世界的アーティストのミュージックビデオを手掛けるなど、エンターテインメントやスポーツなどジャンルを越えて幅広く活動するライゾマティクスの真鍋大度氏。“メタバースの本命”を「アバターの行動データを利用したターゲティング広告」と見る一方、広告がエンタメを支配する状態に警鐘を鳴らす。メタバースそしてテクノロジーの未来について、真鍋氏に聞いた。

※日経トレンディ2022年8月号より。詳しくは本誌参照

ライゾマティクスの真鍋大度氏
ライゾマティクスの真鍋大度氏
メディアアーティスト 真鍋大度氏
メディアアーティスト、インタラクションデザイナー、プログラマー、DJ。2003年に先端技術とアートを融合させたフルスタック集団「ライゾマティクス」を立ち上げ、06年に株式会社化。21年に社名をアブストラクトエンジンに変更し、現在石橋素氏と共にチームとしての「ライゾマティクス」を主宰。6月には制作した作品”morphecore” が、オーストリアで開催されるアルスエレクトロニカで「Honorary Mention」を受賞。上写真は自宅のDJブース前で。

 世界的アーティストのミュージックビデオを手掛け、フェンシングの剣先の動きを可視化するプロジェクトや、パリコレの映像演出など国際的イベントの演出に携わるライゾマティクスの真鍋大度氏。エンターテインメントやスポーツなどジャンルを越えて幅広く活動。テクノロジーを駆使し、常に最先端の世界観を示し続けるチームを率いる真鍋氏に、メタバースそしてテクノロジーの未来について聞いた。

——メタバースという言葉を聞かない日は無いほど、大小様々な企業がメタバース市場への参入を模索しています。単なるバズワードで終わるのか、コミュニケーション手段として社会に新たな章を開くのか、どう見ていますか。

真鍋大度氏(以下、真鍋) 僕は、「メタバース」はマーケティングワードだと思っています。もともとは1992年に出版された小説に登場する仮想空間を意味するワードでしたが、技術の進化で当時の概念を社会実装できるフェーズに入りました。新しい技術が誕生したというより、顔認識、姿勢推定などの機械学習技術、5Gなどの通信技術、3次元データの再構成技術であるフォトグラメトリー技術など、様々な技術を複合して、仮想空間で容易に多様なことができるようになった。それをメタバースとひとくくりに言うことが、マーケティング的に便利なんだと思います。資金調達するためのワード。

 資金が強力に投入されている分野だから開発も進んでいますし、人的リソースも集まっていて、今後面白いことがたくさん起きると思います。成功している事例ももちろんある。ただ、すぐにリアルの世界を凌駕するほどの潮流になっていくかどうかについては、どうだろうなと思っています。

——真鍋さんから見て、メタバースで成功している事例というと何ですか。

真鍋 例えばゲームでは、「ファイナルファンタジー」は、メタバースの世界でできることが100あるとすると、既に60〜70は押さえている。あるいは「あつまれ どうぶつの森」も、成功したメタバース的なプロダクツですよね。

 世界的に人気のバトルロイヤルゲーム「フォートナイト」のバーチャル空間上で、トラヴィス・スコットが行ったライブは、いわゆるメタバースでのアバターライブとしては最も成功した事例といえます。まだ制約もあるので、リアルタイム性やポータビリティーという点では、目指しているところにはまだ到達していませんが、感動を与えるという意味では、完成していると思いました。

 でも、メタバースという言葉がはやる前なら、バーチャルライブと呼ばれていたんじゃないでしょうか。

——メタバースに関するプロダクツを制作する予定はないのですか。

真鍋 メタバースの本命は、プラットフォームを作り、コミュニティーを作って、アバターの行動データからターゲティングして広告を打っていくモデル。僕らは人にどうやって感動を与えるかとか、驚きを生むかというコンテンツの強度を高めることを大事にしています。コンテンツを生み出す技術や、表現そのものに関心があるので、マーケティングドリブンで動いている現状のメタバースは、僕らがやっているビジネスとはちょっと方向性が違うなと思っています。

——コンテンツが広告に支配されていくことへの危機感を持っていますか。英国のミュージシャン・スクエアプッシャーのミュージックビデオ(MV)「ターミナルスラム」では映像監督を務めていましたが、オンライン上にリアルな渋谷が登場する作品の世界と、メタバースの世界とはどう違うのですか。

真鍋 メタバースは、仮想空間(バーチャルリアリティー/VR)です。しかし、あのMVは、拡張現実(オーグメンテッドリアリティー/AR)、複合現実(ミクスドリアリティー/MR)など、現実をベースにしています。また、現実空間の一部を消失するディミニッシュドリアリティー(Diminished Reality/DR)という技術も使っています。DRはそこにあるはずのものを見えなくする技術で、MVでは渋谷の現実の世界の中から広告を取り除きました。

 おそらく5年後ぐらいには、メガネをかけて街を歩いたら、目的地に向けて方向表示が出てくるような技術は普通になると思っています。しかし、メガネのデバイスを売るだけでは、ビジネスとしてはあまりうま味がない。それを使ってどうマネタイズするかといえば、広告です。メガネをかけている人の行動データを取って、ターゲティングするための装置としてメガネが使われるようになる。

 MVでは、そのアンチテーゼとして、メガネをかけると、現実世界から逆に広告を消してしまうことで、ターゲティング広告に対する批判的メッセージを送っているのです。

メガネをかけると広告は見えなくなる。Squarepusher "Terminal Slam" (MV)/*No credit because the pictures are captured from the video.
メガネをかけると広告は見えなくなる。Squarepusher "Terminal Slam" (MV)/*No credit because the pictures are captured from the video.

 今、エンタメが広告に支配される状態が広がっていて、それは健全ではないという思いを僕は持っています。例えば、音楽フェスティバルはスポンサーが広告を出すことによって成立していたり、YouTubeにミュージックビデオをアップして広告を表示させてマネタイズしたりというように、表現活動が広告に支えられていることが多い。本来は忖度(そんたく)なしに表現活動ができる状態が望ましいはず。僕が感じていたそんな違和感を、スクエアプッシャーも抱いていたことが制作のベースにありました。

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