※日経トレンディ 2022年5月号の記事を再構成
2021年春にリニューアル開業した「西武園ゆうえんち」が、コロナ禍でも好調だ。協業パートナーとして復活を支えたのが、マーケティング精鋭集団「刀」。同社を率いる森岡毅氏に、勝ち続ける極意を聞いた。手掛かりは、ブランディングの際に力点を置く「ある大切な考え方」だった。
戦略家・マーケター 「刀」CEO
ブランドの再構築を手掛け、店内で麺を打つ強みを改めて訴求。業績のV字回復に貢献した
●農林中金バリューインベストメンツとの協業
金融業界にマーケを導入。「おおぶね」に刷新した同社ファンドは口座数が約7倍に拡大
●「ネスタリゾート神戸」
旧「グリーンピア三木」を再生。「大自然の冒険テーマパーク」を打ち出し黒字化達成
●「西武園ゆうえんち」
リニューアルに参画。昭和の心温まる世界が受け、チケット売り上げはコロナ前の約13倍
──西武園ゆうえんちが復活。昭和が舞台の「心温まる幸せ」というコンセプトが共感を呼んだからでしょうか。
森岡毅(以下、森岡) 一番大きいのは、リニューアルで提示した新しい遊園地の姿が皆さんの「本能」に刺さったことでしょう。
人が集客施設に行く一番の大きな理由は「幸福感」に浸りたいからです。西武園で幸福感をもたらす切り口として、我々が打ち出したのは“良きムラ社会”でした。個人主義の強い西洋社会と違って、日本人の幸福感の記憶はしばしばコミュニティーと密着しています。“良きムラ社会”を回想することで、日本人の琴線に触れられます。それを端的に象徴する設定が、高度成長時代の昭和30年代でした。ここで重要なのは当時の街並みの再現ではなく、人々の記憶の中にある幸福感を思い起こす装置として、象徴的な「昭和」を提示することです。駄菓子屋のある商店街や紙芝居が出ている路地を歩けば、親子の間で「これは何?」と会話が弾む。日ごろは忘れていた感覚が、懐かしさをきっかけによみがえるんです。
要は、幸福感を最大限に感じてもらうことが、戦略の「重心」にありました。そのための戦術が記号化された「昭和」という設定になります。
──森岡さんは戦略を語るときに、「本能」「重心」という言葉をよく使われます。今回は、これらをキーワードに森岡メソッドの神髄に迫ることができればと思っています。
森岡 刀のメソッドは3つの柱で成り立っています。それらの組み合わせを駆使して最大の効果を発揮させます。
第1の柱は、徹底した消費者理解です。人々は消費行動で何かを選択するときに、無意識のうちに頭の中でサイコロを振っています。例えばレジャーに行くなら、どのテーマパークにしようかとサイコロを振る。そのサイコロに「西武園」と書かれている面が増えれば、選ばれる確率は上がります。消費者に選ばれるためのプレファレンス(好意度)を上げることが重要です。
そして消費者行動を支配しているのが、人としての「本能」なんです。刀では「人はなぜテーマパークに行くのか?」といった課題を本能レベルまで探究し、本能と行動の因果関係を意識しながら戦略を立てています。
──その場合の本能は、生物学で用いる用語と同じものですか?
森岡 基本的には同じです。あくまでも科学的な意味で使っています。
テーマパークの集客は感情便益を中心に考えますが、では感情とは何であるかを考察すると、その奥には本能があるのです。脳が本能に照らし合わせて「危ない」と思えば不快な感情が湧くし、「良い」と思えばうれしい感情になる。言い換えれば、本能が判断を下した結果を本人に知覚させるための信号が、「感情」なのです。
ということは本能のパターンを読み解くことで、逆にこちらが狙った通りの情報処理を脳にさせることができるのではないかと考えました。私の知る限り、本能のパターンは細かく分けて13~14通りあります。似たようなものをまとめると、7~8通り。興味深いことに聖書で記されている「七つの大罪」、すなわち「傲慢、貪欲、色欲、憤怒、暴食、嫉妬、怠惰」と重なります。悪いことばかりのようですが、どれも自己保存に関係しています。例えば嫉妬は、男性と女性でやや異なりますが、基本的には自分の遺伝子を残したいという欲求から生まれます。
──第2、第3の柱は何ですか?
森岡 第2の柱は、やはり数学マーケティングですね。本能の洞察を通して立てた仮説の是非を確認するためには、学的な検証は欠かせません。
第3の柱は、ブランド設計。要は、ブランドの特徴となる「顔」をつくることです。第1および第2の柱を適宜組み合わせながら最適解に導きます。その際に大事なのは、消費者の頭の中でブランドに対するプレファレンスが最大になる、つまり最も多く選ばれるポジションを探し出します。私はこれを「重心」と呼んでいます。
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