得が生じる点を訴求するパーソナライズ広告を視聴する場合、関連性をプライバシー侵害の懸念より高く知覚する。
[仮説2]促進焦点傾向の消費者は、損失が生じない点を訴求するパーソナライズ広告を視聴する場合、関連性とプライバシー侵害の懸念を同程度に知覚する。
[仮説3]製品の消費に関して予防焦点傾向(後ろ向き/心配性)の消費者は、利得が生じる点を訴求するパーソナライズ広告を視聴する場合、関連性とプライバシー侵害の懸念を同程度に知覚する。
[仮説4]製品の消費に関して予防焦点傾向の消費者は、損失が生じない点を訴求するパーソナライズ広告を視聴する場合、関連性をプライバシー侵害の懸念より高く知覚する。
[仮説5]私的事実に関して予防焦点傾向の消費者は、パーソナライズ広告を視聴する場合、関連性よりプライバシー侵害の懸念を高く知覚する。
今回、調査対象の製品カテゴリーはデジタルカメラとし、業界団体の資料に掲載されている全9社を広告主として選んだ。さらに情報を提供するSNSやニュースサイトを10サイト選んだ。これらの中から、事前テストによって平均的な信頼度の「広告主A(カメラメーカー)」と「WebサイトA」を選定した。
竹内氏は「デジタルカメラに関する消費者の意見調査」(実験結果にバイアスをかけないための架空の実験目的)として、155人の大学生(平均年齢20.21歳、男性比率47.7%)を集めた。まずは実験参加者を「促進焦点傾向(前向き)」「予防焦点傾向(後ろ向き/心配性)」に分けるのだが、そんなに都合よく155人の中から2つのタイプを見つけられるのだろうか。
その疑問に対して竹内氏は「実際の促進焦点傾向や予防焦点傾向を測定する方法もありますが、今回は分析上のメリットを優先して、実験参加者に刺激を与えて、その場で短期的に促進焦点傾向や予防焦点傾向になるよう操作しました」と話す。
この操作に使われたのが「先に行った学習や記憶の課題などが、後で行う行動に無意識的に影響する」という心理学の「プライミング効果」だ。
竹内氏の実験では、62人の実験参加者に「希望や願望」について、過去と現在で2つずつ思い浮かべてもらい、自由に記述してもらう。これで実験参加者は一時的に促進焦点傾向(前向き)になる。残りの93人には「義務や責任」について、過去と現在で2つずつ思い浮かべてもらい、自由に記述してもらう。これで実験参加者は一時的に予防焦点傾向(心配性)になる。
「特定の内容の作文を書かせるだけで操作できるの?」と不思議に思ったが、竹内氏が「完璧な方法ではないかもしれませんが、現段階では標準的な方法の1つです」と話すように、多数の論文が発表され、心理学会でも既に認められた方法だという。実験終盤の質問調査でも、操作された実験参加者が少なくとも実験中には促進焦点傾向や予防焦点傾向にあったことが確認された。
さあ、準備が整ったところで、いよいよ実験開始だ。
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