マーケティング分野の研究論文は実務にも役立つ情報の宝庫。仕事のレベルアップを図りたいなら価値ある論文を読み解き、確かな知識を身に付けたい。この連載ではマーケターが今読むべき論文を厳選し、執筆した研究者の取材を通して分かりやすく解説する。オープニング企画として連載のナビゲーターを務めていただく2人の先生に、実務における論文の価値について語り合ってもらった。今回はその後編をお届けする。

現場のマーケターに向けて優れた論文を選定していただく法政大学経営学部の西川英彦教授(写真左)と早稲田大学ビジネススクールの及川直彦客員教授(同右)
現場のマーケターに向けて優れた論文を選定していただく法政大学経営学部の西川英彦教授(写真左)と早稲田大学ビジネススクールの及川直彦客員教授(同右)
▼前編 日本のマーケターは実務家でも「論文」を読むべき 現場でこそ有用

 この連載の目的は、マーケティング分野の論文を読み解き、その知識を仕事の現場で役立ててもらうこと。それにはまず、「優れた論文」の選定が何より重要だ。そこで今回、マーケティング研究・教育の世界で活躍する法政大学経営学部の西川英彦教授と早稲田大学ビジネススクールの及川直彦客員教授に、論文の選定役を引き受けてもらった。前回に引き続き、両氏による対談の後編ではマーケティング論文の価値を見極める方法や、実務に役立つ論文の選び方などについて話してもらった。

現場と連携したフィールド実験が増加

――マーケティング論文の価値の高さの理由として、両先生とも「個人の経験や思考から導き出された『フレームワーク』とは異なり、論文にはデータを基にしたエビデンス(客観的な証拠)がある」という点を挙げられました。

西川英彦教授(以下、西川) 論文は必ず実験や調査データに基づいて書かれています。さらに近年の傾向として、研究者側で整えた環境下で行う「実験室実験」だけでなく、実際の販売現場などで行われる「フィールド実験」が次第に増えてきました。最近、企業がよく行っているオンラインによるABテストも、フィールド実験の1つと言えます。

――マーケティングのフィールド実験は、いつ頃から始まったのでしょうか。

及川直彦客員教授(以下、及川) 「フィールド実験によるエビデンスが重要」という話は1980年後半から90年ごろ、医学の領域で出てきたもので、英オックスフォード大学のCEBM(Centre for Evidence-Based Medicine)が知られています。もともと製薬会社は治験において、「相関関係をいくら証明しても、因果関係は証明できない」という問題があった。証明するとしたらランダム化比較試験(RCT:randomized controlled trial)や自然実験で検証しなければならない。その考え方が2000年前後に社会科学にも入り始めた。私も07年か08年に、指導を受けていた早稲田大学の恩藏直人教授から「そろそろフィールド実験したほうがいいんじゃない?」と言われて相当なプレッシャーを感じた記憶があります(笑)。

及川 直彦(おいかわ なおひこ)氏
早稲田大学ビジネススクール客員教授
電通、ネットイヤーグループ(CMO)、マッキンゼー・アンド・カンパニー、電通コンサルティング(代表取締役社長)、アプライド・プレディクティブ・テクノロジーズ(日本代表)を経て、2019年9月よりスタートアップ企業の経営支援に携わりながら、早稲田大学ビジネススクールの客員教授として、幅広い業界の実務の最前線に立つ学生に、学術研究の成果を活用した課題解決を支援している

西川 以前は実験室実験だけでおしまいでしたが、現在は「さらにフィールド実験でも確認できました」という流れになってきた。ただ、実験室実験は様々な条件をコントロールしやすいですが、フィールド実験はリアルな現場でデータを取るので、いろいろな制約がある。特に新製品開発が絡んだり、実験フィールドが店頭だったりすると、そう簡単にはできません。

――それでもフィールド実験が増えている理由は何でしょうか。

西川 たとえば実験室実験で、ある製品に対する購入意向や口コミ意向が高かったとしても、必ずしも実際の購入や口コミなどの行動につながらないことが多いからです。それではだめだと。本当のところを調べなければ意味がないという話です。

及川 もう1つ。昔のアンケート調査の手法で商品の購買理由を尋ねると、大抵の人が「この会社は信頼できるから」「機能がいいから」などと答えます。しかしそう答えたのは、人間は自分の行動を後から説明して合理化してしまうからで、本当は大した理由もないまま手に取ったかもしれない、ということがあり得る。フィールド実験してみたら、実際の購買は意外な要素に起因していた、という研究論文もあります。

フィールド実験を経営の意思決定に生かす企業

――西川先生はフィールド実験を行って、論文にまとめていらっしゃいますね。

西川 良品計画の「無印良品」の協力を得て、「消費者との共創という表示が、商品の売り上げにどれくらい効果があるか」という研究を行いました。1つのPOPには「お客様のアイデアから新商品が生まれました」と書いて、もう1つのPOPには「新商品が生まれました」としか書かなかった。これをオンラインの実験室実験と店頭でのフィールド実験で実施したところ、お客様のアイデアと書いたほうの売り上げが約20%高かった。

及川 面白いですね。

西川 その論文は『ジャーナル・オブ・マーケティング・リサーチ』に掲載されました。実際に商品を作って、オンライン実験を2つ、フィールド実験を2つ、合計4つのランダム化比較試験を行ったことが評価されました。

及川 米国ではマーケティングにおいても実験に基づいた検証が進んでいて、トップ100の小売業者のうち半分以上がフィールド実験を実施しているといわれています。中には「我々は実験に基づいて価格を変えた」「フィールド実験に従って店舗を改装した」などの報告をIRのリポートに載せている企業もあります。

――そのあたりの取り組みは米国のほうが早そうですね。

及川 全部が全部ではありませんが、いろいろなリアルの小売業者がビジネスにフィールド実験を取り込み始めています。

西川 日本の流通業でも、小売業やIT、物流などを手がけるトライアルカンパニー(福岡市)はすごい。店舗にAI(人工知能)カメラを付け、顧客がどの棚の商品に触れ、どの商品をカゴに入れたかなどの収集したデータを、いろいろな会社に渡して、一緒に協力しながら様々な実験を実施しています。

及川 コンビニエンスストアチェーン「セイコーマート」を展開するセコマ(札幌市)も、ランダム化比較試験に熱心ですね。

西川 同じく北海道の生活協同組合コープさっぽろも実験を含む共同研究に対してウエルカムな企業です。そんな学術研究とのコラボレーションの事例が増えている。いずれの企業も、しっかりとしたエビデンスに基づいたビジネス上の意思決定をしようとしているのだと思います。

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