2022-2030大予測 第18回

2021年12月3日発売の「日経トレンディ 2022年1月号」では、「2022-2030大予測」を特集。より簡便な呼気計測につながる技術として期待されるのが「嗅覚センサー」だ。ヒトが吐き出す息に含まれる成分から、がんや糖尿病などの病気を見つけ出すことを目指す。測定デバイスの小型化が進み、将来的にはスマートフォンに息を吹きかけて体調チェックをする時代が来るかもしれない。

※日経トレンディ2022年1月号の記事を再構成

においをデータ化する嗅覚センサーの技術が進展。医療・ヘルスケア分野での活用も視野に入れる
においをデータ化する嗅覚センサーの技術が進展。医療・ヘルスケア分野での活用も視野に入れる

前回(第17回)はこちら

 会社や自治体の健康診断を受けると、血圧や心電図、血液、尿、胸部X線など様々な検査を行う。人間ドックでは、超音波などさらに検査項目が増える。そして将来、病気を見つけるためのこうした検査の一つとして、「呼気」が加わる可能性がある。ヒトが吐き出す息の中に含まれる成分から、がんをはじめとする病気を早期に見つけ出そうという研究が、様々な企業や機関で取り組まれている。

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 呼気計測は身体に負担を与えず、手軽にできる検査手法として注目されている。既に導入されている例としては、ぜんそくの「NO(一酸化窒素)検査」や、胃にピロリ菌がいるかどうかを調べる「尿素呼気検査」などがあり、その有用性が認められている。

様々なにおいをセンサーで“かぎ分け”てデータ化

 これらは専用の検査機器を用いるが、様々な病気を見つけるための、より簡便な呼気計測につながる技術として期待されているのが「嗅覚センサー」だ。生き物の鼻のようににおいのもとになるガスを検知し、それをデータ化する。

 中でも応用範囲の広さで注目されるのが、国立研究開発法人の物質・材料研究機構が開発する嗅覚センサー「MSS」だ。多様な材料で作られた膜(感応膜)を用いる方式で、センサー自体は1ミリメートルにも満たないサイズ。デバイスに利用されるチップも1円玉より小さい(下図)。このチップにセンサーが4つ付いている。

■嗅覚センサー「MSS」(物質・材料研究機構)
においに反応する感応膜を使ったセンサー(右)を開発。このセンサーが4つ付いたチップ(中央)をモジュールに組み込んで使う。1つのチップで、同じにおい(ガス)に対して4種類のデータを計測できる
においに反応する感応膜を使ったセンサー(右)を開発。このセンサーが4つ付いたチップ(中央)をモジュールに組み込んで使う。1つのチップで、同じにおい(ガス)に対して4種類のデータを計測できる

 センサーの感応膜ににおいの分子が吸着すると、膜が変形する。「においの種類によって、変形の大きさやスピードは異なる。この感応膜の変化を電気信号として検知して、においの識別に利用する」(研究グループリーダーの吉川元起氏)。においには様々なガス分子が含まれている。センサーはその組み合わせ全体で1つの信号として認識し、その信号のパターンをAI(人工知能)が学習することで、何のにおいかを判断できる。

MSSの動作原理
MSSの動作原理
MSSの中央部に塗布された感応膜に、においの分子(ガス分子)が吸着することで感応膜が変形する(たわむ)。細くなっている部分に埋め込まれた検知部(力が加わると電気抵抗が変化する)で電気信号を検出。においの種類により膜の変形の仕方が異なり、信号も異なる。感応膜の材料は多様で、目的に応じて使い分ける
標準モジュール(中央の水色のボックス)には、においを吸い込むポンプを搭載。1台に3枚のチップが組み込まれており、計12種類のデータを同時に取得できる
標準モジュール(中央の水色のボックス)には、においを吸い込むポンプを搭載。1台に3枚のチップが組み込まれており、計12種類のデータを同時に取得できる

食品、環境、医療、畜産など幅広い分野での応用に期待

 2011年のMSS開発以来、様々な分野で実証実験が行われている。例えば、酒蔵で酒を発酵させるタンクにセンサーを取り付け、これまで杜氏が判断してきたにおいの感覚をデータで可視化することで、安定した酒造りや技術の継承に活用する試みがある。

 また、乳牛に与える餌のにおいをセンサーで調べて品質の良しあしを判別したり、牛が出す乳のにおいから牛の体調をチェックするといった実験からも、有用性を示すデータが得られている。その他、食品や化粧品、環境、安全といった幅広い分野で応用が期待されている。

【2030年はこうなる!】
呼気に含まれるにおいからがんや糖尿病などを発見

 そして、医療・ヘルスケアの分野でも実験が進む。茨城県立中央病院と筑波大学病院との共同研究では、患者の呼気のにおいをMSSで調べ、がんを発見することを目指している。

 人間は吸い込んだ空気と肺の毛細血管との間でガス置換を行っており、呼気には血液中に溶け込んでいたガスが含まれている。これには生体活動や病気に関連する物質が僅かに含まれているため、それをセンサーで捉える。

 「呼気の採取や測定の方法については、再現性高くできるようになってきている。また、肺がんの手術前と手術後の呼気を比べると、違いがあることも分かってきた。現在はその違いについて検証しているところ」(吉川氏)

 呼気計測の実用化までには、5年以上はかかる見込み。がんの他に、糖尿病やちくのう症などの判別にも応用できる可能性がある。

医療分野での活用期待は大きい

がんや糖尿病といった、呼気に変化を生じると考えられる病気の発見を目指す。写真は茨城県立中央病院での実験例。パックに息を吹き入れて呼気を採取し、MSSのモジュールを使ってにおいを分析する
がんや糖尿病といった、呼気に変化を生じると考えられる病気の発見を目指す。写真は茨城県立中央病院での実験例。パックに息を吹き入れて呼気を採取し、MSSのモジュールを使ってにおいを分析する

小型化・簡易化により将来はスマホに搭載も

 MSSは感度が高く、においをデータ化するモジュールを小型化しやすいのが利点。スマホアプリと連携して、においを簡易的に判別する小型デバイスも作られている。「将来的にはスマホにMSSを入れることも目指している」(同)といい、いつかは「スマホに息を吹きかけて体調チェック」という時代が来るかもしれない。

においを簡易的に測れる小型デバイスも開発。においが出ているところに近づけるだけで、何のにおいか判別するような用途を想定する
においを簡易的に測れる小型デバイスも開発。においが出ているところに近づけるだけで、何のにおいか判別するような用途を想定する
小型デバイスとスマホアプリを連携して利用。検出したにおいのデータをBluetoothでスマホに送っている
小型デバイスとスマホアプリを連携して利用。検出したにおいのデータをBluetoothでスマホに送っている

 呼気計測を見据えた嗅覚センサーの研究の取り組みは他にも多い。最近では東京大学の研究グループが、蚊の嗅覚受容体を組み込んだセンサーを用いて、肝臓がん患者の呼気に含まれるバイオマーカーの物質、オクテノールの検出に成功した。東京医科歯科大学のグループも、以前から生体ガスセンサーの開発に取り組んでいる。呼気を活用したヘルスケアの実現に向け、研究の進展が注目される。

(写真/山本琢磨 画像提供/物質・材料研究機構)

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